花火と海
ライブ当日。会場は以前ライブで使用した雲鳥学園のアイドル棟だ。
俺達はあてがわれた楽屋で衣装への着替えやメイクを手早く済ませると、楽屋のモニターでステージの様子を見る体制に入る。
ライブの流れは、はじめにアイドル甲子園で歌われている『THE IDOL CLUB』を雲鳥学園アイドル部全員で歌う。ただし、和風アレンジをしたバージョン。
その後、MC当番になっているアイドル部員が今回のライブの説明を行った。
『えー、本日は雲鳥学園アイドル部のライブにお越しくださり誠にありがとうございます。』
雲鳥のアイドル部員がステージ上に並ぶと、MCの子が話を始める。
『この度は私達のライブに来ていただき、本当にありがとうございます』
『今日こうしてライブを行えるのは皆さんのおかげだと思っています』
『今日は精一杯楽しんでいってください』
などなど……定番の挨拶が続き、今回のライブテーマの話になる。
『今回のライブのテーマは『和風』です。それに合わせて、アイドル甲子園の定番楽曲『THE IDOL CLUB』も和風にアレンジしました』
『今日までに和風の楽曲やパフォーマンスを考え、レッスンを積み重ねてきました』
『また、今日はゲストの方を二組招待しています。そちらの方々も和風のパフォーマンスをひっさげてきてくれました!』
MCが話しているうちに、ゲストのアイドル部員がステージに現れ、パフォーマンスを見せる。和風を意識した衣装や振り付けで、観客からも歓声が上がる。
『それでは最初の曲に参りましょう。この曲です!!』
MCの合図と共に、各ユニットやソロのステージが始まる。最初は一年生の曲だ。入部してから4ヶ月経ち、ステージにも大分馴れ始めているし、目を見張るパフォーマンスが出来る子もちらほら現れている。
そんな中、一年生で最も成長著しい注目株がトリに現れた。
「やっぱり来たね、小日向さん……」
俺達とよく一緒にライブ出演する事が多い小日向つむぎさんだ。小日向さんは夏祭りをイメージした浴衣風の衣装に身を包み、右手にはうちわを持っている。
するとヒュ~、という音の直後にドーン!という音。背景に花火が打ち上がる映像が流れており、きちんと花火の音まで流しているのだ。
何発か花火が打ち上がった後、特大の花火が三発上がる。この三つの花火は『花』『火』『香』の形に弾ける。どうやら『花火香』という曲名らしい。
凝った曲名紹介の後に流れるのは、しっとりとした音楽。
「なるほど。どうも夏の終わりについて歌った曲みたいだね」
「夏の終わりを、花火が打ち上がった後の煙の匂いに例えている。だから曲のタイトルが『花火香』なのか」
「あ~。花火の煙の匂いって、花火大会が終わっちゃいそうな気がして切なくなるよね~」
俺達がそれぞれ感想を言い合う中、小日向さんの曲はクライマックスを迎える。舞台中央でポーズを取る小日向さんが映し出されると、その周囲にも花火が上がる。もちろん、花火が消えた跡の煙までしっかり映して。
ステージが暗転すると、静まりかえっていた客席からワッと歓声が上がる。一年生の中では小日向さんのステージが一番盛り上がったのではないだろうか。
その後、MCを挟んで二年生のステージに入る。それが終われば、またMCパートとなる。
『皆さん、二年生のステージをご覧いただきましたが、いかがでしたかー?』
MCの子が客席に問いかけると、会場が「いいぞー!」や「可愛いよ~!」といった声で盛り上がる。
『ありがとうございます! では続いては、三年生――の前に、ゲストパートになります』
『一組は、以前も私達のライブに来てくれた人達。もう一組は他校から来てくれた、和風と言えばな人達です』
『準備が出来たそうなので、早速登場していただきましょう。続いては、この曲です!』
わずかな暗転の後、現れたのは着物姿の二人の少女。雪月花の西垣さんと三条さんだ。
背景は渦潮が点々と存在する荒々しい海。流れる曲は演歌調。
「まさか、『鳴門海峡七変化』!?」
「知ってるのか、紅太?」
「ああ。去年のアイドル甲子園で披露された、雪月花の十八番だよ」
「つまり~、アイドル甲子園上位になった時の曲だよね~?」
菜月の言うとおり、去年のアイドル甲子園で雪月花が上位に入るきっかけとなった曲だ。
鳴門海峡の荒々しさと海の幸の豊かさ、その両方を歌い上げた曲で、相反するイメージを上手くまとめ上げたと評価されている。
なお後のインタビューで、西垣さんが小学生の時に遠足で訪れた鳴門海峡から着想を得たと明かされている。
そうこうしているうちに、曲が本格的に始まった。最初からエネルギーを使うというか、結構激しめの曲調だ。声もずっとフォルテッシモが続いているかのように強いし、ダンスももちろん激しめでキビキビとしている。
歌詞も鳴門海峡の激しさを歌った物がほとんどだ。
だが、一番のサビ頃から徐々に落ち着いてきていて、最後には多くの海の幸を育む母なる海を歌った物になり、静かに締める。
この引き際の美しさは、感動的ですらある。アイドル甲子園ウォッチャーの間では語り草になったフィナーレだ。
「……侮れないな。さすがは去年のアイドル甲子園で初出場上位になっただけはある」
「そうだね~。でも、僕らだって負けてられないよ~」
「ああ。そろそろ俺達の出番だ。気合い入れていこう!」
俺は持ってきていたジュンケルを飲み干すと、蒼司、菜月と共にステージへと向かった。
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