紗良は頭に乗せた赤いベレー帽を外して、犬がするように金髪をぶるぶると振った。


「あーもういいや。本当のこと言うね」

 そう口にしてから、彼女はまた左右をうかがう。

 先ほどから周りを警戒していたのは、話す内容が国家機密レベルのためのようだった。


「ぶっちゃけ私もプライドあるし、国を守る使命感があるから、こうやってお願いしているの」

「それは偉いよ」


 悠真の素直な感想だったが、紗良には茶化したように映ったかもしれない。

 彼女は眉間にしわを深く刻んだ。

「この話もしなくちゃいけないかな」


 悠真は内心、身構える。

 彼女の中には複数の事情や感情が入り組んでいるようだった。


「最初は、早瀬君を誘う予定はなかったんだ。私と祈里が安村君を呼び出して、検査や治療を受けられるよう案内して都内の大病院の医療関係者に引き継ぐことに決まっていたんだ」


 祈里がこれらの事情を理解した上で、その役目を果たそうとしていたというのか。

 悠真は愕然とする。


「あ、でも、感染リスクを下げるために経口ワクチンの試薬を研究所にもらって飲んでから三人で会うと決めていたんだ」

「試薬?」

「そう。その製薬会社がその新型ウィルスを保有していたのは、あくまでアンチウィルスの開発のためだった。効き目はあるけど副作用の検証データが不足していて、まだ試薬段階の世に出ていないワクチンよ」

「それを宮野は口にして」

 言い終わるのを待たずに紗良が言葉を継いだ。

「それが祈里の使命感だったの」


 4年前、眺めていた祈里の華奢な背中が脳裏に浮かぶ。あの風が吹けば簡単によろめきそうな、小柄でほっそりとした身体に、そんな気の強い性分が秘められていたとは。


「でもさ、祈里は思いを遂げることができなくなったんだ」

「どういうことだよ」


 不意に紗良の大きな黒目がにじんだ。チークカラーで赤みがかった頬に大粒の涙が伝う。

「事故に遭って。それで今、祈里、昏睡状態で……」


 彼女の噛みしめる唇から漏れ出てくる消え入りそうな声が、悠真の胸に浸みていく。

 さすがに、言葉に詰まってしまった。


 うろたえながらも、彼はようやく口を開いた。

「そ、それで……それは、いつの話……なんだ?」

「先週よ」


 悠真はめまいをおぼえた。

 祈里は、入院しかも意識不明なのだという。

 つまり、彼女の今週末の用事云々は、紗良なりに機転を利かせた言い回しだったのである。

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