おもちゃの指輪!
崔 梨遙(再)
1話完結:1600字
僕がシンガポールで暮らしていた4歳頃のこと。幼かったのに、あの時のことは今でもおぼえている。
僕は近所の公園で時間を潰すことが多かった。僕は当時、非常に内向的だった。外に出るより、部屋で本を読んだりお絵かきをする方が良かった。あまり、みんなと遊びたいとは思わなかった。いや、“あまり”ではない。全く思わなかった。僕は、1人の時間が好きだったのだ。1人、本を読んでいれば、空想の世界に浸ることが出来る。空想の世界では、僕はヒーローにもなれる。そんな1人の時間がたまらなく好きだった。出来れば、僕のことは放っておいてほしかった。
だが、親はそんな息子を心配する。強制的に公園で遊ぶようにと、僕を時々追い出した。1人では危ないので、兄姉も一緒のことが多かった。兄姉は上手く溶け込んで遊んでいたが、僕は兄姉と歳も離れていたし、ベンチで本を読むことが多かった。ベンチで空想に耽ることも多かった。
多民族国家だから、公園にはいろんな国の子供達がいるが、自然と日本人は日本人で集まることが多かった。僕は、その日本人グループの輪にも入れていなかった。
すると、突然、声をかけられた。
「一緒に遊ばない?」
振り返ると、僕と同じ年頃の女の子が2人。いや、1歳くらい上かもしれない。年齢は聞かなかったからわからない。女の子達は、1人は日本人、1人は色黒で日本人ではないようだった。日本人は典子、外国人はジェニーという名前だった。
本来なら、遊びに誘われても断るのが僕だったのだが、その時は、どういうわけか興味が湧いた。相手が女の子だったから断りにくかったのか? それとも、その頃から僕は女好きだったのか? わからない。後者だったら悲しい。
僕は戸惑いながらも言った。
「何をして遊ぶの?」
「来て!」
公園の端には雑草地帯があった。中には、黄色い花や白い花も多々混ざっている。僕は野花で冠を作らされた。不器用な僕は、なかなか上手く出来なかった。
かなり苦労して、ようやく1つ、不格好な冠が作れた。不格好過ぎて嫌になった。僕は自分が不器用なのが恥ずかしくて汗をかいた。すると、ジェニーに言われた。
「それ、ほしい」
僕は女の子に出来損ないの冠を渡した。不格好なのに、ジェニーは何故か喜んでくれた。すると、お返しに野花で束ねられた小さな花束をもらった。
「崔君、ジェニーは崔君が好きなの」
「え! そうなの?」
ジェニーは顔を赤らめて俯いた。
「お母さん、おもちゃの指輪を1つ買ってよ」
「なんで、指輪が要るの?」
「今日、公園で花をもらったから」
「あら、そう。じゃあ、お返ししないとね」
僕は母におねだりして、おもちゃの指輪を買ってもらった。指輪は公園でジェニーに渡した。ジェニーは喜んでくれた。
「どうして、指輪をくれるの?」
「この前の花束の御礼、おもちゃだけど」
典子に通訳してもらいながら遊んだ。その時間は、結構、楽しい時間だった。僕は、公園に行くのも苦痛ではなくなっていた。むしろ、公園に行くのが楽しくなった。やっぱり僕は、この頃から女の子が好きだったのだろうか? 自分のことながら、そんな自分が嫌になる。でも、女好きの僕は、典子とジェニーと遊ぶのが楽しくてしょうがなかった。
だが、別れはやって来る。僕は日本に帰らなくてはならなくなった。
「僕、日本に帰るんだ」
「いつ? いつ帰るの?」
「来週。もうここには来れない」
典子はジェニーに通訳した。ジャニーは泣き始めた。僕は典子とジェニーにペンダントを渡した。母に用意してもらったものだ。指輪もそうだが、母のセンスはいい。指輪もペンダントもおもちゃだが、おもちゃにしてはよく出来ていた。
「今まで、ありがとう」
ジェニーは僕に抱き付いてきた。僕は生まれて初めて女の子とハグをした。
でも、今頃は2人とも、僕のことなんか忘れてるだろうなぁ、と思う。僕にとっては、シンガポールの数少ない良い思い出の1つだったのだけれど。
おもちゃの指輪! 崔 梨遙(再) @sairiyousai
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