【家族】
「飛鳥、早よ起きんと遅刻するよ」
毎朝同じ時間になると、ママの声で反射的に目が覚めるが、もうちょこっとベッドに入ってた。
意識もちゃんとしとったけど、習慣って怖いと思うのが、いつも2度寝しちゃうんだよ。
今日こそは2度寝しんと思っとったが……やっぱり同じだった。
いつの間にか寝とったみたい。気が付いたのは、忙しそうにスリッパをパタパタさせて、階段を上がってくる足音だ。それが何秒なのか、何分なのかは分からんけど、呼ばれて起きる間の空白の時間だった。
階段を上りきったみたいで、部屋に向かって歩くスリッパの音が段々と大きくなり、あと数歩で部屋のドアが勢いよく開くのが分かった。
ガチャ‼︎
「飛鳥、早よしんと遅れるよ」
部屋に入るか、入らんかの時に声がはっきり聞こえ、ドアの方を向いて首を上下に動かして返事をした。
そんな反応で了解するような人ではねぇ。ベッドの前まで歩いてきて、これまた豪快に、大切な布団を一気にガバッと剥がした。
さ、寒い、寒過ぎ。
「早よしんと、ホントに遅刻だよ。髪もセットしなアカンし、ご飯を食べて、顔を洗って、いろいろやっとると時間がないよ」
忙しそうにちょこっと早口で言って、ママはアタシの手を引っ張って強制的に起こした。そこまでして、やっと満足そうな顔をしてニヤッと笑った。
「起きたね。ご飯だよ。早よ支度して」
ママはアタシの髪をグシャグシャにして、部屋を出て行った。
本人はそんなつもりでやっとらん。ただ、アタシの頭を撫でとるみたいだけど、毎朝グシャグシャになっとるんだよ。
それが毎朝の地獄の日課だ。けど、その日課も当分ねぇ。明日から待ちに待った冬休みだもんね。
あっ、遅くなりました。
アタシ、中学2年の高梨飛鳥(たかなしあすか)。
この時間にゆっくり自己紹介が出来んけれど、徐々にアタシのことを教えていきます。方言がめちゃんこ出るけど、よろしくお願いします。
「飛鳥、ご飯だよ! パパも待っとるで、早よして!」
忙しい感じで、ママが早口に言った。リビングのドアを開けて、2階のアタシの部屋に向かって言っとるんだけど、ママの声は近所にも聞こえとるんじゃねぇかと思うくらいの大声なんだよ。
部屋を出る前にファンヒーターのスイッチを押して、リビングに向かった。
まだ、頭は寝とる感じでボーっとしながら、階段を下りた。
リビングに行くと、ママの味噌汁の匂いがしてファンヒーターもついとった。地獄から天国に来たみたいな感じだった。
布団を剥がされてから、ずっと寒かった体に暖かい空気を感じた。
別に雪国に住んどらんのに、めちゃんこ寒いんだよ。
椅子に座っとるパパは、ニュースを見とった。
「パパ、おはよう」
「おはよう」
椅子に座るのを見たパパは、キッチンに目を向けて立ち上がった。
「ユキ、飛鳥が来たぞ」
ママに言いながら、パパはキッチンの方に歩いて行った。
いつものことだけれど、棒読みみたいな言い方で感情がねぇ、その話し方を聞いとるとイラつくんだよ。
両手に皿を持ったパパは、テーブルの上に置いた。皿の上には、ハムエッグと千切りキャベツとトマトが綺麗に盛り付けしてあった。
「徹(とおる)さん、これもお願い」
ママに言われて短く「あぁ」と言って、キッチンへ戻って行くパパ。これも毎朝の日課だ。
子供の前では良い夫婦を演じとるけど、そんなパパもママも大嫌い。ケンカして怒鳴り合っとるのは分かっとるが、それに気付いとらんから、バカじゃねぇかと思う。
これがアタシの家族で、パパの徹とママのユキとアタシの3人家族なんだよ。1人っ子なんだけど、普通の家族とちょこっとちゃう気がするんだよね。
ママは専業主婦。パパの職業は全然知らん。昼間、家に居ることも多かったけど、アタシが中学になったころから、夕方から居らんことが多かった。
でも、朝ご飯の時間帯には帰って来とるんだよ。だから、何をやっとるのか知らん。
若い時のパパとママのことは全然知らん。恋愛結婚なのか、それともお見合い結婚なのかも全然知らん。2人に興味ねぇから、聞こうとも思わんかった。
ファミレスのバイトより手慣れた手付きで、トレイを持って来た。味噌汁とご飯とコップと箸を3人分運んできた。
その後から手ぶらで来たママは、アタシの隣に座った。
典型的なかかあ天下。
興味がねぇアタシにも、それだけは分かっとる。
「頂きます」
ママの合図で箸を持って食べ始めた。
ご飯を食べとる間、ニュースを見て誰も話さんから、その時間が苦痛だった。唯一の救いはテレビが点いとることだった。もし、それがなかったら、毎日、朝から通夜状態だと思う。
寝起きだから、ご飯が喉を通らんかったけど、無理やり押し込んで部屋に戻って、急いで支度をして学校に向かった。
不自然な家族に嫌気がさしとった。
傍から見れば、良い夫婦、良い家族だと思われとるけど、実際は演技をしとるだけの家族だ。
それに幼稚園の頃まで、毎日一緒に遊んでくれとったひろ兄が居ったけど、一切帰って来ねぇ。
アタシより5つ年上のひろ兄。そのひろ兄のことが大好きだった。いつもアタシの面倒を見てくれとった。
ひろ兄の事をパパとママに聞くと、突然不機嫌になるから、聞けんで謎の人なんだよ。でも、アタシと顔が似とるから、兄妹だと言える。それに、ひろ兄もパパとママと呼んどった。
みんなは長期休みになると、『おじいちゃん、おばあちゃんの家に遊びに行く』と言うけど、アタシは行ったことがねぇ。だいたい、おじいちゃんやおばあちゃんと会った記憶がねぇ。生きとるのか、死んどるのかさえ分からん。
そんなの普通の家庭では考えられんと思うけど、それがアタシの家では普通なんだよ。
家族end
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