Gott 地図t tott

鳩原

Got 地図t tott

 とある小さな王国の小さな農村に、少年がいた。冬の乾いた空のような、美しい瑠璃色の瞳を持つ少年で、地図が大好きだった。聞いたことのある地名を調べたり、ただ眺めたり、上から何か書き込んだり。しばらくは一枚の紙に夢中だった。

 そのうち、少年の興味は印刷された世界に留まらず、本物の世界に拡がっていった。よく「俺はいつか世界中をこの目で見て、俺だけの地図を作るんだ!」と意気込んでいた。そのための努力も怠らなかった。地図づくりを専門的に学べる名門校を目指し、勉強に励んだ。家族は応援してくれたが家はそこまで裕福ではなかったので、首席で合格し学費を免除してもらうというのが少年の考えだった。勉強に加えて、地図作りの旅は過酷なものになるだろうと、体力をつけることも怠らなかった。少年は自分の夢のために努力を惜しまなかった。朝早く起き身体を鍛え、昼は村の小さな学校ではあったが一番難しい授業を受け、日が暮れるまで入学試験に向けての対策を練り、そして夜は身体を育てるために早く休んだ。そんな少年の努力を一番近くで見てきた人物の一人である村の教師が、挑戦は若いうちの方がいいだろうと飛び級で卒業させた。もちろん少年の吸収が速く教えられることが尽きたからというのも理由の一つだが。そんなわけで彼は想定よりも二年早く、夢を叶えるための歩を進めた。


 受験当日。幼いころからの夢と、それに向かって怠けずに努力する姿を知っている村の住民たちは、心からの声援で少年を試験会場へと送り出した。住民たちの行動は全て善意から来るものだったが、彼の友人は自分たちの応援が重荷になっていたらどうしようと心配した。が、その心配は杞憂に終わった。試験科目の一つである作文に感動した学長が、首席合格の知らせを持ってわざわざ馬車でやって来るという展開は誰も予想していなかったのだから。かくして少年は、小さな村を飛び出し、順調に夢へと近づいて行った。


 十二歳で入学してから彼は常に入学時の成績、つまり一番を保ち、国内ではそこそこの有名人になっていた。実力もさることながら、そこまでの厳しく、貧しく、辛く、それでいて純粋さに輝く彼の人生の軌跡は、人々の注目と同情とを集めるのには十分すぎるほどだった。少年は誰にも邪魔されずに己の道を突き進んだ……と思われたが、実はそうではなかった。昔の純情な心には全く届かなかったが、成長するにつれ周りからの視線に否が応でも気がつくようになる。才能ある者には重い期待と醜い嫉妬がついて回る。四六時中悪意に曝され、彼の心は荒れに荒れた。それに比例するがごとく、次第に彼の美しい瑠璃色の瞳は濁っていった。その様は、暗雲が青空を塗り潰していくようだった。もう青年と呼ぶ方がふさわしい彼が夢に向ける気持ちは、ずいぶん鈍くなっていた。


 学校を卒業するころにもなると、青年に昔の面影は残っていなかった。成績だけは義務のように一番をとっていたものの、少年時代には小さいながらも活力にあふれていた体躯は見る影もなかった。皮肉なことに背は伸び続け、痩せた体をより一層貧弱なものに見せていた。瞳はどす黒く曇り、敵意を見逃すまいと、痩せこけた頬の窪みから出っ張っていた。その上等な脳みそでは、いかにして自分の身を守るかと、いかにして唯一信頼できるものである金を稼ぐかの二つだけをぐるぐると考え続けていた。夢への道筋はもう霞んで見えなかった。

 

 十六歳を迎えた春、青年は教師の勧めで軍に入った。いきなり上官の地位を得るエリートによくある問題である、たたき上げの同僚や年上の部下からの不信感は毛ほどもなかった。顔合わせの時、彼らは青年と目が合うと、怯んで直ちにその行動を停止した。何人か、腰抜けの部下が軍をやめた。そんな訳で、舐められはせずとも恐れられていた青年だったが、次第にそれすら薄れていった。初めは青年におびえてしぶしぶ戦っていた者も、最低限の犠牲で最高の利益を掴む、一騎も無駄にしない芸術的とまで言える戦法に心を奪われ、進軍が始まって三日も経てば青年に陶酔していたのである。あまつさえ彼を神と崇める輩まで登場したほどである。は、少年の頃の夢とは全く異なるものだったが、彼は人生で最大級の快進撃を起こしていた。


青年の快進撃は終わらない。戦闘の合間に新型兵器の研究を続け、ついに小型で安価な殺戮兵器を開発した。それも相まって、毎年、いや毎月のように彼の地位は跳ね上がっていった。齢三十で軍のトップに上り詰めて半年ほどが過ぎた時、元青年の男は全世界統一を国軍の目標に定めた。世界の四割以上を植民地に持つ現在を考えれば、十分に現実的だった。男は研究成果の兵器を使い、次々に植民地を拡大していった。しかし、彼の疑り深さが災いした。わざわざ自分で戦闘地帯まで伝令を届けに行き、途中で地雷を踏んで死んだ。早年にして神とも称された男は、かくもあっさりと死んだ。


 男の死後は大混乱が巻き起こった。実質的な世界征服まであと一歩だった国の指導者が死んだのだ。軍の頂点に位置し大臣になってからは政治も彼に任せっきりだった。混乱はしばらく続いたが、ほどなく収まった。解決したのではない。疲弊によって誰も動けなくなったのだ。備蓄食糧の少ない都市から順に荒廃していった。半世紀も経たないうちに、人類は絶滅した。各地で使用された殺戮兵器の影響で豊かだった土は灰色の屑と化し、他の生物も殆ど絶滅した。色褪せた大地は歪みきっていて、過去に少年が夢を馳せた地図に相当する地形は、もうどこにも見当たらなかった。彼は死に、少年の頃の夢も死に、その対象も死んだ。

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