第22話
「さっきの拘束を解く便利さと言い、今の治癒と言い、便利って言葉じゃ片付けられないわね。そのペンの効果。」
星ヶ宮は拳を作ったり解いたりの動作を繰り返し、自身の状態を確認した。
先の来栖シュカによる回復によって、痛みが消え去ったことと自分の認識のすり合わせのようなものである。自意識の想像と現象が結びついているのは、魔術によって明らかになっている。自身の状態が本当に危険な状態であるにもかかわらず、自己の認識によって痛みが鈍くなる現象なども往々にして介在する。アドレナリンが痛覚を無意識のうちに麻痺させるように、アニマが身体の状態を変えてしまうのだ。それによって一種の暴走状態に入ることが挙げられる。そのような状態を避けるためにも、自身の状態をしっかりと確認しておくことは、置かれている状況の整理という面でも多大な効果を持つ。
自分の状態に異常がないと判断した星ヶ宮が再び戦場に踏み入れる。
「どうして穢すんだ......我が天使に触れていいのは僕だけなんだよ。」
「あなたの言う我が天使って、星ヶ宮さんの下着でしょうに。だったらまだセーフじゃない?私、そこまでは触れてませんし、今後も流石に触れることはないでしょうから、安心してください。」
「私の下着に欲情するのはしょうがないけれど、あなたにその権利はないことは覚えておいてほしいところね。」
その言を呆然として傾聴する殺生院は、落ち着けるように深呼吸。そして手を拡げた。しかし、その掌はプルプルと震えている。
「いやいや、理解してほしいとも思わない。僕とてそこまでおこがましくないよ。」
「ダウト。」
「ダウト。」
来栖シュカと星ヶ宮の声が重なる。
「私の隣にいればいいって言ったと思ったら、舌の根も乾かぬうちに絶対特権を口走る。その段階で、あなたの言動が一致していないのよ。軸がブレブレ。まだ素直にエッチしたいですって言った方がマシよ。まあ、どっちもどっちだけどね。...壊血壊血竈≪エチエチカミノ≫」
「天使の加速装置≪キューティーハニー≫」
「」
三者三様の能力が飛び交う。一人は爆発を引き起こし、一人は電場を展開して放電。そして三人目は...
「放電する空間に...!」
視界を切り裂く次元の狭間。彼女が振るうペンが、現実に起こす現象に関して、アニマ以外の上限は存在しない。
電場が乱れ、電撃弾が不発となる。其れだけにあらず、その空間の裂け目は、星ヶ宮の魔術によって引き起こされた火炎をも引き裂き、殺生院の魔術に届き得ていた。
ペンで切り裂かれた空間は、殺生院のいる場所と来栖シュカの間、その直線状のことごとくを否定する。一本の開かれた視線の先、二人の視線が交差した。
「お前が...」
「あなたが...」
「「邪魔なんだ」」
歪められた眼差しに、それぞれの感情が乗る。熱を帯びた視線が逸らされると同時に、黙々と聳える煙が晴れ、視界が戻る。
星ヶ宮と来栖シュカの姿が前方に映る。星ヶ宮の方は爆発の被害が被らない場所から来栖シュカをサポートする形での介入をしてくるだろう。つまり、殻がこの場合最も警戒するべきは何か。
そう考えるうちに、来栖シュカの攻撃が来る。ペンを空で弾き、世界のキャンバスに軌跡という軌跡を生み出す。空を引き裂くような攻撃をかわすため、彼は自分の魔術を解除する。瞬間、彼を覆う電場がなくなり、空を電子の渦が舞う。
瞬間彼は来栖シュカの視界の死角に入り込むような形で走り出す。駅のがれきの中を走り回るように移動していく。完全に制御しきれない、漏れ出したアニマを見極めることは来栖シュカの目では難しい。
「でも...見えなくても、伝わってくる。音、気配、そしてアニマの揺れ。見逃さないですよ。」
感じるがままに、彼女は自由にペンを振るう。その効果対象はどれもが瓦礫であり、彼女の能力との反応する。すると...
「...まじか」
彼を囲む瓦礫が瞬く間にかき消されていく。いや、それは正しいとはいえない説明である。
彼が走り去る前まで身を潜めていた瓦礫がことごとく割れていく。駅という強固な建物の破片が、まるで豆腐に包丁を入れ込むような脆さでゴロゴロと音を立てて崩れさる。しかし、それだけではない。
その刹那、僅かに見えた彼女の眼前に現れた小さな文字。それにはおそらく...
(何が書いてあったかまでは正確に読み取れなかったが...一文字の漢字であったことは間違いない。その軌跡を光が伸びていき、輪郭を成していったのが見えた。そして、今の文字はおそらく...)
彼ががれきの隙間の中で考えを馳せていれば、次なる来栖シュカの攻撃が来る。
(ここだ!)
そして再度走り出す。後ろの方で瓦礫が崩れる音がするが気にも留めず、次なる遮蔽の影めがけて走る。瞬間、彼女の方を見れば、消え入る寸前の能力の残像がゆらゆらと揺れ、消えていった。
(僕の思った通り、あいつの能力は――)
「文字をフレームにしているのね。さっき治癒と言い、今回の攻撃と言い。シュカは文字を起点として現象に起こしている。」
星ヶ宮がそう分析すると、工程の意味を込めたうなづきが来栖シュカから帰ってくる。
「ええ。思い出したんです。自分の能力の原点となるものを。その思い出をなぞっているだけですよ。ちょうど漢字の練習のように。この現象はその結果。人は経験を起点に魔術を使うという、七海さんの言っていたことが少しわかったような気がします。」
「なるほどね。何か、あなたのことがわかってきたような気もするわね。能力の結果は人を映す鏡のようなものだから。」
そう言いながらも、彼女の心には疑念が残る。文字というトリガーを起点に、能力を発現させる。魔術には発想とイメージの足掛かりとなるものがあるという前提が常である。故にランカーである彼女には一抹の違和感を覚えたのだ。
(現象に関しては、まあとりあえず置いておいて...私の経験上、魔術の輪郭となる記憶上のトリガーと、結果として起きる現象との間の乖離がある気がするわね。”あまりに軽い”)
名前を叫ぶ、現象の媒介を発生させる、そして文字を視認する。これらはそれぞれ魔術の輪郭を補助する役割を担っている。それにアニマを流すことで能力が現象化する。
輪郭を形成する部分、この部分に彼女の疑念は集中する。目を凝らすまでもなく、次なる文字をシュカが空に描くのが見えた。
(私の血の媒介や、彼の周りの電場のように、フレームをサポートする役割を持つのがあの文字であるなら、どう見てもフレームの破綻が起きそうなものだけれど...相当想起する輪郭が相当強固なのかしら)
自分の想像力の媒介となるもの。それが多ければ多いほど、想起される輪郭の強度は上がる。想像力はちょうど連想ゲームのような性質を持っている。様々なものから連想される物質の積み重ねが輪郭の層を厚くする。
殺生院であれば、魔術の名前を叫ぶことに加えて、視認できる電場の展開。そして指で銃の形を作るという三点から、想像の輪郭を形成していた。
声に出して現象の一致化を図る。視認することで自身の状況を理解し、自分の魔術の手助けをする。そしてこれらを指に集めるようなイメージで放つことを以て彼の魔術は完成している。
殺生院のこれらの積み重ねで以てしても、発現する現象は1つか2つ、さらに彼の自覚できない部分での隠された3つ目の魔術。それくらいのものである。しかし、人の想像力に上限がない以上、発現する現象は理論上無限である。そのため、彼に限らず、1つの神羅を持つ魔術以外にも、様々な神羅のものを使える可能性が能力者全員に眠っている。
しかし、そこでまた問題が発生してくる。それは、しっかりとした魔術の輪郭を形成できるのかという問題である。しっかりとした外角が存在しないまま、アニマを流すことは、魔術の失敗を意味する。魔術の輪郭がばらばらであるために、流したアニマが方々へと流れ霧散していくことで、大概は不発となってしまうのだ。
しかし―――来栖シュカはどうか。
(私の腕を治した治癒と言い、空間ごと切り裂くような斬撃と言い、拘束する電撃の無効化と言い...出力された能力に、神羅の一貫性がない。)
様々な方向に分化する能力を持っていながら、それを難なく実現させる彼女に、星ヶ宮は逡巡する。彼女の能力について。
(特に、治癒の能力なんてかなり希少。しかも難なく人も治せるような高度なものであるなら、彼女、本当に...)
最初こそ、能力発現直後の影響もあって、戦闘に参加できずにいた彼女を、自分の魔術で以てサポートをしていく体制を取っていたが、今はその逆。彼女の無数に発現する能力の恩恵を自分が受けながら、殺生院を追いつめているような状況である。
目まぐるしく変わる来栖シュカの能力。それに適応する彼女。進化の適応速度が尋常ではない。
彼女は現在、未来機関に入場するため、その環境に適応し、身を守る力を七海に見せている渦中にある。なれば、その条件は余裕でクリアをしていることであろう。否、それだけにとどまらず、彼女なればランカーの上位層に足を踏み入れることも可能かもしれない考える星ヶ宮の脳裏に、誰かから聞いたある小話が奔った。
(想像の輪郭が強固っていうだけでは、説明できない部分が多すぎる。おそらく、魔術の領域から外れているわね...噂半分でしか聞いたことがないけど、本当にあったのね...魔法は。)
星ヶ宮がランカーとしての観察眼を以て、研究職の如き考察を思案するような目線で来栖シュカを追う中、殺生院もその昏い眼を以てして彼女を見ている。
(対処しないといけないのは...あのペン使いからだな。回復能力と遠距離攻撃を同時にこなすその汎用性は脅威だ。ヒーラーを先に潰しておくという鉄則はこんなところでも健在なのは驚いた。まるで理解が出来ない。魔術の領域すら逸脱した何かではありそうだ。しかし今、最善の選択肢は――できない。)
そう、この場合の選択肢というものを彼は脳で理解をしている。大切なものを汚されたと勘違いし、煮沸した脳細胞の中でも冷静であった。
相手の魔術が理解できない、対処法が思いつかない場合の最善の選択し、それは全力を以て逃走、否遁走することである。
なぜならば、魔術という概念は、想像力とアニマの合わせ技である。そしてアニマは流動的。自由に体から漏れ出してしまうのだ。意識下の制御の下であるならば、その漏出を最低限に抑えることが出来るが、来栖シュカにそのような芸当は難しい。
そして、彼女の能力は多岐にわたっている分。それだけアニマの消費も激しいと殺生院は看破している。それ故に最善は彼女のアニマが切れるまで耐え忍ぶことであった。
しかし、それは追撃の心配がない1対1の場合であるときの有効打である。此度の場合、そう都合よくはならない。
視線を動かせば、連鎖的な爆発が一定のリズムを刻んで殺生院のいる方向めがけて轟音をまき散らしながら接近する。
(......考えてみれば当然のことだ。我が天使の能力の起点となるのは僕自身じゃなくて、僕の血。対象が僕自身であるとは限らない。)
今まで来栖シュカの攻撃を回避するために通ってきた道、瓦礫と粉塵に塗れたそこに確かに零れたか細い血を対象とした。つまり、その分魔術の威力自体は低く、かつ連鎖適当条件を付けくわえている分だけ、魔術の輪郭を固めるための要素があるはずである。例えば、直接その血に触れてアニマを流すなどの...
(我が天使は...)
殺生院が思考を巡らすや否や、彼の向かって左側。駅から崩れ落ちた一部のがれきを飛び越えて、彼女が再び視界に入る。電場が乱されているため、放電によるフィールドの効果は期待薄であり、せいぜい自身の魔術の足掛かりとなるくらいである。
その拳が届きそうな急接近する彼女に、刹那の困惑が彼を襲う。彼女のように、爆発という遠距離魔術を使うのであれば、接近するのは愚の骨頂。なぜならば、自分を爆発に巻き込む可能性もあると考えたためである。
彼の判断自体に間違いはない。しかし、誤算であったのは彼女のランカーとしての判断力を思考材料に入れてなかったことであろう。いきなり急接近する美貌に、彼は魔術の再展開よりも先にどよめきが勝ってしまう。
身を固める彼を違って、彼のアニマはアメーバのように固定化されておらず、身を固めるには少々心細いともいえる。薄く伸ばした盾というものが、どこを刺しても貫通してしまう脆弱性があるように、彼の防御に関する技術は、まだまだ彼女のレベルではない。
「ごっ...!!」
鈍い音、響く声。その両方から同じような音が発生させられる。
「驕るつもりは毛頭ないのだけれど、あまりランカーを舐めないでほしいわね。沽券と風紀に関わるから。」
「まだだ......」
殺生院が魔術を使用しようとした刹那、彼の体に異変が生じる。彼の体が淡い色を放つ光輪によって緊縛されたのだ。
(これは......)
「単純な意趣返しよ。あなたがやっていたようにね。」
少し離れたがれきの山から来栖シュカがゆっくりと歩いてくる。それはまるでレッドカーペットを歩くファッションスターのようである。気品と自身に満ち溢れたそれを見れば、彼女は完全な「能力者」であると言えよう。
「あなたの使っていた魔術をそのまま送り返したつもりなのだけど...やっぱり電撃に体制があるのね。自身の魔術が電撃系≪それ≫なのもあって、完全には決まらなかったわね。ともあれ...」
彼女は上を見上げる。その視線の先には、先ほどから半壊しつつある駅の3階にある部分。そこには七海摩耶と神木哀がいた。
些末な違和感を覚える中、頭を振る。
(これからの方が大変ね。彼女は魔術の使えない身であるゆえに。未来都市に入るにあたって、私が哀を守っていかなくてはならないのだから。そのためにも―)
「まあ、ともあれ完全にクリアですね。七海さんの試験は。星ヶ宮さん、ありがとうございました。」
「え、ええ。こちらこそ事態を納めてくれてありがとう。」
七海摩耶に認めさせる儀式、その終了の宣言。それがなくしては決まりが付かないというもの。若干戸惑う彼女を目の当たりにしながら、来栖シュカは大きく息を吐き出す。しかし、その結果に納得できないものが吠える。
「...クリア?クリアってなんだよ...ゲームじゃないんだぞ!僕は本当に...」
「ゲームじゃないわよ。私たちだって本気でやってる。あなたを取り押さえるためにね。クリアしたっていうのは、それに目を付けた七海さんが勝手に付け加えた試験のようなものの話。それだけよ。」
「それだけって...それはつまるところ、僕が負けることを前提になっているじゃないか!男の本気を、なんだと思っているんだ!」
彼を拘束する魔術がみしりと悲鳴を上げる。しかし、それだけでは彼の身が完全に自由になることはなかった。しかし――ボキっと骨が敗れる音が響く。
(まずい!拘束の隙間から―)
星ヶ宮と来栖シュカがその不穏な音を皮切りに魔術を構える。しかし、暴走し増長するアニマによって電場となる場所が拡散し、分子同士の反発によって体が悴んぢ育。いくらアニマ出微弱ながらガードしていると言えども、その許容量は術者によって異なる。上限を超えれば当然ダメージも受けてしまう。
怒りに震えた殺生院、その体から迸る彼の魔術に変化が訪れる。しかし、その変化は決して喜ばれるものではない。
怒りという概念は、アニマ的な観点から見れば、魔術強化の大きなファクターになり得る。眠る激情にはそれだけのエネルギーが存在するためだ。人のちょっとした言動にイラっと来るという小さなところから、大事を冒した人間を叱責するような大きな部分まで、総じて怒りというものから捻出したエネルギーを使っている。
しかし、反転。それは怒りというエネルギーを、そのまま怒りの発散という形で発散するだけの話に限る。こと魔術の使用に関しては、アニマの増幅という部分で見れば、優位に立っているようににも見えよう。
(...何?彼の魔術が...)
殺生院が指を構える。数多の電撃を自在に繰り出すその指は、見たものにその電撃を想起させる。今回の銃砲となる指は2本。速射性と威力に均等にアニマを振りわけた、バランスのいい魔術。拘束する小指は、現在のシュカの覚醒を見た現在、おいそれと使うのは躊躇われるためである。
しかし、放たれた電撃弾を来栖シュカはペンではじく。彼女自身の視界をキャンバスと仮定し、一振りすれば、その部分が世界から弾き出されたように消える。
「...だいぶ速度が落ちているわね。それに威力も低い。」
なぜなら、魔術の使用に関しては、そのエネルギーの使い道を限定し、変更する必要があるためである。
来栖シュカが電気の球を弾いた刹那、星ヶ宮たちは方々に散ろうとする。しかし、追撃を避けるべく殺生院の方を視認した星ヶ宮の双眸に、それは目に映った。
凝らした視線の先、殺生院の魔術の基盤である展開された電場。加速装置の足場となるそれは、ゆらゆらとした分子が空気を伝って連結する。その朧気な線が輪郭を形作り、1つの形を表していく。
(これは...)
丁寧な手入れが行き届いた長めの金髪と、情熱を爛々とさせた緋色の瞳に長きまつ毛。浅葱色のロリータ系のシャツから、溌剌元気な方がちょこんと綺麗に覗き、それをコルセット付きのクラシカルなミディアムスカート。
それは彼女にとってデジャブのようなもの。毎朝それを見ることが乙女の嗜みと言っても過言ではない。
(これは...私?)
星ヶ宮は思わず一歩下がる。涙目で恨めしそうに自分を見つめる電子の幻影。その姿見は幼き自分が、自分とは違った成長をしたような乖離。
しかし、その端正な顔立ちだけな間違いなく過去の自分だが、服装だけは身に覚えのない。自分が過去に記憶にあるのは、薄い緑色の病院服だけであると言っても過言ではないためである。そのため、さらに混乱が加速する。
異なる世界線から渡ってきたそれが、なぜ今目の前に、それも殺生院の味方でもあるかのような風体をしているのか。理解が出来ずにいる。
そしてそれを見逃すほど、殺生院は甘くない。
「......天使の加速装置≪キューティーハニー≫」
バチバチと派手な効果音を鳴らしながら、それは空気を走る。
魔術抗争で鍛えられたランカーである星ヶ宮の目は良い。魔術の本懐を知ることによって、ダメージを抑えたり、逆に自身の魔術の医療を底上げするのには、どうしても観察眼は必要不可欠であるために。
ゆえに、彼女の目にはそれがよく映る。殺生院の心が歪められたために、魔術を担保するための副作用。より強い形での魔術の輪郭の組み直しのために漏れ出した精神の残相。
電子の海を渡る彼女が、殺生院の銃のトリガーを引く動作を合致させるような動作。まるで重なる影のように、彼の動きと同期して、圧倒的速度の一本指の弾丸を飛ばす。
威力は他の指と比べれば低い。先ほどまでも星ヶ宮は自身の漏れ出すアニマを調節することでダメージを防ぐことに成功している。
しかし、今回は先ほどまでと異なる点が存在する。
それは至極単純なこと。彼女の精神状態である。
平時の彼女であれば、自身の持つ圧倒的な美への自信のより、著しい動揺を喫すことはほぼないと言える。凭れる何かの、精神状態に与えるそれの効果は、アニマの安定という意味でも必要不可欠な要素でる。アニマという限られたリソースをどのように利用するか。とっさの防御や、状況の分析によってどのように使用するアニマを分配するのかを正しく判断するには、適切な精神状態が不可欠である。
彼女は魔術抗争時においても、普段の口ぶりを崩さないし、先の殺生院との問答でも軽口をたたくのは、その面も含んでいる。口調や発言は、心の状態を表すともいえるだろう。冗長的表現をよく用いる人間にはゆとりが、直接的な暴言などを口にするものには余裕がないように、ストレス、不安、恐怖...それらが精神の状態を変化させてしまうためである。
しかし、今回、その凭れかかるための自信の根幹。自分自身という概念が、相手側に立って自分の攻撃してきている。いつでも彼女が愛してやまない自分の、自分による他人のための反逆。自分自身が文字通り銃口を向けることになることは、現在歩いている地面が突然崩落するかのような、圧倒的な不安を覚えるのも無理なからんことである。
精神に異常が生じた際に、正常な判断を正確なタイミングで行うことは不可能に近い。足場が不安定なバッターボックスに立ったところで、ホームランはおろか、フライもバントも遅れるはずがないのだ。
「が...はぁっ...ぐ...」
殺生院の空を伝う電撃が、圧倒的な速度を以て、彼女の体を奔る。魔術防御のかなめであるアニマの漏出が間に合わなかったためである。
殺生院の魔術の中では威力は低めではあるものの、それはお互いにアニマを保持し、防御に使っている状態での話。それが解かれてしまっている状態にとって、彼の魔術は間違いなく彼女にダメージを与えていた。
「ゲームなんかにするものか...CPUなんかと一緒にしてやるもんか。これは僕の、殺生院飛鳥の意思だ!クリアなんかさせてやるものか!!」
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