第5話
私の凡庸な一日の朝は、無味蒙昧極まりない。インフルエンサーのようにモーニングルーティーンなど撮ろうものなら、星1つの最低評価をたたき出すことが確約されているだろう。「個性がない」「参考にならない」「見た時間返してくれ」などの怨嗟の声が響く。
囃し立てる文字盤を怨嗟の拳でたたき割りながら、もぞもぞと起床。その芋虫の如き足取りは、重いという一言で言い表すことは難しい。両足に重りのついた囚人のそれであるようなぼうっきれを洗面台の前まで動かし、顔を洗う。時間があればシャワーを浴び、可憐な一日の始まりとすることが出来る。特に冬においては、その足で着替えることが出来るのが魅力である。しかし、そんなことが出来る時間があれば少しでも惰眠を貪りたいと考える。私はそういう人間だった。
顔を洗ったら、そのまま歯を磨く。適当な薬局で買った歯ブラシが、その柔肌の見せてくれる期間はまるで病床に伏せる少女のように儚い。時間がたてばこすれ枯れていく毛先を眺めながら、「また新しいものを買わなくては」と心の中で独り言つ。
その後、コップに注いである水を一口、その口に含まれる微量の清涼感とともに吐き出す。そのままメイク、ヘアセットまで行えば、30分ほどの時間が過ぎている。
台所に急ぎ、電子ケトルの電源を入れる。カっという電気信号のスタートダッシュの音を聞きながら、私は満足げに一度うなずく。まだこいつは使えるな、と。マグカップにインスタントスープの素を注いて、食パンをトースターにセット。朝餉のための準備が完了したのを確認した後、着替えのために寝室に戻る。
寝室には一人で使うにはやや大きめのクローゼットが鎮座している。幅3メートル弱に対して奥行1メートル強といったところか。無論、そんなに使う用途があるわけでもなく、スカスカなまま放置されている。その中にあるのは、制服をハンガーに掛けて納めるスペースと、その下には普段着や下着を納めている箪笥くらいのものである。
寝間着を脱ぐ、そして下着も脱ぐ。ここで所謂全裸になる。なんとも滑稽な図であろうか。朝の忙しさ極まるときに、裸の女子高生が仁王立ち。変態と呼ぶに些かの躊躇もないだろう。しかし、ここでやらなければならないことがあるなれば、変態も免罪に変改しよう。まあ、その原罪が消えてなくなるわけでもないが。
閑話休題、私が下着を脱がなければならない理由は一つ。下着を変える必要があるためだ。シンプルこの上ない。睡眠用の下着を脱ぎ去り、私は下着の詰まったタンスを開ける。その中に目をやると、丸まったとりどりの色の下着が乱雑されているところの横の小さなスペースに、何種類かの紐のようなそれが姿を見せる。その中の一つを手に取り、足に通す。しかし、そのままでは重力とともに歪なワルツを踊りながら地に伏せることとなる。パンツだけでもない、私もである。
そのため、下着の横の紐になっている部分を、片側一か所ずつ、計二か所を固く縛る。やるのは勿論蝶結び。人類史の歴史において、これほど浸透したもないことを私は強く確信する。固結びなど無用の産物に外ならない。ありとあらゆる面で蝶結びはそれに優っていると言えよう。
朝の無防備極まる状態から、下着を固く結ぶことで気合を入れる。これはそんな儀式であると同時に、何かあったときに対抗するためのの生命線。私やシュカに何か危機が迫ったり、不要な争いごとを持ち掛けらたり、さらには理不尽な仕打ちを吹っ掛けられたときの脱出装置。逃げるが勝ちとはよく言ったもので。
そんなことで下着を変え、制服のブラウスに腕を通せば、電子ケトルのけたたましい音が鼓膜を揺さぶる。 甲高いヒステリックな声で早く来いと叫ぶそれにこたえるように、急ぎスカートを履きチャックを締める。その後黒色のソックスを履けば武装完了である。
身支度を整えダイニングに行けば、ちょうどトーストが焼き上がり、電子ケトルが落ち着きを取り戻すいい時間であった。私は先ほどのインスタントスープが入ったマグカップにお湯を注ぎ、ティースプーンで軽く混ぜ合わせる。その後、トースターからパンを取り出す。私はバターやマーガリンなどなくてもそのままで行ける派の人間だ。ほかの生徒諸君らもおそらくそうだろう。まあ、そもそもその学生が数は多くないのが現状ではあるが。
「いただきます」
小声で口ずさみ、軽くパンを一口。今後1000年変わることのないその味は、無限の可能性を秘めているなと感じる。
続けて、インスタントのカップスープを一口飲む。本日はコンソメ風のものである。基本的にオニオン、コンソメ、コーンを取り揃えており、味変には事欠かない。
ちなみに、これらは私のお気に入りカップスープのトップスリーである。カボチャやホウレン草のポタージュやスープパスタなどもポテンシャルを感じてはいるが、ついつい手を伸ばしてしまうのが現状である。固定化されつつあるリストの変更というのは、こんな小さなことにおいても存外難しいことを知る機会となっていた。そんなことを、パッケージの裏を覗きながらしみじみと考える。
食パンとカップスープを交互に口に入れ租借を楽しみ飲み込んでいく。連続する動作の中で、左手で携帯電話を取り出すた。私のもシュカのと同じ、旧世代のスマートフォンのそれである。ホログラムなどの特別な機能は特段ついているわけではないが、個人的には満足している。ごちゃごちゃ様々な機能があっても、それを使いこなすための力がなければ意味がいないことは、現代史が証明しているためである。私はそこまで高機能を求めてはいない。
私は携帯を起動させ、連絡用のSNSを立ち上げる。ポロンっと軽快な音を上げ立ち上がったそれは、緑の画面を映し出しながら会話の履歴を画面に起こしだす。私はその履歴の中からシュカとのチャット欄を立ち上げた。その画面に移行すると、昨日までのシュカとのチャットの履歴が映し出される。可視化されたその文字列の中には、くだらないことや真摯な相談、未来の目に関するうわさ話や勉学の愚痴に至るまで様々な内容が記録されている。
枯淡の日々を記録し記憶するその媒体は、たとえ私たちが忘れてもその時間を手放さないだろう。スクリーンショットが追想するそれは、いつの日か思い出に変わっていくものだ。正しく電脳の中で。
そんな物思いに長々と更けるほど、朝の日差しは私を待ってはくれない。なんとも無慈悲な太陽であろうか。遺憾の意を顔面で示しながら、シュカにチャットを送る。
「朝、また3番目の信号で。遅刻するなよ。」
ポチポチと打ち込み、アプリを落として他のSNSを立ち上げる。情報収集やトレンドを追えば、ある程度の女子高生としての人権を得られる。普通の女子高生として生きるには、ある程度の周りの情報を知っておくことは必要不可欠なのである。それはここ「その他の街」でも「富んだ土地」でも同じ事であろう。情報というのは、いついかなる場合でも生き残るための術である、と私は結論付けた。中学生の時に。
携帯を眺めながら食事を終えると、軽く食器を洗って食洗器に入れておく。人類の発明の中でこれほど便利なものは、他にはあと3つくらいしかないだろう。
そうしているうちに時計の針は7時半を指す。そろそろ行くか、と心の中で決めた私は玄関に向かい、ローファーに足を通す。その際、ふと目に入った姿鏡に目をやり、腰に手を当ててポーズをとる。その時のポイントとして、両手を腰下に当てることを意識しなければならない。膝上位のスカートがひらひらと舞うのを横の腰から抑えるように。そして、その感触で先ほどの下着がきちんと装着されていることを確認するのだ。もちろん、「装着」という言葉は比喩ではない。着脱式、なおかつ手荷物検査にも引っかからない優秀な代物である。国際警察でもこれを見破ることは出来まい。
身だしなみの問題なしと判断した私は、学校指定の深藍色のバッグを左肩に引っ提げて一言。
「いってきます。」
ここまでが私のモーニングルーティーンである。陳腐極まりない日常の中に、人々の想いは溶け出していく。それに気が付くのは、いったいいつになるのやら。
「その他の土地」にいる私たち学生は、基本的に一人暮らしである。とはいっても、特段変わったところのない、築何年経過したかわからないような古い住宅。学生寮などを新しく建築してくれればよいものだが、そんな余力はもはや、この街には残っていない。そして私たちが金を払っているわけでもない。さらにその費用を賄う税を納める周囲の大人たちは、日々にため息をつくのに躍起になっているように感じる。
さて、では今住んでいるこの家は誰の持ち家なのだろうか。私たち試験管ベイビーは親と一緒に住むなど考えもしない。親の顔を知る前に未来機関によって児童施設に預け入れられているため、そんな思考には至りもしない。
その回答として、自分の家の表札を覗く。そこには横文字で「神木」と彫ってあるタイプの古い表札が姿を見せる。そしてその奥には、今掲げている表札よりも大きなそれが存在していた痕跡が黒ずみになってもなお恨めしそうに覗いている。まるで家を勝手に奪ったような怨嗟。私とて臨んだことではないのだから、逆恨みもいいところではある。
はがした表札に新しいそれを置き換えているのだ。これは私の家でしか見たことがないのだが、おそらく未来機関は既存の学生寮に入りきらない学生に、今はもう使われなくなった、比較的新しい家などを一時的に与えているのではないか。特にこの「その他の土地」では人の出入りが激しい。そのため、使われなくなった新しい家なども出てくることには出てくるだろう。まあ、見知らぬ人が使っていた家を勝手に則るようで気味が悪いと言えばそれまでかもしれない。事実、謎の空きスペースや、何に使っていたんだというガラスのショーケースや本棚が私の家に鎮座している。
しかし、これらの問題は私にとっては特に大きな問題にはなり得なかった。このように普通に生活でき、普通に寝ることが出来る。それがあれば細かなことなどどうでもよくはなる。
しかし問題は、私はいつからここに住んでいるのか思い出せないことだ。児童施設から出てこの家に住み始めたのか、それとも何かワンクッションはさんでこの家にやってきたのか、そこの記憶が曖昧になっている。
数少ない同級生たちのほとんどは、基本的に学校近くの学生寮に住んでいる。シュカもそのうちの一人である。しかし、皆児童施設からずっとそこにいるという記憶がある。この間の気悪について尋ねても「逆に何があるの?」と白い目で見られるのが常であった。そちらの方が、なんとも後味が悪い。
そんな記憶の混線をよそに、私は歩き出す。学生寮より少し遠くにあるとはいえ、歩いてもいける距離に家を配置してくれたのは、未来機関なりの恩情とも言えるだろう。ちょっとだけ家を早く出れば、余裕で間に合う。これでも私は地味に優良児なのである。
かかとをかつんと鳴らして歩けば、コンクリートで整備された道、下に小川が流れる石橋、鼻にばんそうこうを付けた少年が走る河川敷などが目に入ってくる。アサヒがまぶしく私たちを照らすこの時間は、気分は悪いものではない。
そういえば、と私は思い出したかのように携帯に目をやる。いつも通りならば、そろそろシュカが「今起きた」だの「もうちょい待って」だのとごたごた抜かす時間だ。その際、私は鬼電モーニングコールを敢行し、「鬼」の文字よろしく言葉を散らす。なぜ奴の方が単位が危ないのに楽観的でいられるのか。これがわからない。
起きてるかな?と淡い期待を持ちながら形態を確認すると、チャットには既読の文字の文字が付いていない。なるほど、言わんこっちゃない。普通に寝坊している。
そう確信した私は、彼女に鬼電モーニングコール。最低5回は連続で電話をかけ、彼女の安眠を妨害する。過去に「いやがらせ?」と目のあたりをこすって寝間着姿で登校してきた時は見ものであったため、それの再演しようものなら、爆笑待ったマシの持ちネタに昇華することだろう。なお、遅刻はするものとする。
「...出ないわね。まだすやすやと寝息を立てているのかしら...。...しょうがない、まだ間に合うし、学生寮にちょっと寄るか。」
そんなことを言いながら、私は朝日が水面を揺らす河川敷を後にする。この川のを南に行った先には、奴らの学生寮がある。反対に、北に続く川はどこに流れているのだろうか。もしこの川が「富んだ土地」につながっていたら、そこにいる誰かが、この河川敷で運命の出会いをしているかも知れないな。そんなくだらないことを妄想して頬を緩めて歩き出す。
「さて、さて。今日はどんなあられもない姿を見せてくれるのかな?」
期待にない胸を膨らませて、爛々とした笑みを浮かべる朝の不審者ここにあり。通報するにはまだ浅く、また放置するには後ろ髪引かれる絶妙な私を捕まえられるのであれば、捕まえて見よ、世界、社会。
河川敷から十分、南に歩き、信号を左折し、たどりついたのは八塚高校学生寮。ここでは数少ない学生をまとめて受け入れている施設である。男子寮と女子寮と棟が分かれており、鍵付きの連絡通路が1階と5階にある。また、一回の連絡通路は、いわば大人数で駄弁れるリビング的な役割を果たしており、基本的に朝早く降りてきた学生はここでご飯を済ませたり携帯をいじって時間を潰している。基本的に風呂トイレは別、学校も割かし近くにあるとなれば、少し古いことを加味しても、私も早くここに住みたいものだ。しかし現在、定員オーバーとなっているらしい。なんという悲劇か。
玄関には警備員があくびを噛み殺しながら、不審者を見張っているものの、制服を見せれば私のような不審者でも素通り出来てしまう。なんとも重大な欠陥ではあるが、警備員も人。このような変態も侵入してしまうのも吝かではない。
玄関で靴をスリッパに履き替え、シュカのいる5012号室に歩く。途中知った顔何人かと顔を合わせるが、「また来栖さん寝てるの?」とあいさつ代わりに一言交わす。大量に人がいるわけでもないのだから、こうして言葉を交わすことも珍しくない。そしてどうやら、彼女がよく寝る人なことと、よく私が起こしに来るのは周知の事実であるようだ。
朝のエレベーターをとっ捕まえて5階に上ろうなど、迷惑行為もいいところであり、とても正気の沙汰とは思えない。そのため、私は階段を用いて5階まで上がる。途中、私の下着が見えないように慎重に、そして確実に歩を進めると、5階につくころには軽く息が上がっていた。「ふう」と親父臭くため息を吐き出す姿は、とても人に見せられたものではない。
「さて、5012...5012,,,」
肩を揺らして息を整えながら目的の部屋を目指す。広く長い通路というわけでもないので、すぐに目的の部屋が姿を現した。玄関の扉に掲げられた表札には見慣れた「来栖」の文字列。そのドアを勢いよく連打すると、その数だけ見事にドアが悲鳴を上げた。
「起きなさいシュカーー!遅刻するわよーー!」
そんなありきたりの脅し文句を壁の向こう側に浴びせながら私は声を張り上げる。なんとも品がないと言えばそこまでだし、周りの人にも迷惑がかかるのではと思わなくもないが、それで今起きれるのであれば、寝ぼけた少年少女らも私につくづく感謝するべきだろう。名も知らぬ少女が身を粉にしてモーニングコールを直で浴びせているのだ。恨まれる筋合いなど毛頭にあ。
しかし眠り姫はまだまだ寝ぼけているようで、何も反応がない。本日の睡眠に点数をつけるなら120点満点だろう。瞼は鉛のそれであり、体は鋼のそれだろう。布団の中で融解した体を元に戻すのに時間がかかるのは理の理。しかしそれを待てるほどの時間もない。だから昨日言っておいたというのに。なんとも学習しないやつ、とこれ見よがしにため息を一つ
「単位どうなるのー!あんた数学Ⅲまずいんじゃなかったー!」
引き続きリズミカルにドアを叩けど、帰ってくるのは心を劈くわびしさの静寂である。一人で朝から虚無に声を張り上げているという図は、冷静になってみれば非常によろしくない。そろそろ警備員などに通報され撤退を余儀なくされるのではないかという一抹の不安もある。
(さて、どうしたものか......)
「あ、またいる。ご苦労なことね~」
心の中で頬杖をついて考えていると、私が歩いてきた階段とは反対側、5013号室の住人が姿を見せる。彼女の名前は春風美空。160ないくらいの小柄で細身、ぼさぼさ頭に黒い丸渕の眼鏡を携え、年から年中白衣を着ている変わり者。今日も今日とて服の上から白衣を着ている。曰く、「白衣こそ完成された衣類。私は裸の上に白衣でも構わないんだぞ。」と豪語している、私と負けず劣らずの変わり者である。
しかもあつらえ向きに生物部、部員は彼女一人ときている。そんな状態でも頑なに部員は募集しておらず、そろそろ廃部を検討するべきだが、特に部費を要求することもないため、そのまま放置されているのだ。
「あ、美空おはよう。あんたも遅刻するわよ。」
「わかってるよ、漫画で出てくる母親のようなコントをするもんだね君は。」
まとまらない黒髪を掻きながら、ばつが悪そうに斜め下を向く。その態度とは裏腹に黒ぶち眼鏡の奥や口元は若干歪んでおり、見る人が見れば妖しい宗教の勧誘を彷彿とさせるそれである。こいつが通報されないなら、まあ私がここで何をしようと大丈夫だろうという安心を膿んでくれる気さえする。
「それはそうと、来栖さん、まだ疲れて寝てると思うよ。なんか帰るの遅かったぽいし。まあ、私も人のことあんまり言えないけどさ。」
ふわあと淑女らしからぬ大きなあくびをすれば、彼女のカバンが肩からずり落ちるのが見えた。おっとっと、と彼女が間抜けな声をすると同時に手から落ちたそれを拾い上げる。
「ああ、昨日いろいろあったからね。あとあんたは寝すぎよ、それなら。」
「そうかなあ。...いや、まあそうか...な?」
うーん...と首をかしげる姿になんとも歯切れの悪さを感じる。
「でもなんで今日はこんなにシュカが起きないのか、何となくわかったわ。ありがとう。あれでもやっぱり、結構疲れていたのね。」
昨日のシュカの映画館での一幕。やはりあの言動は疲れからくる特異なものであったのか、所謂一つのランナーズハイ。映画をじっと見続けるのは、座っていてもかくエネルギーを使うのか。
「ああ、君も付き合っていたのか、お疲れさん。流石の体力だね。ちょっとはそのエネルギーを分けてほしいところだよ、本当に。」
「あいにく、この高エネルギー反応を持つ腿を明け渡しことは出来そうにないなあ。」
まだ目無双な彼女の目を覚ますように、私は自身の太腿をぱちんとはたく。その振動に驚いたように彼女は小さく体を震わせた。
「打ちすぎだよ。痛くないのかそれ。」
「ぜんぜんね。逆にあなたの腿が貧弱すぎるだけじゃない?」
「ああ、代わりに胸の装甲があるからじゃないか?君と違って」
彼女は自身の胸に雁首揃える大きな果実を見せつけるように胸を張り、その姿勢のまま私の方に指を指した。小さい体に見合わぬ突出した隆起を、私は白衣の上から一薙ぎ一閃。その時ぱちんと快活な音が廊下を揺らした。
「あばば!痛ってえ!!」
「あら、いい音なるじゃない。良かったわね、そこにもきっとエネルギーがたまっているわよ。」
「おっぱいにはないだろ...あとそろそろ時間だろ。」
乳を白衣の上からさすりながら彼女は恨めしそうな目でそう告げる。携帯を取り出してみると始業時刻が刻一刻と迫っているのがわかった。しかし、相変わらずシュカからの返信は確認できなかった。
私は再度扉に向き直り、ここ最近でも類を見ない声を出す。
「起きろーーーー!!来栖シュカ!!!起きろーーー!!」
三度はこだましただろうか、廊下の人気のなさと相まってよく音が反響する。すぐ足元では美空が耳をふさぐ防御し姿勢をとっている。特段意識していなかったが、存外声というのは最も身近な兵器かも知れないな、と自嘲をしながら自重を決意する。
「うるせーーマジで。これで起きなかったら普通に諦めなよ。拡声器いらずの肺活量だな。」
「...そうね。流石にこれ以上いたら遅刻しちゃうわ。行きましょう。」
ドア越しの返事がないことを確認した私は、美空とともに踵を返す。向かうのは先ほど上ってきた会談ではなく、人類の知恵ことエレベーター。事実美空はふらふらと重い足取りでい自然とそちらに足が向いていた。
エレベーターに乗り込む直前、流石にシュカに追加のメッセージだけ入れておこう。なんとも返事がないのは悲しいが、まあそれもご愛嬌という奴だろう。次学校で顔を合わせたとき、きっと彼女ははにかみながら手を合わせていることだろう。軽薄極まる謝罪とともに。
「私は先に学校に行ってるわ。あなたも数学3の命が惜しければ遅刻でも学校に来なさいよ。」
メッセージを打ち込むと、チン、という音とともにエレベーターが姿を現した。それに乗り込み1階のボタンを押すと扉が閉まる。彼女の部屋が遠のいていくのを、私は横目で流していった。
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