固結びの解き方

バター醤油

第1話

 試験管で作られる少年少女は親という概念に興味はない。初めから存在しないものに関心を寄せる理由などありはしないのだ。それが幸福なのか不幸なのかは誰にもわからないだろう。絶対的な幸福の基準は存在しない。私たちは「あいつは(僕と比べて)幸せだろうな」や「私は(あいつと比べて)まだ恵まれているほうだ」などと粗末な相対的な評価でしか幸福の基準を満たせない。


 そんな中、過去において信じられてきた幻想がある。それは「親からの無償の愛」だ。親から賜る愛情はどんな形であれ等しく、そして無償のものである、と。なんとも馬鹿げた妄想だろうか。そんなものを信じているものはさぞ(名前も知らない誰かと比べて)恵まれた環境にいたのだろう。自分以外の価値観を排斥したゴミだらけの山でふんぞり返っていることに気が付けないまま、人生を歩むことになる。そしてその方が案外、うまくいってしまうことがまかり通っている。


 人間を排斥し、厚顔極まりない顔で嘯き、確固たる地位を築き上げる。これが過去におけるこの国のスタンダートであった。そうして権威や地位、悪習を次の世代へと繋がれていく。


 逆に、誠実に生きた成人男性が、先の権威や地位を保てるかというと答えはノーである。誠実という概念は社会でのステータスには到底なり得ないものになっていた。誠実さを以て結果が伴うようであるならば、私たちはもっと夢に邁進できる、できたはずだ。報われることがわかっていれば、努力という行為は極めて一般的かつ不変を持つ概念であるはずなのだから。


 さらに、子供に対して暴力を振るう、所謂「毒親」という概念も存在している。要因は様々ではあるが、一児童相談所や警察なぞでは解決の見込みが立たないことも少なくなかった。自分にはできなかったこと、自分ではどうしようもない現実を以て、その醜態をさらす親がいることも珍しくはない。当たれるところに当たっておく、叫べる奴に叫んでおく。それを以て深い自己陶酔に酔いしれる。そんな時代もあったのだ。


 さて、それぞれの環境に置かれた子供たちが成長していく過程において、まるで固結びのように深く絡んでくるのは、先の「無償の愛」である。先の過程においても、それには愛の形、という言葉でくくられてしまえば、愛という名の強い鎖で雁字搦めになってしまう。それが歪であったとしても、誰にもわからなくても、すぐそこにある異常に気が付けないほど感覚という防壁は薄くなっていく。摩擦で擦れた手の平は、いつの間にか分厚くなっているのが常である。


 そのような家庭環境というものは、選べないということは本能的に理解するのに時間はかからない。そこらにいる鼻をほじくった少年にも、夫婦仲がよろしくない中年でも、ギャンブルに悪態をつく老年にも、いつの日か悟ったときが来る。いや若しくはあったのだろう。そのような世界の仕組みに。


 なれば、こその我ら試験管ベイビー組の登壇である。曰く、これが子供の平等につながるのだとか。等しい生まれ、等しい育ち、等しい教育を環境ごと委託する形で私たちの世界は回っている。


 委託する先はどこであろうか。等しさを優先し、等しさを絶対的な条件とし、等しさを以てその存在を許された存在。


 そう、その先こそが人工知能AI<アイ>である。



――――


 2045年 10月 某日。


 私はこの数年で得た教訓は、私は存外優秀であったということ、それのみであるといってもよい。華の女子高生、17歳が頭のみならず、髪の毛、腕、肘、腰、腹などなど、幾らひねっても出てくる事実はそれのみである。頭をはたいても目の玉がまろび、尻を叩けど奏でる快活な音に首筋を震わせるだけであるなら、この数年私はどのようにして生きてきたのであろうか。


 机に向かうことを、特段苦と思ったことはほとんどない。自分の学んだ知識を以て問題集と相対し、それを屈服させる。その繰り返しを人は勉学と呼ぶ。しかも、幾ら詰め込んでも無料、上限もないとなれば、やるだけ非常に旨味があるといってもよい。そのような作業は私たち学徒の特権であるならば、これほど単純明快なことはないだろう。


 また、私は体を動かすことを是としている。機械にえっちらほっちらと介護されがちな現代人の肉体の、徐々にそれに適応しつつあることの嘆かわしさたるや。そんな風を押しのけるかのように、私の腿は、はち切れんばかりのエネルギーをそこから放出する。アポロ11号のエネルギー源と呼んでも差し支えないほどだと自覚している。所謂頑丈と呼んでも差し支えないだろう。少なくとも、同学年の女子と比較しては。しかし、それとスポーツのセンスとは全く異なるもので、肉体が動くだけの案山子と思われることも少なくない。哀しきかな、哀しきかな。


 では、他の特権はどうだろうか。それはやはり友人関係の構築であろう。学校という閉鎖空間において友人は多ければ多いほど良いと言われている。それは助け合い、笑いあい、時には競い高め合う。そんな蒼き春とも呼べるのは、曲がりにも私にはあったのではないか。同性の友人らと適当に喋ることは私にとっても、おそらく相手にとっても楽しものであったに違いない。


 逆に、異性との交流はどうか。殿と手を取り合い、笑いあい、約束を交わし、それが果たされまぐわう。なんとも過激で可憐で、それでいて純情であろうか。否、否そんなものは所詮夢灯篭。そんなものはコミックだけの幻想であったと知るのは、当時少女漫画を読みふけっていた幼子の私には遠すぎる御伽話であったと認めざるを得ない。そんなことがわかっていれば、夢なんてものは見なくて済んだものを。嬉々として心の裡に鍵をつけ、その場所までもっていくのが無垢というものだろう。しかし、いつしかその鍵は錆びつき、蓋は吹き飛び、思春期特有の嵐のような心の動きの濁流に吞み込まれ、気が付けば消える。いつでも尊いものと儚いものは抱き合わせである。


 抱き合わせというなら、是非とも私もついでによろしく頼もうか。不束者ですが、どうぞご容赦を。初心で無垢で、それでいて鈴のような心を持っておりますよ。


「ねえねえ、今日この後どうする?」


 学校のなんでもない日常が終わり、彼女は暇そうにつぶやく。その言葉は、これまでの付き合いで数えきれないほど聞いてきたが、一向に飽きる気配がない。会話の切り出し方としての優秀さから手放したくない気持ちもわかるが、少しはバリエーションを増やしてくれと思わなくもない。 


 そんな彼女の名前は来栖シュカ。私の友人であり、特に帰宅の際によくともに下校するような仲であり、中学からの同級生である。白髪の髪を肩まで伸ばし、それがさらさらと揺れる姿は、同性の私から見ても、まあ奇麗と表現せざるを得ない。灰色のブレザーと紅いリボン、そして黒のチェック柄のスカートに白髪が靡く姿は、さながら天女のようである。自分の髪をねじりながら、その敗北感ゆえに自分の髪を軽くなでる。憐憫の手触り、頑張り賞を与えん我が頭髪。


 そんな彼女も特に注目されるわけでもないのが異常ではある。私の心はそう囁き、周りの見る目のなさというものに甚だ奇態と言わざるを得ない。否しかし、それにはのっぴきならない理由があるとすれば、話が変わってくる。


「んー...そうだね。私はあれだ。最近できたジャンクショップに行きたいな。何でも屋って名目でいろんなもの取り扱ってるらしいよ。昔の本とか何かの部品とか...あとは壊れた楽器とか?」


「一応、天下の女子高生が学校帰りにジャンクショップってどうなのよ...なんというか、地味というか、華がないというか...」


 真に同意見である。お世辞にもジャンクショップという場所は、華の女子高生の僅かで儚い時間を消費していい場所とは言えないものだ。これがまかり通るなら、写真映りを狙ったクレープやカフェ、テーマパークの部類は存在してないだろう。


 だから、滅びたというのに。


「まあ、それはその通りなんだけどさ...この周りの光景見てたら女子高生だのなんだのっていう付加価値は意味をなさないんじゃない?」


「...まあね。」


 彼女はその美貌に合わない、渋い顔で首から上をうなだれている。別にあなたに罪はないのだから、もっとシャキッとしてもよいと思わなくもない。これでは、この周りの環境が彼女によるものであらんと言わんばかりだ。決して誰も攻めてはならない。それを私は許さない。


 2150年現在、日本は言わば「富んだ土地」と「その他の土地」に分断されている。名目上は様々な地方名があったが、それを最近できた国直轄の組織の命によって変更を余儀なくされていたらしい。そして、私たちはその「富んだ土地」についての情報をあまり持っていない。というのも、私たちが今いる場所は、所謂「その他の土地」であるためだ。


「そうね。私たちがあっち側にいたら、また話は変わってくるんでしょうけどね。だから女子高生の世間体とか、今気にしてもしょうがないでしょ。」


「うん、うん。まあ、あっちの土地とかあんまり知らないからあれだけど...どうなんだろうんね。やっぱみんな学校帰りにタワーから見下ろして、”わあー綺麗”とか”君の方がきれいだよ”とかやってるのかしらね。ふふっ。」



 シュカは遠く、向こうの土地に堂々と鎮座する塔を指さしながら、肘あたりで腕を組む。その仕草にもある程度の品が備わっているようにも見えた。私の色眼鏡かもしれないが。


 彼女が指を指す塔の名前は「未来の目」。なんとも珍妙にして滑稽な名前ではあるが、その名前には先の国直轄の組織が絡んでいるとかいないとか。とにかく大きな塔であるのだが、もちろん私たちは言ったことがないため、実際に若人たちがくんずほぐれつしているのかどうかわかったものではない。


「いや知らないけどさ。なんかシュカってお花畑よね。いや前からその節はあったけどさ。」


「そう?まあ、別に楽しくないこと考えても仕方ないからね。特にここじゃあ。」


 ここ、「その他の土地」には特段楽しみともいえるものは少ない。まあ、別にゲームセンターやカラオケなどの遊具施設はあるが、規制もあるため私たち学生にとっての優先順位も高くない。そのため、ある意味シュカの能天気っぷりはここで生きるためのスキルになるかもしれない。


 「富んだ土地」と「その他の土地」には隔たりがある。それが最も顕著になるのが技術的な隔絶であるように見える。「富んだ土地」には錆も落書きも存在せず、また近年の新しい技術によって、急ピッチでできた高層ビルやマンションなどの綺麗な建物が散見される。そこでは、所謂「美しい街、正しい街」をモットーに様々な政策が行われている。「未来の目」も最近できたものだ。私たちはその建設を外から遠く眺めていた。


 それからであろうか。未来機関が組織としての力を伸ばしてきたのは。私たちがのうのうとしている間に期間はさらなる開発を進め、気が付いたら政治にも深くかかわるようになっていた。


 その原因は、日本が過去に他国に比べて、経済成長率で大きく劣っていたことが関係している。やれ政治の汚職だの、外交関係がどうだの、多様性がなんだのということに明確な定義を作成することを避け、なあなあで済ましてきたツケが回ってきたのだろう。特に目覚ましい成長があるわけでもなく、社会は停滞と後退を繰り返してきた。


 そんな社会の進歩の足を、いい加減前に向けるべく作られた組織というのが未来機関である。当時の世間の反応としては、機関として歴史がなく、また若輩で構成させられているため、まるで展望が望めないとされていたようだ。しかし、それも現在の頭になるまで。


 現在の統括である東雲になってから、様々な面で進歩を見せてきた。特に技術面での進化が凄まじく、未来機関が持っている技術としては、これから先の技術力を保持していると実しやかに囁かれている。その証拠として挙げられるのが高性能な人工知能の開発であった。なんでも、世界の指針になることを目標として開発されたAIであるとか。


「まあいいや。とりあえずそのジャンクショップ行ってみよっか。もしかしたら何か掘り出し物とかあるかもしれないしね。私にとっても。」


「あ、助かるわ。流石に一人で未開の土地を開拓するのは勇気が必要だったからね。いくら肝っ玉や蛮勇の名前を恣にしていても、それらが使えるのは人外だけ。コミュニケーションをとるのは、どうにもね...」


 私は指と指の隙間を縫うように拳を合わせる。なんともわざとらしいように見え、シュカもその異物感を目の当たりにし、拒絶反応を起こしている。厳密にいえば、眉をしたの歪ませ、舌を出し、肘を曲げながら両の掌を上に挙げている。形容をするなら、さながら「おっえ~」のような吐瀉の仕草であろうか。なんとも淑女のやることではないが、私は彼女のこういうところを気に入っている。ただの綺麗な女であるだけなら、きっと私は親睦を深めることはできないためだ。


「おっえ~、ってかんじよ、それ。」


「お、口に出しちゃってた?私も」


「口には出てなかったわよ。でもその死んだような目が語っていたわ。目は口ほどに、ではないけれど何となくね。」


「こりゃ失敬。」


「なにそれウケ...」


 私は舌を出し、両手の中指と薬指を折り歪なピースを作ることで応戦する。彼女が痴態を晒したのなら、私も全力を以て其れに応える。それが、肩を並べるということなのだ。女学徒が二人、恥も外聞も知らず。


 その時、遠くから轟音が聞こえてくるのを感じた。私はそれが突っ込むのを前にシュカに覆うような態勢をとる。


「...っと危ない!」


 ゴオっという轟音とともに、何かが私たちの横を吹き抜ける。その派手な風圧から、私たちの服と鼓膜を派手に揺れる。突然のことで体がうまく反応できなかったため、軽く尻もちをつかされた。


 イテテ..と古より伝わりし言葉を吐きながら、自身の臀部を軽く浮かし、さする。どうやら継承のようで、心で一つため息を。シュカの方にも目をやると、どうやら彼女も無事のようで、同じようなポーズをとっていた。


 そんなお互いの醜態を見ながら、軽く現状の確認をする。大丈夫だった?とこちらが聞けば、大丈夫、と答える彼女を見てこっちの方はひと段落ついた。さて、次の問題である。


「ああ~なんだ、お前らいたのか。すまんすまん、気が付かなかったよ。」


 軽い言葉を飄々とぬかすこいつは、同学年の五十嵐である。ブレザーの季節にはまだ早いと言わんばかりに、普通の半袖カッターを着用し、髪の毛を軽く伸ばしている。睨めつけるような長い目と、面長の顔が瞳に映るのも、今は視界が怒りで濁っているため醜く見えた。


「危ないでしょ!女子二人転ばしといてすまんて、かなり軽くない?誠意が足りないわよ。誠意が。...あと、パンツ見たでしょ」


 シュカはかなり頭にきているようだ。ふるふると黒髪が揺れているのがわかる。怒髪衝天とはこのようなことをいうのかとすこぶる感心する。さりとて私も同じく転ばされた身。その程度の怒りをこの髪に宿したとて罰は当たらないだろう。


「だから、いったろ、すまんって。そんなカリカリ怒んなよ。...でも」


 五十嵐は頭をポリポリと掻く。その一挙手一投足が今は鼻につく。私もこめかみがピキリとなる音が聞こえたようだ。


「でも、避けろよな。お前らにもその力があれば、だけど。」


「は?それがそれ相応の態度っていうのなら、出るとこ出るわよ。」


「出るとこって、どこだよ。別にここはそんな高尚な場所じゃないだろ。現実見ろよ。」


 私たちを馬鹿にするように、否この表現は正しくない。私たちを馬鹿にして彼はまた轟音をまき散らす。さながら大型の二輪車のようだ。彼の体が若干震えるのと、また風が起こる予感が、同時に私たちの脳に響いた。


「シュカ!危ない!!壁に!」


「あっ!!」


 彼女の手を引き、壁に倒れるようにもたれる。それからちょっとだけ時間をおいて、彼女の体を壁に吸い寄せられた。遠心力の要領ではあるが、私の腕はそんな長くなく、身長相応である。しかし、筋力だけは人より無駄にある私は、壁に打ち付けてしまわないように、力を外に逃がすように手に力を籠める。それによって若干血管が浮き出て女子らしらかん手となった。しかしそれによって大きな衝撃もなく、ぐるっと回ったシュカの体に手のガードも間に合っているのが見えて一安心。だが、なんともみっともない防御姿勢である。


「俺はこの能力であっちの世界に早く飛び立つぜ。こんな肥溜めから早く飛び出して、自由ってやつを掴んでやる!」


「あなた、そんなにあっちに行きたいの?何のために?」


 高らかに宣言する五十嵐を、細い目で睨みつけながらシュカは問う。私の手を握る力が先ほどより若干強くなるのを感じる。柔肌から与えられる心地よい刺激に身をゆだねる私は、若干の阿呆面を晒しているかもしれない。しかし、彼女は細目で私の痴態を見ることは叶わない。よもや、奴の風に感謝することがあろうとは。


「何のためにって...ここから脱出したいっていう欲求に素直に従ってるだけだ。あっちでやることはあっちで考えればいいからな。でもまずは...」


 ボルテージが上がるのと連動するかのように、彼から発する轟音がさらに音量を増す。私はシュカの体を引き、脇から腕を通し、腕で固めて体を固定、さらに耳を両手でふさぐ。完全体制を整え、奴が発射されるのを待つ。


「まずは、俺の力を示してからだろう!!この俺の存在は、こんな小さなところで終わるべきじゃないからな!!!そこで指でも咥えてろよ!!はっはーー!!」


 その宣言とともに、彼の体が勢いよく発射される。轟音一閃、はた迷惑極まりない。時代錯誤のガキ大将の最後の生き残りだと思えば、憐憫でも湧くのだろうか。


 否、否それはない。私の中には怒りのマグマがふつふつと沸き上がりつつある。私はその熱を冷却し、排熱処理水をゆっくりと言葉を紡ぐことで排出することとしよう。


「なんか、事故にあった気分ね。...シュカ、大丈夫?」


 私は彼女の体からゆっくりと離れる。自分でも何となく名残惜しそうな気もある。しかし、まずはこの怒りを分かち合うのが先決だ。私のためにも、彼女のためにも。


「ああ、ありがとう。おかげさまで...」


 ゆっくりと彼女も私の腕から解放され、乱れた服を正しながら答える。


「怪我とかないならよかったよ。とりあえず...」


「ええ、とりあえず...」


「「あいつ、うざすぎな?!」」


 言葉が重なる。デュエットって奴だろうか。ここから、怨嗟の声のコンサートが開宴するのだ。お互いが主演者、お互いが観客なのだから、他の人間は必要ない。愚痴というのは、本来同じ境遇でしかその恨みを分かち合えないのだから、ここで発散させておくべきなのだ。


「普通に考えてよ?自分から突っ込んできて、避けろよって、ありえないわよ。」


「しかも、私パンツ見られた!!絶対に許せない!!恥ずかしいし、むかつくし、意味わかんない!!」


 シュカは地団太を踏む。その姿はどこかで見覚えがあるほどベタなものであった。


「マジで?シュカのパンツを見るとは...私もワンチャン見られたか?」


 私は腰のあたりに手をまわし、確認する。それがちゃんと結んであるかどうかを。


「でもそれに気が付くほど目がいいなら、ちゃんと前見ろよって話だけどね。」


「それな?前とか見てないのよ。危ないし、その上うるさいし...さっきも体と耳塞いでもらってなきゃ、耳がおかしくなっちゃうところだったわ。...ところで、あなたは耳大丈夫なの?」


 心配そうにシュカが私を覗き込む、いやはや憂いによって若干涙が滴る綺麗な碧眼を合法的に見れるとは。これは役得である。別に目玉のコレクターでもないが。


「いや、私は大丈夫よ。若干体頑丈っぽいし。特に何もしてないんだけどね...。生まれつき?かな」


「じゃあよかったわ。あらためてありがとう」


 彼女はその綺麗な手を私に向かって合わせた。礼拝にも似たそれを、私はふん、っとない胸を張ることで受け入れる。さらに鼻を鳴らせば、彼女の憂いも吹き飛んでくれるだろう。この鼻息とともに。


「それにしても、あっちに行く...か。そのステージに立てるだけでも、本当はここじゃすごいことなのかもしれないけど、当の本人があれじゃあ、応援する気も失せるっていうものよね。」


 来方も同意見だ。奴を応援など、今後の人生ではないだろう。しかるべき時、必ず奴に報復をする。シュカのパンツは、安くない。


 その当のシュカは、「未来の目」に目をやりながら呟く。


「あっちの世界は、どうなっているんだろう...」










 

 

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