タカマ壊滅!? 陸

【阿婆羅堂 寮地街】


「ふふっ。静かな街も新鮮ね」


 妖怪役として降り立った阿婆羅堂の街は、いつもの賑わいが嘘のようにしんと静まりかえっている。


 夜ならともかく、お昼にがらんとしているのを見るのは初めてかも。


「さて、ウサギちゃんを探しましょう」


 制服の小物入れから『管』を取り出し、それを自分の影に落とす。


「おいでませ…。憑影ひょうえい・管狐」


 管は影の中に飲み込まれていき、私の影が幾重にも分裂する。


 そして影が狐の姿を取ったところで影が実体化。無数の真っ黒な狐へと変貌する。


「隠れている生徒を探して」


 指示を告げると狐たちは四方に散っていく。


 私自身も街の物見やぐらに登って周囲を見渡すも、見える範囲では誰もいない。


「流石はけい様。迅速な対応ね」


 多分、避難はとっくに完了しているんだろう。


 それで終わりなら誰かしらが私にそれを伝えるはず。


 それがないとなると…


「ふふっ、楽しみねぇ…」


 楽しみが増えてわくわくしていた私の右目にここじゃないどこかが映る。


 管狐の視覚共有だ。


「白蓮会…地下道。なるほどね…」


 見えたのは白蓮会の建物とその床に開いた地下通路への入り口。


 もしここが本当に避難経路ならわざわざ入り口の戸を開けたままにはしていないだろう。


 そうなっているということは…


「十中八九罠…。楽しみだわぁっ」


 毒を食らわば皿まで…。


 駿足をもって白蓮会の庄屋へと向かい、管狐の情報を頼りに地下通路の入り口を降りる。


 地下へと通じる階段は人が三人並んでも降りられるほど広く、通路も高く作られていた。


「商品の輸送経路にも使っているのかもしれないわね」


 巫力を探知するも伏兵や奇襲の類は感知できない。刀を抜き、周囲を警戒しながら歩くこと幾ばくか。


 光が漏れる大きな戸が見えてきた。


「…ふふっ。みーっけ」


 戸の向こうから巨大な巫力の波動を感じる。この先に、私を楽しませてくれる何かがある。


 高鳴る鼓動に高揚感を覚えながら、戸を開く。戸を抜けた先には…十四尺(約4m)はあろうかという巨大な剛連が佇んでいた。


「まぁっ。楽しそう…!」


 周囲を軽く見渡す。何のために作られたかわからない円形の広場が広がっていて、剛連はその中心にいる。


 探知した限りでは剛連以外の仲間はなし。巨大剛連がついているとはいえ、一騎打ちとは随分と思いきったものだ。


『来たわね。なつみ』


 剛連から声が響く。けい様の声だ。


「素敵なおもちゃですねぇ」

『でしょう?理人から買い取った傀儡剛連かいらいごうれんの試作品よ』

『使いどころがなくて埃被ってたからさぁ…ここらでいっちょド派手に使っちゃおうってわけ…よっ!!』


 かいり様の言葉に呼応するように剛連の背中についたいくつもの筒が円筒状に配置されたレンコンのようなものがゆっくりと回りはじめ…


「…っ!!」


 光の豪雨が私に殺到した。光弾は飛びのいた私が一瞬前までいた場所に次々と着弾。流石に威力は抑えてあるようで、壁を少し削る程度の被害に留まっていた。


「【リバティオン】の舶来品、ですね?」

『へぇ。よく知ってるわね』

『こちとら非戦闘員だからさぁ、これくらいゲタ履かなきゃやってらんないっての』


 理人の最新技術が詰まった試作品にリバティオンの舶来品。


 どちらも相当な額のお金が動く代物だ。


 そんなものを今この状況で、私のためだけに使ってくれるなんて…


「お姉様たちの厚意、深く感謝いたします…!!」


 先日の妖怪との戦いも楽しかったけど、遊びだからこそ全力を出せるこの遊戯もとても楽しそうだ。


「手加減は一切いたしません。完膚なきまでに壊れたとしても、ご愛嬌…ですよ」

『望むところよ!かいり!火器の操縦お願い!』

『あいさーーっ!!』


 体の各部についた円錐型の筒から暴風が噴き出し、剛連が虎の如き俊敏さをもって私に襲いかかる。


 人間とも妖怪とも違う強敵…。まさか、こんなところで予期せぬ大物が食べられるなんて…!


「あぁっ…!今日はなんと善き日なのでしょう!!」





【心努 寮地内】


「いないねぇ…」

「建物に隠れているのかもしれませんね」


 空を飛びながら地上に視線を這わせる私と私に抱かれたふみえ様。


 何故かりずの襲撃もなく避難が滞りなく進み、信話で点呼を取っている時に不測の事態が発生した。


 あとりがいない。


 同級生の子達曰く、あとりは方向音痴でよく迷ってしまうのだとか。


 そう言えば、助けた時も山の中にいたっけ…。


 それを聞いた私は今、ふみえ様と共にあとりを探している。


「…っ!」


 視線の先に道を歩く人影が見える。でも、その姿は心努の生徒じゃない。


 あれは…


「佳奈美先生!」


 地上に降りて先生に声を掛ける。


「うぇっ!?…あぁっ、しょうこさんとふみえさん」

「あとりを見かけませんでしたか?」

「あとりさん?」

「避難する時に迷子になっちゃったみたいで…」


 先生は心当たりを探るように思案に耽った後、静かに首を振った。


「ごめんなさい。見ていないわ」

「そうですか…」

「あとりさんは私が探しておくから、あなた達は避難、を…」


 先生の言葉がどんどん小さくなり、視線が私達の後ろに回る。


「…?」


 その視線を追った先には…


「…」


 ビワを食べているりずがいた。


「あーーっ!それうちのビワ!」

「っっ!!」


 咄嗟に刀を抜き、りずの動向を注視する。


「えーっと、教師は対象外、よね?」

「…」


 りずが小さく頷く。


「じゃあ、私はあとりさんを探してくるわねぇ…」


 先生は軽く会釈してそそくさと立ち去っていった。


 巻き添えになるかもしれないからむしろありがたい。


「…」


 手についたビワの汁を舐めるりず。その姿は猫のようでかわいい。


 そんな姿を見せられても、私の体は影を縫い付けられたように動かない。


「隙がない…!!」


 まるで隙だらけなのに、どこにも打ち込める気がしない。


 例えわたしが二人いて前後から切りかかっても結果は同じ。


 斬りかかれば確実に後の先の太刀の餌食になるだろう。


「りずちゃん。遊んであげたいのはやまやまなんだけど、今は迷子になってる子を探してるの。だから見逃してもらえないかなー?…お願いっ!!」


 両手を合わせ、かわいらしく小首を傾げてお願いするふみえ様。


「…」


 りずは頭につけた鬼の面を指さした。交渉決裂、ということだろう。


「分かった!じゃあ今度異国のお菓子の試食させてあげる!」

「…!」


 全く隙がなかったりずにわずかな綻びができた。それでも打ち込める気がしないけど。


「前にみつね様に教わったの。異国にはくっきーっていうお砂糖や小麦粉で作るおせんべいみたいなお菓子があるって」

「…」


 りずがゆっくりとふみえ様に近づく。その姿にはまるで敵意を感じない。


「それを心努でも作れないか今度試作する予定なの。見逃してくれたらりずちゃんにもあげるんだけどなー」

「…!…!」

「みつね様に作ってもらったんだけど、すっごくおいしかったよー。サックサクのあまあまだよぉ〜」


 りずはふらふらと吸い寄せられるようにふみえ様のもとに向かい…


「確保ぉーーっ!!」


 ふみえ様に抱きつかれて捕まった。


「もう大丈夫だよ!」


 ふみえ様に抱きしめられたりずは、気持ちよさそうに目を細めながらされるがままになっている。


 相変わらず隙はないけど、妖怪役として襲ってくることはなさそうだ。


 刀を収めながら、心中で叫ぶ。



 ふみえ様恐るべし!!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

少女流離譚-タカマ物語- 追放少女は彼方の学園で約束の乙女と逢う こしこん @kosikon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ