俺の心臓
水野酒魚。
俺の心臓
この、やり場の無い、凶暴な獣の
こんなにも、こんなにも、俺の心臓はお前でいっぱいで、鼓動する度に、俺はお前を求めて震えているのに。
結婚を決めた。と、お前は言った。街コンで出会った女だ。と、お前は言った。
俺たちももう、いい
誰だ。その女は誰だ。その
写真を見せられて、俺は危うく叫び出すところだった。心臓を直接
いつもの、日本酒の
こんな仕打ちはあんまりだ。こんな、
お前は誰かいい人がいないのか? よくも、そんな残酷な
初めて、小学四年生の時から、お前と同じクラスになった時から、初めてお前を認識した時から、俺の心臓には二十年以上お前しか住んでいないというのに。
親も
言い訳のように、苦笑いでお前は言った。お前もそうだろう? とでも言いたげに、コップをあおったお前を、俺は
祝福してくれないのか? 不安気味の眉が、俺を
おめでとうとでも言えば良いのか。俺は
きっとその時にはもう、俺の心は決まっていた。
結婚祝いに、独身さよなら飲み会でもしようぜ。送ったLINEにはすぐに既読が付いた。
お前は疑いもせずに返答を寄こす。
会場はどうする?
俺んちはどうだ?
良い地酒を手に入れたんだ。
そりゃいいねえ。じゃあお前んちな。
勝手知ったる幼馴染みの家。お前はツマミをぱんぱんに詰めたビニール袋片手に、玄関を上がった。
すでに準備は出来ている。テーブル代わりの
今日は冷えるな。炬燵に潜り込んで、お前はコートを脱いだ。
一升瓶の半分を二人で空けた。お前はほんのりと頬を赤くして、
薬が効いてくるまでは、そう長くかからなかった。うつらうつらと舟をこぎ出したお前を、ベッドに運んだ。
疲れてたのかな。
何も知らずに、お前は無防備に
初めての夜。お前は深く眠っていて、
時間をかけて
思い知らせなければならない。
どうして、どうして。と、お前は泣いた。
俺が、お前に何をした? 俺たち、幼馴染みだったろう? 親友だったろう?
過去形で言うな。俺たちは今でも幼馴染みで親友だ。
それに、先に裏切ったのはお前だ。あんな、どこの馬の骨とも解らない女を妻にすると、そう言って、俺の心臓を引き裂いたのはお前だ。
俺の気持ちをお前に教えてやるつもりは無い。精々困惑しろ。それが、お前が俺にしたことへの罰なのだ。
一週間。お前が眠っている間に、新しい部屋に移った。用心のためだ。お前は探されている。お前と暮らすようになって十日後に、婚約者と名乗る馬の骨が俺の所にもやって来た。制服警官を
俺はシラを切り通した。お前は俺と
その言葉を裏付けるために、お前の脱いだコートを着て、わざわざ防犯カメラにも映っておいたのだから。
二週間。お前はまだ、俺の腕の中から逃げ出せると考えている。泣き落とし、ハンスト、反抗的な態度。どれも長くは続かない。
なあ。どうして、どうして、こんなこと、するんだ?
純粋な疑問を浮かべて、少し頬のこけたお前が言った。
俺のこと、嫌いだったのか? だから、こんなこと、したのか?
何も解っていない、無邪気なお前が諦めたように笑窪を浮かべる。
答えの代わりに優しく抱いてやると、お前は縮こまってはらはらと落涙した。
いくら脳天気で鈍ちんのお前でも、そろそろ解っただろう? 嫌いなら、笑って祝福していた。嫌いなら、お前を閉じこめたりしなかった。こんな風に、お前を
お前は俺の物だ。その身体も、その心も、そしてその魂も。全部、ぜんぶ俺の物だ。
二ヶ月が
なあ、そろそろ家に帰してくれよ。お前のことは誰にも何にも言わないから。
ぼんやりと微笑みながらお前が言う。
まだ解らないのか。まだ足りないのか。
お前の居場所は此処にしかないんだよ。此処に居ることだけがお前の価値なんだよ。何度も、何度も、思い知らせる。
半年が経った。
お前は次第に、笑窪を見せる回数が多くなった。
ああ、そっか。お前は俺のことが、好きなんだ。だから、こうして宝箱にしまうみたいに隠しておくのか。そう言って、お前が笑う。
だって、そうじゃなきゃ、そうじゃ、なきゃ、説明がつかない。
こんなことをする、意味が無い。訳がわからない。大の大人一人を養うのだって、大変なんだろう?
ああ、そうか。そうか。
一人納得するお前に、俺はどうしていいのか解らなくなる。
静かに、微笑むお前。俺を手招いて抱き寄せるお前。俺は……困惑しながら、それでもこのしあわせを
さらに半年が経った。
空っぽになった部屋に立ち尽くして、俺はやっぱりお前のことを考えている。
お前のことだけを考えている。
俺の心臓はお前でいっぱいだ。
だから。
お前は俺の好意が
お前は俺に触れられるのが楽しい、と言った。
一人にするな、一緒にいよう、俺だけを見て。
ああ、でも。もっと早くに言ってくれていたらな。こんな風にはならなかったのにな。
それが、お前がこの部屋で最後に言った言葉だった。
お前は出ていった。この部屋から。俺を一人置き去りにして。
ああ。音が、聞こえる。遠くから近づいてくる。
ああ。俺は、俺はそれでも……
「……ミイラ化した遺体……はい。被疑者はミイラ化した被害者の遺体を抱いて、ベッドに横たわっていたそうです」
「はい。ひどく衰弱していて……病院に運びましたが手遅れでした」
「はい。被害者は早い段階で亡くなっていたそうです。失踪後半年ほどでしょうか。その後、遺体はミイラ化したそうです」
「動機、ですか? 解りません。今となっては……被疑者死亡で書類送検になるでしょうけれど……」
「ええ。そうです。被害者の婚約者には連絡済みです。
了
俺の心臓 水野酒魚。 @m_sakena669
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