第5話 いつものこと

 ポケ〇の配信で気分良く歌っていた、水曜日の午後六時頃。

 ドンッと私の部屋の障子を開けてきたのは、母だった。


「うるさいんだけど。そんなのやってないでご飯の用意とか手伝ってくれてもいいんじゃないの?」


 そう言ってドンッと障子を閉めて、ドタバタ足を鳴らしてキッチンへと戻って行った。

 気分良く歌っていたのに、台無しにされた悲しさと、反抗期ならではのむしゃくしゃが私の心を取り巻く。私はため息をついた。


「ごめんね、ご飯の手伝いしてくるから配信終わります。ありがとうございました」


 私は配信を終了させた。母の機嫌が悪いからこれ以上悪くさせないため、ご飯の手伝いをしようと思ったからだ。母の機嫌が悪い時はあまり関わりたくないが、仕方あるまい。私は我慢できる、と自分を奮い立たせ、キッチンへ向かった。

 キッチンへ行くと、母は味噌汁を作っていた。それも味噌を入れるだけで終わりのようだ。次の工程は料理をお皿に盛り付けることだと考えた私は、炊飯器から白米をそれぞれのお皿に取り分けた。

 今日のメインは餃子のようだ。


「ご飯だよ!!」


 母の怒号のような声で、ゲームをしていた妹たちや父が動き出す……否、全くもって動き出す気配はない。


「ご飯だよって言ってるのに、耳ついてないのか!ご飯抜きだよ!!」


 ここで、やっと動き出す三人。妹はぶつぶつと文句を言いながら手を洗いに行った。うちではご飯を食べる前には手を洗うことが義務付けられていた。

 味噌汁を取り分け終えた私は自分の椅子に座って三人を待った。

 全員が椅子に座ると、いただきます……の前に、母がご飯の写真を撮り始める。


(早く撮れよ……)


 少しのことでイライラしてしまう、それが反抗期なんだから仕方ない、と私は自分に言い聞かせてイライラを鎮める。いつものことだ。


「じゃ、せーの」


「いただきます」


 母の掛け声で一斉に言い、そのあとは目の前のご飯に集中するだけだ。


「ん~おいしいね!」


 この短時間で上機嫌になった母は、おいしい?と聞きまわる。……切り替えの早さが異常なのはいつものことだ。気にしない気にしない。


「美桜は?おいしい?」


「……うん」


 聞こえるか聞こえないかくらいの音量の声。私は食べている最中に話しかけられるのは苦手である。あと反抗期だから話したくない。


「歌は歌えるのに、返事はできないんだね」


 母は言った。……まあ、仕方ないか、聞こえなくても。それくらいの音量だから。いつものことだし。

 私は気にせず黙々と食べ進める。


「今日は学校どうだった?」


 私に話しかける母。少しイラついたような声だ。


「別に」


 話したいことも話すべきこともない。


「高校はどうするか決まった?」


「……岩見崎って言ってるじゃん」


 三年に入ってから、毎日のようにこのような話をされる。なぜ忘れる?イライラする自分を抑えながら、味噌汁をすすった。


「もう少し落とそうって思わないの?」


「思わない。大学行くからこの高校がいいって言ってるでしょ?」


 何度も伝えたはずのこと。何度も確認する必要があるのだろうか。


「大学って、お金かかるんだよ?」


 はいはい、また出たよ、お金の話。別にお金の話をするなとは言ってない。お金を出してもらっている側の私は、お金を出してくれる親に対して感謝をしなければならないのも分かっている。だが、お金は最終的に奨学金を借りればいい話ではないのではないのか。……そもそも、今は高校の話で、大学のお金の話を話す必要性を感じない。私が大学の話を持ち出したのが悪かったのか、と考えても、有名な大学に行くために偏差値の高い石見崎高校を選ぶのは必然だと思うが、親は理解不能なのだろう。


「……もういいよ」


 ごちそうさまと言って立ち上がり、食器を片付けた。私の背後では父と母が大きな声で嫌味を言う。


「美桜もだいぶ悪ガキになったよなぁ。これじゃ、岩見崎には入れないな」


「勉強もしないでスマホばかりやっていて、受験落ちるね」


 逃げるようにリビングから出ていき、自室へ戻った私の目には、涙が溢れていた。


「大丈夫、大丈夫……怖くない、怖く、ない、大丈夫……だからっ……」


 そう自分に言い聞かせながら、頭を抱える私。

 どうしてこんなことを言われなければならない?私は悪ガキなの?生徒会長やってるのに?反抗期の私が悪いのですか?私が悪い、の?

 これもいつものこと。大丈夫、しばらくしたら元気になる。独りで耐えられる、私は我慢強い子でしょう?

 そのとき、スマホに通知が来た。


「ゆう……」


 ただいま!とゆうからメッセージが届いた。

 私はおかえり!と返信すると、すぐに彼からの返信が来た。


『親がいないから電話できる!』

『しよ』

『声聞きたい』


 胸がきゅうっと締まる。


『ごめん、今泣いててできそうにないや』

『大丈夫だから今日は電話なしで』

『ごめんね』


 泣いていたらまともに話はできないし、ゆうに迷惑をかけてしまう。だから独りにさせて欲しかった。でも、本当は……。

 画面に涙の雫が落ちる。それを拭ったとき。


『大丈夫じゃないだろ』


 ドキッとした。なんで分かるの……?


『大丈夫だよ!』


 と強がって返信したが。


『俺が全部聞くし受け止めるから』

『話してみ?』


 話してもいいのだろうか。相談してもいいのだろうか。


『いいの?』


『いいんだよ』

『大好きな人が泣いてるのに慰めない男はどこにもいないよ』


『ありがとう』


 ちょうど昨日、ゆうと電話番号を交換していたため、ゆうから電話がかかってきた。

 電話に出ると、


「ただいま。で、何があったの?」


 いつものゆうの声が聞こえる。

 私は嗚咽を押し殺しながら、今日の出来事、そしてについて話した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る