何も言ってくれない
エピローグ
愛されてるだなんて、1ミリも感じなかった。
好かれてるだなんて、浮かれた事はない。
だからあたしは、いつだって物分かりの良い彼女を演じて来た。
「春」
「春ちゃん」
「春ちゃーん」
幾度となく季節が過ぎても、また春が訪れるように…
そんな未来を想像して…
「春」
藤本陽生に呼ばれて振り返る。
「春ちゃん」
シゲさんが急かすように呼び寄せた。
「春ちゃーん」
その隣に立つサナエちゃんも、こっちへ来いと手招きをしている。
「あいつらの所に行くか?」
並んで校門へ向かう道中、シゲさんとサナエちゃんに呼ばれているあたしに、藤本陽生が声をかけて来た。
「良いですか?」
「ああ」
「じゃあ行きます」
藤本陽生を引き連れて踵を返す。
彼らの手には、卒業証書が握らていた。
「俺ら置いて帰るとか野暮やん」
「一緒に写真撮ろうよ」
シゲさんの元へ歩み寄ると、サナエちゃんがカメラを手に取り笑顔を見せた。
「ほんまやん、写真撮ろうや」
「ハルくん、はい」
サナエちゃんが藤本陽生にカメラを手渡そうとしている。
「は?」
「写真撮ってよ」
「は?」
「ハルくんどうせ写んないでしょ」
「は?」
「教室でも皆にカメラ向けられてるのに、写ろうとしなかったじゃん」
「え?陽生先輩写らないんですか?」
「え?春ちゃんハルくんと撮りたかった?」
「えっ?」
「そりゃそうか!じゃあシゲ撮って」
「なんでやねん!俺も写らせろや!」
「じゃあ、あたしが撮ります!今日はお三方の卒業式なんで」
「いやいや!春ちゃんを呼んだ意味!」
サナエちゃんがケラケラ笑っている。
「貸せ」
藤本陽生がサナエちゃんに向かって手を伸ばした。
「あ、ハルくん撮ってくれるの?」
「ああ、貸せ」
「やったー!ありがとー!」
サナエちゃんがカメラを手渡しながら喜ぶ。
「二人で写りゃあ良いだろ」
藤本陽生はあたしとサナエちゃんだけ撮ろうとしている様だ。
「オッケー!ありがとハルくん!」
「え、なんで?俺は?」
サナエちゃんと藤本陽生はシゲさんを無視。
「撮るぞ」
「お願いしまーす」
サナエちゃんの返事を合図にシャッターが切られた。
「ありがとー!」
サナエちゃんがすかさず藤本陽生に声をかける。
「ハル!そのまま!俺も写して?サナエちゃん、俺も春ちゃんと撮りたい」
藤本陽生を静止させると、シゲさんがサナエちゃんに許可を求めている。
「春ちゃん、シゲと撮ってあげてくれる?」
「あ、もちろんです」
サナエちゃんに返事をすると、「ありがとう春ちゃん!」と、ニコニコしながらシゲさんが隣に立った。
肩に手を回された弾みで、距離がグッと近くなり、思わずシゲさんを見上げた。
「春ちゃん、」
視線に気づいたシゲさんが、見下ろしてくる。
「キミに出逢えたことが、高校生活の一番の思い出です。ありがとう」
胸が詰まって、鼻がツンとした。涙が出そうになって、咄嗟にシゲさんの胸に顔を埋めた。
「アカンアカン…」
焦った様な口振りの割に、優しく抱き締めてくれた。
「何泣かしてんだコラ」
藤本陽生の言葉が近くで聞こえると、シゲさんの腕が解かれる。
「春ちゃんの彼氏怖いな」
「は?」
「ええからはよ写して!」
「それ」と、藤本陽生が持っているカメラを指差す。
「ごめんな、要らん事言うて」
言葉に成らず、首を横に大きく振った。
「ほな、仕切り直しや」
シゲさんがニコッと笑って、再びあたしの肩を抱き寄せた。
「男前に撮れよ!」
「サナエ、おまえ撮れ」
シゲさんの呼びかけを無視して、藤本陽生がサナエちゃんにカメラを手渡しに行く。
「ごめんね、ハルくん」
カメラを受け取りながら、サナエちゃんが苦笑いを浮かべていた。
「はい、じゃあ撮りまーす!」
サナエちゃんの軽快な言葉に合わせて、カメラに視線を向けた。
「ハイ、チーズ」
シャッターが切られる。
「はい、撮ったよー」
「ありがとう!」
シゲさんがサナエちゃんに笑顔を向けた。
「春ちゃんもありがとう」
続いてあたしにも、優しい言葉をかけてくれる。
「あたしの方こそ、シゲさんと出逢えてなかったら…」
「言わんでよろしい。十分伝わってるから。次ハルと写してもらい」
「シゲさん…ありがとう」
薄ら滲んだままの涙が、まつ毛に絡まって冷んやりとした。
今日で最後…
明日からこの人達はこの場所には居ない。
「陽生先輩…」
「ん?」
「急に寂しい…」
「……」
「学校に居て、こんなに寂しくなるとは思わなかった」
「……」
藤本陽生が黙っている所為か、周りで写真を撮り合っている他の先輩達に混ざって、シゲさんとサナエちゃんの楽しそうな声がやけに響く。
「あたし、楽しかったんだね…学校」
自分で気づいていない程、今日までの学校生活が充実していたようだ。
「…おまえだけじゃない」
不意に藤本陽生が口を開いた。
「春、」
「…はい」
「早く俺の所へ来い。待ってるから」
「……」
「次はおまえがここを出る」
「……」
「迎えに行く」
「……」
「卒業したら一緒に暮らそう」
「……」
「な?」
「…うん」
言い方は素っ気ないのに、何よりもあたしの気持ちを汲み取ってくれるこの人が、大事でしょうがない。
藤本陽生の腕をギュッと抱き締めた。
いつもなら人の目がある場所でこうゆう事はしない。藤本陽生が嫌がるから。だけど今日は許されている様だ。
「春ちゃんを一番泣かせてんのハルやからな」
「その分、愛情深いんでしょ」
いつの間にかシゲさんとサナエちゃんが近くに居て、話し声に気づいたから腕をそっと離した。
「思う存分話も出来たし、写真も撮ったし。もう思い残す事は無いな?」
シゲさんがサナエちゃんに向けて言葉をかける。
「そうだね。じゃあお二人さんとは一旦ここでバイバイかな?」
サナエちゃんがあたしを見て、にこりと微笑む。
「ハル!後で連絡するわ!」
二人に見送られながら、藤本陽生は三年間お世話になった学校に振り向きもせず…何故かあたしが未練がましく振り向いていた。
春から、彼らはそれぞれの道を行く。
藤本陽生とシゲさんは隣町の大学へ進学。
サナエちゃんはこの町の大学へ行く事が決まっている。
あたしは…高校生最後の年、受験生になる。
これからの事を考えながら、明日の自分達が変わらず幸せであります様にと…願った。
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