10

男たるもの

藤本陽生の“彼女”になって半年。



学校でも、プライベートでも、“彼女”らしい事は何もしていないし、されてない。



口を開けばウザがられ、目が合えば睨まれる。



そんな酷い扱いを受けても尚、あたしがこの半年間、藤本陽生の“彼女”でいたいと思えたのは、あたしがドが付く程のMだからとか、そうゆう話じゃない――…



周りから入ってくる藤本陽生の情報に、酷く惑わされる事もあった。



そうゆう時はいつも、何も言ってくれない藤本陽生の代わりに、シゲさんが説明してくれた。




“ハルは男やからな”



あの日のシゲさんの言葉が忘れられない。



それは藤本陽生の“彼女”になって、一ヶ月半ぐらい経った頃だったと思う。



付き合う形となる前から、藤本陽生に関する噂はたくさんあった。


どれが真実で、どれが嘘なのか、あたしにもまだ分からない事だらけ。



良くも悪くも有名。



そんな藤本陽生の彼女となれば、それなりにあたしの話題も浮上した。



今まで接点の無かった人達から、話しかけられるようにもなった。



そんな中――…



あたしに関する噂が流れた。



どうも朝から様子がおかしいとは思ってた。



登校してから教室に入るまでの生徒達の視線。

教室に入ってからの同級生の視線。



決して感じの良いものでは無いそれに、釈然としない思いを抱いてはいた。



だけどその理由を、あたしにわざわざ言ってくれる友人が居る筈もなく…



感じ悪い視線を受けながらも、お昼になると、変わらずお弁当を届けに藤本陽生の所へ向かった。



三年生の教室がある階まで行くと、その視線は更に痛々しいものになり、まるでトゲのように、鋭く突き刺さる。



いつも胸張って歩いてる訳じゃないけど、この時ばかりは、真っ直ぐ前を見て歩く事は出来なかった。



何とか藤本陽生が居る教室に着き、廊下から中を覗くと見えたその姿に、心なしか安心から頬が緩む―…



「あ…」


…――のも束の間、教室の中から出て来た女子生徒に、その声同様、思いっきり怪訝な視線を向けられた。



「邪魔」



わざとぶつかって出て行ったのは女の先輩で、あたしは声を出す事も出来ず、ぶつかられた肩にそっと触れるしかない。



理由が分からない。



朝から続くこの悪意すら伺える程の、視線の理由が分からない。



あたしが何かしたにせよ、全校生徒といっても過言じゃないこの人数に、喧嘩を売った覚えなんてない。



だけど確実にあたしは今、その人数の生徒達から悪意を向けられている。



嫌がらせとか、いじめは中学の時に散々経験させられた。



だけどこの視線は、それとも少し違う―…



悪意とゆうより、これは―――…




「ちょっと、あれ津島春じゃん…」



教室の前に立ったままのあたしに、どこからともなく聞こえて来た女の子の声。



「うわ…ほんとだ。気持ち悪…」




まるで―――“軽蔑”



“あたし何かしましたか?”



そう聞いてやろうかと思った。


悲しいとか辛いとかの前に、皆の理不尽な視線や言葉が、あたしの中で怒りを生み出す。



落ちて行く視線と共に、“ドクン”と何かが音を立てた――…




「おい」



その矢先だった。頭上から降ってきた声に顔を上げたのは。



視線は下にあるのに、意識はどこか別の場所にあって―…いつの間に目の前まで来ていたのか、藤本陽生の姿がそこにあった。



だけど驚きはしなかった。

とゆうより、そんな感情が出てこなかった。


心ここに在らず、


“あ、藤本陽生が居る…”


そんな風にただ納得していた。




「何してる?」



こんな時でもこの人は、こんな…冷めた口調で冷めた視線を向けてくるのかと――…出そうになった溜め息を呑み込む。



「おい聞いてんのか…?」



怪訝そうな声同様、片眉を上げて“その”視線を向けてくる。


藤本陽生も、あたしに対する皆のこの視線の理由を知っているのかもしれない。


“それ”があたしには、皆と同じ“軽蔑”の眼差しに思えて。


もしかしたらその原因は、この人…藤本陽生なのかもしれないと、未だ怪訝な面持ちのこの人から視線を逸らし、唯一あたしの見方だと言えるシゲさんの姿を探して、教室内に視線を向けた。



「シゲならいねぇぞ」



あたしの思考に気づいたらしい藤本陽生の言葉同様、視界にシゲさんを捉える事は無かった。



酷く落胆した。



どうして居ないんだと、恨みそうにもなった。


こんな時だからこそ、シゲさんには居て欲しかったのに……



「おまえな…とことん俺の事は無視か」



言われて思い出せば、確かに藤本陽生の存在を重要視してなかった事に気づいた。



いつもなら変にドキドキして、オロオロしてしまう落ち着かない心が、今は妙に冷めている。



それもきっと、皆の視線の理由が、藤本陽生の所為じゃないか?と疑っているからだ。



藤本陽生の多々ある噂。


良くも悪くも、芸能人が噂されるようなもので。嫌いじゃないけど、話題にしてしまうような。


そんな藤本陽生だからこそ、“彼女”とゆう肩書きを与えられたあたしと言う存在が、皆は気に入らないんじゃないかと、そう解釈していた。



それに関して言えば、藤本陽生に否は無い。

何なら彼は悪くない。


逆に良い迷惑なのだろう。



それでも、あたしだって理不尽な思いをしている…と、どうしても藤本陽生の所為だと思わずには居られない。



「用が無いなら帰れ」



吐き捨てられた言葉に、ここまでかと思った。



あたしが本当の“彼女”なら、堂々と「別れる!」と豪語していた。



だけどそんな事を言えば、おまえと何か付き合ってねぇよ。って言われる可能性が高い。


藤本陽生なら言いかねない。


そんな自分の立場が、酷く虚しくて――…



一度、藤本陽生に視線を向けると、眉間に皺を寄せられた。



その視線に「帰ります」とゆう思いを込めた。


藤本陽生は、教室に帰れと言う意味で「帰れ」と言ったのかもしれない。



だけど、あたしは家に帰ろうと思った。


今日一日、“この”視線を浴びるのは流石に辛い―…



背を向けた瞬間、「はぁあ…」とやっと溜め息を吐く事が出来た。



そして歩き出すあたしに、


「絶対シゲに会いに来たんだよアイツ!マジ気持ち悪い」


また、軽蔑の言葉が刺さった。



歩き出していた足がもつれそうになって、立ち止まると、


「彼氏のツレに手ぇ出してんじゃねぇよ気持ち悪ぃ」


女の子とは思えないような汚い言葉使いが、廊下に大きく響いた―…



咄嗟に振り返ったあたしに、廊下に居た三年の生徒達がこっちを見ている。



誰が言ったのかなんて事よりも、あたしはその言葉が引っかかった。



「どうゆう意味…」



疑問が無意識に口から漏れた時、



「今何つった…おい」



低い―…唸るような声が、藤本陽生の口から零れ落ちた。



あたしに向けられてた視線が、まだ教室の入り口に居た藤本陽生に向けられる。



「何つった…おまえ」



その視線は、斜め前に居た女の先輩に向けられていて、何が何だか分からない。



その口調もその視線も、てゆうか藤本陽生のオーラから怒りが見える。



いきなり何の冗談だと思ったけど、藤本陽生から冗談なんて聞いた事ないから、きっと本気なんだと思う。



突然の出来事に、周りの生徒も何がどうしたと言わんばかりにざわつき始めた。



それもその筈、一番困惑してるのはいきなり怒りを向けられた女の先輩で…



「え、何?何?あたし?」


と、隣に居る友人らしき子に戸惑いの声を出していた。



「今のどうゆう意味だ」



怒ると周りが見えなくなるのか、周囲の戸惑いなんて関係なしに、藤本陽生が教室から出て来た。



また廊下がざわついて、教室に居た先輩達も「どうしたどうした」と出て来た。


「あ…春ちゃん…」



いつも屋上に居る先輩の一人が、出て来たのと同時にあたしに気づいて遠慮のような言葉と視線を向けてくる。



いつもならあたしも挨拶するのに、先輩がそんな態度だから何も言えなかった。



「今のどうゆう意味だ」


藤本陽生は女の先輩の目の前まで行くと、更に低い声を出した。



「え…?」


藤本陽生の威圧的な雰囲気に、女の先輩がか細い声を出す。



訳が分からないけど、藤本陽生が怒っているのは分かるから、見ているこっちもビビッてしまう。



「聞いてんだろ、答えろ」


「あ…いや、あたし、あれだよ?あの子に言ったんだよ?」



女の先輩が、不意にあたしを指差した。

突然の事に困惑したのは一瞬で…すぐに、あの言葉はこの人が言ったんだ…と、気づいた。



藤本陽生がゆっくりと視線を向ける。


女の先輩が指差すあたしに向かって。



「何でわかる?」


「え…?」


「おまえ今、あいつが彼氏のツレに手ぇ出したって言ったろ」



女の先輩に視線を戻した藤本陽生は、変わらない口調で続けた。



あたしはあたしで、自分が話題の中心に居るんだと気づいて心臓が一気に鼓動を早めた。



だけど分からない事が多すぎて、どうしたらいいのか分からない。



「何でそんな事が分かる?おまえ見たのか?」


「え?いや、だって皆知ってるよ…?あの子がシゲに色めき立ってるって」



はぁぁっ!!??



声は出なかった。

だけどあたしの顔は思いっきり歪んだ。



何言ってんだこの女…



「知ってるって何だ?何で知ってんだ?」


「わ、分かんないよ…でも、皆言ってるし、あの子がシゲに色めき立ってるとこ、見た子も居たって…」


「はっ…くだらねぇ…」



吐き捨てるように言った藤本陽生に、その場に居た誰もが息を呑むかの様に静まり返る。



「誰かが言ってた…誰かが見た…そんな信憑性のねぇ事を、おまえは本人に確認もせず、あんな事言ったのか…?」



ジリジリと今にも音が聞こえてきそうな雰囲気に、藤本陽生の声が怒りでくぐもって聞こえる。



言われてる女の先輩は、顔が引き攣るばかりで何も喋らない。



「そうやって、平気で人を傷つけるおまえらの神経の方が気持ち悪ぃんだよ」



藤本陽生の鋭い視線が、周りに向けられる。



「で、でも、あの子、シゲといっつも一緒に居るじゃん…ハルくんと付き合ってるくせに、ハルくんには近寄りもしないじゃん」



女の先輩の隣に居た友人らしき子が、やめとけば良いのに静かに呟いた。



…近寄ってもらえないのはあたしの方だバカヤロー!



毒づいてしまうのは当然で、現に藤本陽生はすぐに反論しない。



「いっつもシゲにだけ弁当作って、彼氏のハルくん放ったらかしじゃん…あんな子が彼女で可哀想って、皆言ってるよ…」



その言葉には、まさにあたしが絶句した。



周りの人からはそんな風に思われてたんだ…



「何であんな子と付き合ってんの?って、皆言ってるよ…」



“思ってる”じゃなくて“皆言ってる”って言った友人らしき子は、きっと自分だけの意見として捉えられる事を恐れたんだろう。



「…大きなお世話だ」



藤本陽生の唸るような声が、静まり返った廊下に響く―…



「てめぇバカにしてんのか?シゲがそんな女と居る訳ねぇだろう」



“そんな女”


それは、あたしの事なんだろうか―…



「ツレの女だぞ?てめぇらが気づくんなら、シゲだってとっくに気づいてんだろ。でもシゲは何も言ってねぇし、むしろ毎日楽しそうにしてる」


「そ、それは、ハルくんに言えなかったんだよ…」



やめておけばいいのに、やっぱり友人らしき子は反論する。



「シゲが言ったのか?俺に言えねぇってシゲが言ってたのか?…てめぇ何者だ?そんなんが分かるぐれぇシゲと仲良かったのか?」


「……」



巻くし立てる藤本陽生に、友人らしき子は押し黙った。



「男のツレに色目使ってくるような女なら、シゲがまず近寄らねぇ。そんな女にシゲが世話やいたりしねぇ」



“そんな女”って言うのが、藤本陽生の話の流れからあたしに例えたものじゃないと分かってホッとした。



「おまえ、あいつがシゲと居るとこ見た事あるか?」


「あ、ある!」



何が嬉しいのか、自信満々に答えた友人らしき子に、事の現況の女の先輩も「あたしもある!」と、声高らかに告げた。



そんなの普通に言えばいいのに…


それじゃまるであたしが、本当に色目使ってたみたいじゃないか。



「それいつだ?」


「え…?」


「シゲとこいつが一緒にいたとこ見たのはいつだって聞いてんだ」


「あ…えっと、それはだって、あの子がいっつも弁当持って来てるから…」


「は?」


「シゲにいっつも弁当持って来てるじゃん…だから、皆見てるよ…」



藤本陽生の質問に答えるのが怖いのか、分かりにくい説明を始めた彼女は、どこか言い訳がましい。



「あれは俺のだ」



藤本陽生が口を開いた。



「あの弁当はいっつも俺に渡しに来てる」


「え…でも、いっつもシゲが受けとってるよ、ね…?」



そう言った友人らしき子は、不安そうに隣の女の先輩を見た。



女の先輩も不安そうに頷くと、「いつもシゲが持ってるとこ見た」と、小さな声で友人らしき子に同意した。



「だから何だ」



その言葉に誰もが背筋を凍らせる。



「めんどくせぇな」



次に吐き出される言葉が、怖い――…



「一々てめぇらに説明する義理なんかねぇだろうが!どこまで暇なんだ?あ?人の事干渉してんじゃねぇぞ」


その唸り声が、激しく吐き出された。



「そんなに暇なら自分の噂でもしてろ!人の事ずべこべ言ってんじゃねぇ」



黙り込んでしまった2人に、「だから女は鬱陶しい」と心底嫌そうに吐き出した。



「おい」



不意に向けられた視線に、返事も出来ず瞬きを繰り返すあたしは、


「シゲのとこ行くぞ」


そう言って、背を向けた藤本陽生の後をおぼつかない足取りで追った。



その時、さっき「春ちゃん…」って言った先輩が「良かったね」って笑ったから、よく分からないけど会釈だけして先を急いだ。



「何やそれぇーっ!!めっちゃ腹立つやん!」



何も知らず、一人屋上に居たシゲさんの元へ行き、明らかに機嫌の悪い雰囲気を醸し出す藤本陽生の登場に、何が何だか分からないシゲさんが「どないしてん?」と、声をかけた事によって、今に至る。



機嫌の悪い藤本陽生は、ドカッとベンチに腰かけ、事の発端をベラベラ喋る筈もなく、変わりに説明したあたしは、



「何で俺呼ばへんねん!」


シゲさんに怒られた。



「だいたい何でいきなりそんな事なんねん!おかしいやろ!おいハル!」



ずっと蚊帳の外だった藤本陽生に、シゲさんが投げかけると、藤本陽生はあたしに視線を向けた。



「…え?」


当然困惑するあたしに、



「別に、言う事でもねぇと思った」



藤本陽生の逸らされる事のない視線がカチ合う。



「何やねん?どうゆう意味や?」



まさにあたしの思いを代弁してくれたシゲさん。



「…噂が、流れた」


「春ちゃんの?」


「…あぁ」



初めて知らされた事実に、どこかそんな感じだろうとゆう気はしていた。



「噂って何やねん?どんな噂?」



眉間に皺を寄せたシゲさんが、藤本陽生の前に仁王立ちしている。



両足を広げて前に体重をかけた藤本陽生は、上目遣いでシゲさんを見上げた。



それが睨んでるように見えるのは、その体勢の所為かもしれない。



「…こいつが、シゲを狙ってるとか、」


「はぁあ!?」


「俺と付き合ってんのに、シゲに色目使ってるとか」


「何やとぉ!?」


「まぁ他にも…タチの悪い噂が出回ってた」


「何やそれ!言うとった奴連れて来いや!ぶっ飛ばしたんぞほんまに!」



シゲさんがキャンキャン怒ってるのを、遠くにある意識の中で聞いていた。



藤本陽生が言った、他にもタチの悪い噂ってゆうのは、あたしには言うに耐えない程酷いものなのかも知れないと考えた。



「ほんでおまえビシッと言うたってんやろな!」


「今そいつが説明したろ…」


「おーそうやった!よう言うたなハル!」



思い出したように藤本陽生の肩をポンポンと叩いたシゲさんは、まるで良く出来ました。と、子供を誉めているみたいで。



それを藤本陽生も感じたのか、


「うるせぇよ…触んな」


シゲさんを避けるように立ち上がった。



「シゲ、暫くここに居ろよ…」



シゲさんに向けた言葉は、あたしに聞こえないように言ったつもりらしい。



「分かった!二度と生意気な口叩けんようにしたれ!」


「…バカ声がでけぇんだよ」



だけど聞こえていたあたしは、あくまでも聞こえてないフリをして、目を逸らした。



藤本陽生が屋上を出て行って、シゲさんはあたしに「春ちゃん座り」と、さっきまで藤本陽生が座っていたベンチへあたしを誘導した。



「大変やったな…ごめんな、何も知らんと…」


「そんなこと…」



首を振るあたしの隣に立ったシゲさんは、フェンスを背に寄りかかり、カチっと火を点けると煙草を吸い出した。



フーッと吐いた白い煙が、風に吹かれて消えて行く―…



「シゲさんは、何で一人で屋上に居たの?」



視線を隣に向けると、シゲさんは視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。



「シゲさん群れんの嫌やねん」



予想外の発言に「そうなの?」と思わず聞き返していた。



どちらかと言えば、シゲさんは皆でワイワイするのを好みそうなのに。



「あんまり大勢と絡むん好きちゃうねん」



そう言ったシゲさんに、少しだけ共感した。



「それに比べてハルは、人が好きやねんやろな」


「そうは見えないね…」


「ハルは誤解されやすいからな」



シゲさんは笑うと「群れるってゆうより、皆と一緒におるのが楽しいんやろ」と、藤本陽生について語った。



「あいつはあぁ見えて優しいで?」


「……」


「せやから周りが離れへん」


「そうなんだ…」


「ハルの周りは、いっつも楽しそうやろ?」



シゲさんの髪が、風に揺れている。



「シゲさんは、陽生先輩が好きなんだね」



あたしの後ろ髪も、サワッと揺れた。




「春ちゃんのそうゆうとこ好きや」



聞いた事には答えてくれなかったけど、きっと、これがシゲさんなりの肯定なんだと思う。



「どっちかってゆうたら、ハルの方が俺の事好きやで?」


「へぇ…」


「ほんまやて!」



必死に言葉を紡ぐシゲさんに、口では冗談っぽくあしらったけど、内心はシゲさんの言う通り、そうなんだろうなと納得していた。



「あたしね…実は、朝から皆の態度がおかしいのも、酷い言葉かけられたのも、全部…陽生先輩の所為だと思ってた」


「そうなんや?」


「うん…陽生先輩の彼女ってゆうだけで、あたしがこんな目にあってるんだって、思ってた」


「そうか」


「でも、実はあたしの日頃の行動が、皆に誤解を招いてて…」


「うん」


「こんな事になるぐらいだから、その前兆があったんじゃないかなって…陽生先輩の方こそ、あたしの所為で、何か色々言われたんじゃないかなって…」



伺うようにシゲさんを見つめると、ずっと頷いてくれていたシゲさんが、



「ハルは男やからな」



流れる風と同じくらい、柔らかい口調でそう呟いた。



藤本陽生を男だと言った意味が、性別を表してるんじゃないとゆう事は、分かっていた。



だけど、何を伝えたいのか分からないから、シゲさんの言葉を待つあたしに、



「自分の女守れんとか、男ちゃうやん?」



何だかカッコイイ台詞を吐くシゲさん。



「ハルは春ちゃんを守った。かっこええ男やん?」



ニコッと笑うシゲさんは、いつの間にか2本目の煙草を吸ってた。



「あたしの為ってゆうより、噂に翻弄されて人を傷つけるってゆう行為が許せなかったんじゃないかな」



藤本陽生があたしの為にあそこまで怒りを露わにするとは思えなかった。



仮に、そこまで感情移入してくれたんだとしても、それなら日頃の接し方に多少なり愛情表現がないとおかしいと思う。



日頃どうでもいい扱いを受けてるあたしからすれば、到底あたしの為に…とは思えなかった。



だけど、藤本陽生が格好良かったのは確かで。

そこはシゲさんの言う通りだと頷けた。



「まぁ…そこは感じ方や受け止め方の違いやと思うけど、状況からして春ちゃんの為に怒ってなかったらおかしいやん」



少しだけ呆れた様な口調であたしを見たシゲさんに、「そうだね…」と、反論するのも面倒臭いから頷いておいた。



「ほんでも腹立つなぁ。春ちゃんが俺を誘惑する訳ないやんな」


フンっと鼻を鳴らしたシゲさんに、「それはあたしが誤解されるような事したから…」と呟いた。



「いやいや、そんなん弁当渡してるぐらいでそこまで誤解せぇへんやろ」


「それはその人の感じ方だと思う」


「そうなん?女って分からへんな」



視線を落としたシゲさんの横顔が、少しだけ格好良く見えた。



「シゲさんは彼女作らないの?」


「何やねん急に…」



話の流れからしたら急な話題だったかもしれないけど、あたしからすれば、ずっと気になっていたと言っても過言ではない話題で――…



「いや、ずっと彼女居ないのかなと思って」



シゲさんの浮いた話を聞いた事も無ければ、話題に上がった事もない。



「なんやそれ…もしかして春ちゃん、俺がモテへんって言いたいんか!」


「違う違う!違うよ!」



慌てて否定したのは、本当にそう思ってないからで。


シゲさんがモテないなんて思った事は一度もない。むしろシゲさんみたいな人は、モテるに違いないと思ってるぐらいだ。



知り合ってすぐにシゲさんの人柄には惹かれたし、彼女が居ないと聞いて、まさか!と驚きもした。



紳士だし、格好良いし、優しいから。




「そらハルとおったら、俺なんて屁みたいなもんやで…」


卑下する様に話すシゲさんに「それはないね」と即答した。



だって、シゲさんがモテない訳がない。




きっと――…彼女が出来ないんじゃなくて、作らないんだ。



「シゲさんって、彼女作る気ないよね?」



…―そんな気がする。



「やっぱ春ちゃんは好きや」


シゲさんがハハっと声に出して笑った。



「初めて見た時から賢い子やなぁ思うててん」


「…話し逸らさないでよ」


「逸らしてへんよー」



だとしても、茶化されているような気分になる。



「俺、好きな子おんねん」


「え…?」



シゲさんからの突然のカミングアウトに、思考が一気に吹っ飛んだ。



「せやけどその子、彼氏おんねん」


「え?」


「せやからお付き合い出来ひんのよ」


「えぇ!?」


「春ちゃんリアクションありがとうね」



ククっと柔らかく笑ったシゲさんと打って変わって、あたしはアワアワと気持ちが高ぶって収集つかない。



「えっ何で!シゲさんフラれたの?」



戸惑いと興奮が入り混じるあたしに、「春ちゃん、ちょっと声抑えよか?」と、辺りを見渡してシゲさんが笑った。



「あ、ごめんなさい…」


急いで声を落としたあたしに「ええよ」とシゲさんは優しかった。



「せやな、フラれてん」


「彼氏がいるから?」


「んー、てゆうより、嫌いって言われた」


「え、シゲさんの事嫌いって?」


「そやねん。残念やろ?」



ケラケラ笑うシゲさんは、叶わぬ恋をしてるようには思えない。



現にあたしだって、そんな事はみじんたりとも思わなかった。



「その人の事、凄く好きなんだ?」


「春ちゃんは賢いし好きや」



やっぱり誤魔化すような事しか言ってくれないけど、それがシゲさんなりの照れ隠しで、肯定なんだと思った。



こんな風に、いつまでもシゲさんに想われてる女の子を、ふと羨ましく思った。



藤本陽生とは、事実上付き合っているとゆうのに“彼女”とゆう名称が、あたしには肩書きにしか思えない。



だから叶わない恋をしてるシゲさんには申し訳ないけど、「好きだ」と気持ちを伝えられただけ、良いなと思った。




「その好きな人とは、会えないの?」



そう聞いたあたしに、シゲさんは困ったような顔をして「それが毎日会ってねん」と、眉を下げた。



「え…?あ、この学校の人なんだ?」


「せや」



それは益々複雑だな…と、あたしの心境までもが複雑になった。



「そんな、春ちゃんが考え込む事ちゃうで?」



フェンスに寄りかかったシゲさんは、ウーンと背伸びして立ち上がると、いつの間に吸い終わったのか、煙草を持ってない手で、フェンスに手をかけた。



「春ちゃんは自分の事だけ考えてな?」


「自分の事って言われても…」


「ハルと遊びに行きたいなぁとか、そんな事考えとったらええねん」


「いやぁ…」


「ハルは俺と違って、良い奴やで?」



「好きな子の話とか、ハルにした事ないねんけど、まぁ何となくそうゆうのって気づくやん?」



続けざまにシゲさんは微笑んだ。



「フラれたとかも言ってへんけど、俺のへこみ具合で何か察したんやろな」



あの頃、俺めっちゃへこんでてん!と笑ったシゲさんに、あたしは笑う事が出来なかった。



「そんな時、ハルが言ってきてん」



シゲさんはフェンスの向こう側から視線だけあたしに向け、


「シゲは分かりにくい。って」


口元に寂しげな笑みを浮かべた。



「シゲさんが分かり難いとか言う前に、陽生先輩の方が何百倍も分かんないよね」


「そうか?あいつ程分かり易い奴おらへんで」



その言葉には、マジでありえないと思った。



「ハルってな、真っ直ぐで正直な奴やねん」


「へぇ」


「優しいしな」


「…そうなんだ」


「せや。それに比べて、俺はあかんねん」


「そんな事ないよ」


「春ちゃんぐらいやでー、そんなん言うてくれんの!」



シゲさんはそんな風に言うけど、冗談じゃなく、あたしはマジでそんな事ないと思ったのに。



「「何かあったんなら、言わねぇと分かんねぇから、シゲを助けてやれねぇ」って、言われてん」



シゲさんは心なしか、声のトーンが低かった。



「そんなん言われても、言いたくないねんから言わへんやん?普通」


「そうだね」


「でもハルしつこいねんか。何もない言うてんのに、しつこう聞いてくんねん」


「うん」


「シゲどうした?とか、シゲ何かあったのか?とか」



相槌を打つあたしに、「終いには鬱陶しくなってきてん」とシゲさんは笑った。



「ほっとけや!思うてん。一人が好きや!言うてんのに、一々話かけてくな思うやん」


「うん」


「それ言うたら、あいつ可笑しな事言いよってな」


「可笑しな事って?」


「「聞いて欲しいって顔して、何言ってんだおまえ」って」



その言葉に、あたしは息を呑んだ。



「普通そんな事、言わへんやん?」



呆れた口調で同意を求めて来たシゲさんは、


「まぁ、問題そこちゃうねんけど!」


あたしの返答も待たずに話を続けた。



「そんな事言うて来たって事よりも、その言葉にビックリしてんか」


「…うん」


「何てゆうか…自分の嫌な部分を見透かされた気分やねん」


「…うん」


「聞かれてもほんまに答える気はなかってんけど、何やろな…心配される事は嫌じゃなかったってゆうか、結局はまぁ、気にかけて欲しかったんやろな」



自嘲的に笑ったシゲさんに、何故かあたしの胸が痛んだ。



「そこをモロに突かれたもんやから、そらこっちはえらい衝撃やで」



やっぱり笑うシゲさんに、藤本陽生に小さな怒りすら芽生えてしまう。



理不尽な怒りだと知りながらも、シゲさんの笑う顔が辛そうにしか見えない。



「こいつがツレで良かったって、思うてん」


「…え?」



その意外な返答に、さっき共感した思いを裏切られた気分だった。



「でも、シゲさんは嫌な気分になったんじゃないの?」


「え、何で?」



聞いてるのはこっちなのに、シゲさんの方が本当に分からないって顔をするから、眉間に皺が寄ってしまう。



「だって、陽生先輩にあんな事言われて、嫌だったんじゃないの?シゲさん辛そうに話てたから…」



あたしが心配そうに見上げると、体ごとこちらに向けたシゲさんは、片手をフェンスに掛けたまま、フッと息を漏らした。



「それは誤解や春ちゃん」


「え…?」


「ハルの言葉に傷ついたりせぇへんよ」


「でも…」


「せやな、あん時の浅はかな自分を思い出して、喋りながら情けなかってん」



困ったように笑ってたシゲさんは、


「ハルの言い方って、嫌味がないねん」


次の瞬間には涼しい顔に変わってた。



「俺もそうやけど、人ってな、相手の事決めつけて話す時、上から目線やし何か偉そうな物言いになんねん。決めつけてる時点で相手を見下してるから否が応でもそうゆうニュアンスになんねんな」


「…うん」


「せやけどハルは、いつも対等やから、真っ直ぐ聞こえてくんねん。言葉が乱暴やし、誤解されやすいねんけど、実は簡単や」


「…簡単」


「思った事を呟いとるだけや」



それは、シゲさんが友達だから分かる事なんだろうと思った。


あたしには一生、藤本陽生を理解する事は出来ないのかもしれないと思い、シゲさんと藤本陽生の関係が、羨ましくもあり、寂しかった。



「でな、そん時、「聞いて欲しいって顔して何言ってんだおまえ」って言われた時」


「うん…」


「強がって、そんな顔してへんわボケ!ぶっ飛ばしたんぞ!って言うてん」


「シゲさんが?」


「そやねん!そんなんキレる時点で図星やんな!」



そう言って、シゲさんはケラッケラ笑ってた。



「そしたらあいつ、また腹立つ事言うねん」


「陽生先輩が?」


「せや、「おまえ聞いて欲しいんじゃねぇのかよ?なのに言いたくねぇとか、シゲは分かりにくい」って」


「…へぇ」


「それでも見捨てへんねん、ハルは。じゃあもういいって諦めへんねん」


「…シゲさんは結局、陽生先輩に言ったの?」


「俺はハルみたいに素直ちゃうからな。結局意地張って言うてへん」


「そうなんだ」


「せやから、さっきの話は秘密やで?春ちゃんしか知らんしな」



何だか重要事項を聞かされた気分で、あたしは決して他言しないと、大きく頷いた。



シゲさんはハハッて笑ってたけど、あたしの心境は更に複雑に絡み合ってた。



だけど、藤本陽生ってカッコイイなと、現金なあたしはすぐに流される。




屋上のドアが開く音がして、シゲさんと同時にそっちへ視線を向けると――…



たった今、話題にしていた藤本陽生が姿を表した。



その所為か、このタイミングで現れた事で妙に意識してしまう。



近づいてくる藤本陽生に直視出来ず、定まらない視線のまま立ち上がると、



「座ってろ」


戻って来た藤本陽生は、顎であたしに指図するとシゲさんの隣に行き、カシャンと音を立てながら、フェンスに寄りかかった。



「春ちゃんの誤解は解けたん?」



来て早々に煙草を一本取り出す藤本陽生へ、シゲさんが問いかける。



「さぁな…一応説明はした」


「何やそれ!ピシッと言うたらなアカンやん」


「…後はあいつら次第だろ」


「そんな悠長な事言うてて大丈夫なん?」



シゲさんの背中越しに、藤本陽生が煙草に火を点けたのが見えた。



「それは俺がどうこうしたとこで、あいつらが納得しねぇと何にも変わんねぇだろ」


「…おまえ嫌や!何か正論言われてるみたいで腹立つ!」



喚くシゲさんを鬱陶しそうに見やる藤本陽生が、やっぱり人を好きだとは思えなかった。



冷たく聞こえる話し方も、その視線も…威圧しているようにしか思えない。



「おい」



不意に交わった視線に、藤本陽生をずっと見ていた事に気づかれたのかと思って、背筋が冷やっとした。



「おまえ、」


「…はい?」


「……」


「……」




…――え?




あたしの勘違いでなければ、確かに藤本陽生はあたしを呼んだ筈で…


あたしがした返事も、聞こえてる筈……なのに、煙草を吸い続ける姿に、あれは空耳だったのかと、思わずシゲさんに目を向けていた。



あたしの視線に気づいたシゲさんが、ん?と微笑みかけてくれたけど、何も言ってくれないからどうしようもない。



「……」


気のせいならそれで良いと思って、2人から視線を逸らした直後、どちらかの咳払いが聞こえた。



――そして、



「おい」



やっぱり聞こえたその呼びかけ。



「何かあったら、シゲに相談しろ」



そう言って視線が交わる藤本陽生に、あなたには相談出来ないの?とゆう思いが過ぎった。



だけどそこは、



「…はい」



そう返事をするしかない。




気づけば休憩時間も残りわずかで、お弁当を食べるのも忘れて屋上に居たあたし達は、



「じゃあ、あたし行きます…」



あたしのその言葉をきっかけに、それぞれが動き出した。



「春ちゃん一緒に行こうや」


そう言ってくれたシゲさんに頷いて、藤本陽生を見上げると、まだ煙草を吸うらしい彼は、どこか遠くに視線を向けていた。



「ほなハル、俺ら行くしな」



シゲさんの言葉に「あぁ」と頷いた藤本陽生の姿に、後ろ髪引かれる思いだった。



「シゲさん授業出るの?」


階段を下りながら問いかけるあたしに、


「んーどないしよ」


シゲさんは曖昧に答える。



「え?受けないの?じゃあ屋上居れば良かったのに」


「せやかて、春ちゃん心配やん」



そんな優しいシゲさんが、本当に好きだと思った。



「シゲさんありがと…」


「お礼はハルに言ってな?」


「…あーうん」


「ハル、めっちゃ心配してたんや思うで」


「そうかな…」


「…春ちゃん、心配してへんかったら春ちゃんの為に怒ったりせぇへんやろ?」



真面目な顔つきでシゲさんが言うから「そうだね」と頷いてみたものの…


正直、うんざりしてた。



藤本陽生があたしの為に、いつも何か考えていて、行動してると、そんな都合の良い解釈をして意見してくるシゲさんに、もういいから…って、そうじゃないんだよ…って。


“彼女”であるあたしが、藤本陽生の傍に居て疎外感を感じてるんだから。


だけど強く反論出来ないあたしは、結局シゲさんに言いくるめられたフリをするしかない。



「あれ、シゲさんどこ行くの?」



三年生の教室がある階に着いたのに、スルーしようとするシゲさんを呼び止めると、



「春ちゃんの教室まで一緒に行くねん」


当たり前のような口調で平然と言われた。



「え、いいよ!大丈夫!」


「ええからええから。俺が不安やねん」



全力で断るあたしを見て、遠慮してると思われたのか、シゲさんは気にするなと言わんばかりに足を進める。



その後ろを引っ付いて歩くあたしからすれば、マジで一緒に来てほしくない。



あんな噂が流れた後で、シゲさんと2人で居るとこを見られるのは気が引けるし、良いように思われないどころから、事態が更にややこしくなるのも嫌で、



「シゲさんほんとに…」


もういいから。って言おうとした。



だけど続きを言えなかったのは、あたしの教室の前に、あの女の先輩と友人らしき子が居たから――…



どうして三年生がこんな所に居るのか、いつもなら少し気になる事も…


今日は、嫌な予感しか生まれない。



「シゲさん…」



何も知らないシゲさんの袖を掴み見上げると、シゲさんは止まって振り向いてくれた。



「ん?」


「…あの、さっき言ってた、あの子達が居る…」



あたしの曖昧な発言も、女の先輩と友人らしき子を見て理解してくれたのか…シゲさんはあたしに視線を合わせると「分かった」と微笑んだ。



どうするの?と問う間もなく、女の先輩と友人らしき子の元へ歩き出したシゲさんに、オロオロして出遅れてしまった。



「何してん?」



女の先輩と友人らしき子へ話しかけたシゲさん。


出遅れたあたしは、驚く女の先輩を遠目に見つめていた。



「ここ春ちゃんのクラスやねんけど、何か用あるん?」


トゲのある言い方をするシゲさんに、女の先輩が首を横に振った。



「違うの…いや、用はあるんだけど、…ごめんねって言いに来た」



その言葉に拍子抜けしたのはあたしだけじゃなく、



「こないな事言うてんでー」



と、突如あたしに呼び掛けたシゲさんも、困ったように笑ってた。



とりあえず、手招きするシゲさんの元へトボトボ歩いて距離を縮めると、



「ハルくんの彼女、ごめんね…」



女の先輩があたしの手を掴んでそう言うと、その友人らしき子も、申し訳なさそうに眉を垂らしてた。



とりあえず、どうしていきなりそうなるのか分からないから、返事を躊躇するあたしに、女の先輩は手を離すと「ほんと、誤解してた」と小さく漏らした。



「あんな酷い事言って、本当にごめん」


「いや…」


「もう…噂信じてる人、居ないと思う」


「…そうですか」


「ほんとにごめんね」



申し訳ないとゆう思いが、女の先輩から伝わって来て、本当に誤解は解けたんだと信じられた。



「…もういいです。もう、分かったんで…わざわざすいません」



いつまでも先輩に謝罪されるのはどうも落ち着かない。



「シゲも、ごめんね…」



隣に居るシゲさんにも、申し訳なさそうに言葉を発した。



「謝って済む話しちゃうしな。誤解してたんかも知らんけど、あんな風に人傷つけたらアカンやろ」


「うん…」


「まぁ春ちゃんがもうええ言うてるし、俺がグダグダ言うてもアカンけど、よう考えて発言しぃや?自分が言った言葉の責任は重いで」



シゲさんは厳しい口調で促した。



「分かった…ごめん」


「まぁ、謝りに来たわけやし、許したるか?春ちゃん」



あたしは最初から、謝罪してくれた女の先輩に、「もういい」と告げているのに、どうしてかシゲさんが偉そうに問いかけてくる。



頷くしかないあたしまで、何だか偉そうに思われそうで嫌だった。



「ありがと」


だから、そう言ってくれた女の先輩に、少なからず安心した。



「…大事にされてるなって思った」


「気づくの遅いねん」


「春ちゃんは特別だよね」


「当たり前やん」



あたしに話しかけてるのに、一々シゲさんが話しに入るから、口を開く間が無い。



「ハルくん言ってたよ」


「あいつビシッと言うたんやろな?」


「「シゲは俺のツレだ」って」


「はぁ?」



一々反応が五月蝿いシゲさんを、女の先輩は無視してあたしに何かを伝えようとしてる。



「「あいつは、俺の女だ」って」



その言葉には、胸の奥が締め付けられた。



「「だから、二度と傷つけるような事言うな」って。一々怖いんだよね…」



苦笑いを浮かべた女の先輩に、あたしはどんな反応を示したのか覚えてない。



「ハルは男やからな」



シゲさんがそう言ってたのは覚えてる。



優しい口調で。

何故だかシゲさんが誇らし気にしてた。





「ハルは“男”として、春ちゃんの為に、皆にあんな風に言うたんやろな」



…――結局シゲさんが言うみたいに、藤本陽生は“男”として、あたしの“彼氏”とゆう立場から、今回の出来事に動いてくれたんだと思う。



「男たるもの、やっぱり守るべき者は守らんとな」



藤本陽生があたしを蔑ろにしようとも、上機嫌なシゲさんに「うん」って笑って頷いたあたしは、藤本陽生の事が好きなんだと…改めて感じた。

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