街の見る夢
波と海を見たな
プロローグ
私が越してきてすぐに、この町は大きな地震に見舞われた。地の底から湧き上がる低く長い唸り声は、煮凝りのように溜まった何かを容赦なく吐き出していた。
地質的に天災が少ない場所と聞いていただけに、少し面食らったのを覚えている。
幸いにも揺れの大きさに反して死者はおらず、箪笥の下敷きになった女性が怪我をしたのが地方のニュースで取り上げられた程度で、負傷者もほとんどいなかった。
『あんた大丈夫?』
でも、私はあの日から何かが変わったと感じている。
例えば、どこまでも永久凍土が続く白夜から、茹だるような熱帯夜に様変わりするように。
雲ひとつない紺碧で、それでいてどこか霞がかったあの空の下で。
『こっちは全然大丈夫だよー』
霞む目で母から届いた安否確認のメールに返信すると、意外な答えが返ってきた。
『あんたって昔から鈍感だから』
母から言われるのも、何なら友人から言われるのも初めてだったから。
『え、そう』
確かに、思い返せば小さい頃はよく転んでいた気がする。どこかの森で迷子になったこともあったっけ。
『だから、引き寄せちゃうのかねぇ』
母の言うとおり、私は誰かに呼ばれた気がした。まるで数年ぶりに親戚の子どもに会ういとこみたいに、この土地に降り立ってすぐに男の子の弾ける笑顔と暖かな空気が私を迎え入れた気がした。
そして今、あの日以上の震えが、抑えようもないほどの歓喜が、眼前の大地に押し寄せている。
〈もぉいぃかぁい〉
頭の中で無邪気な声がこだまする。
仄暗く輝く暗褐色に、橙、白濁色、鈍色が幾重にも混ざり合い、鮮やかな終末が怒号とともに押し寄せる。
風もないのに空気が唸り、もはや立っていることさえままならない。
〈もぉーいぃーかぁぁいぃ〉
もう、真っ黒だ。
何もかも、真っ黒だ。
私は一体、何を見せられているのだろう。
声に見つかったら、私は果たしてどうなってしまうのだろう。
「……もう、いいよ」
諦めにも似た吐息とともに、そんな言葉が口を吐く。
〈あははははは〉
笑い声が近づいてくる。
不思議と私は見つけて欲しくて堪らないでいる。
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