TAKE13︰声が出ない(CV︰鈴名宝)

 世羅さんから、とてもショックなことを言われたそのあと。

 半ば放心状態で、校内を歩いている時だった。

 対馬くんと、ぐうぜん出くわした。

 対馬くんは私のうでをつかんで、心配の色がにじんだ瞳でなにがあったのか聞いてきた。

 たぶん、世羅さんのことが原因で、私の様子がおかしくなっていたことに気がついたんだと思う。

 私は、「なんでもないよ」と返したけれど……。

 その声はかすれているのだと、自分でもわかった。

 なんでもないなんて、そんなわけないと、対馬くんはなおも問いかけてくる。

 私は──そんな対馬くんを見上げる。

 自分がどんな表情をしていたのかわからない。

 けれど、本当はきっと誰かに、助けて欲しかったのかもしれない──。

 家族のことまで話すなんて、悪いとは思うけれど──。

 そういえば、対馬くんのお父さんは、この学園の理事長で、プロデューサーだけど……お母さんは、なにをしている人なのかな。

 オーディションのときのように、彼にすべてを打ち明けてしまおうか──。

 言葉を紡ぎ出そうと、口を開きかけたそのとき、対馬くんのスマホが、その場にけたたましく鳴り響いた。

「っと。ちょっと、ごめん」

 通話ボタンを押す対馬くん。

「──はい。──はい。──わかりました。いけます」

 どうやら、急なアフレコ収録の仕事が入ったらしい。

 こんな時のために、星桃学園は、スマホの持ち込みがオーケーだもんね。

 ──でも、そっか。

 対馬くんは、プロの声優さんだもんね。もうマネージャーさんについてもらっているんだ。

 そんな、当たり前のことを、なんとなく考えてしまっていた。

「ごめん、宝ちゃん。俺、行かないと」

 対馬くんが、申しわけなさそうに言う。

「うん。──お仕事頑張ってね」

 これが、今の私のせいいっぱい。かろうじて発声できる、かすれ声だった。

 私はその日、星桃学園に入学してはじめて、早退をした。



 次の日。

 昨日の夜は、家に帰ってから、お風呂に入ったあとはずっと布団にくるまって寝ていた。

 異変に気づいたのは、朝になったときだった。

「おう。宝。おはよう。今日の朝ごはんは、俺のお手製ふわふわオムレツだぜー」

『美味しそう!』

 そう言いたかったけれど、声が出ない。

「宝?」

 私は、なんでもないよというジェスチャーをしてから、わざとらしく笑顔で、声が出ないのをパパにさとられないよう、ふわふわオムレツを急いで食べると学園に向かった。


 午前の通常授業が終わって、お昼休み。

 私は一人、芝生の上に座りこんでいた。

「──っ、ぅ゙ぁ、」

 ノドから音を絞り出すようにして、何度も試してみたけれど。

 やっぱり、朝と変わらず、声は出せないままだ。

 そんな…………。

 私────。

「お、いたいた。宝ちゃん。みんなで中庭で昼飯食おーぜ」

「感謝しなさい鈴名宝! 今日、元気がなさそうなあなたのお昼ごはんは、このわたくしがおごって差し上げてよ!」

「レーナさん、カフェテリアでなに買ったんですか〜? ……わあ! 美味しそうなワッフルですね~宝ちゃんいいなぁ」

「宝さん、なぜにさっきの午前授業で挙動不審だったのですか?」

 ぞろぞろとあらわれたのは、輝臣くん、レーナちゃん、ユメちゃん、ヒカルくん。

 同じクラス──一年ヒカリ組になってから、なんとなく一緒にいるようになったメンバーたちだ。

『ちょっと、ノドいたくて話せない。風邪かな? 筆談でごめんねっ☆』

 と書いた紙を見せた。

「大丈夫ですか? 宝ちゃん」

「風邪なら仕方ないですねー。ぼく、のど飴持ってますよ」

「まったく。声優のたまごだというのに、体調管理も仕事のうちですわよ。プロ意識が足りませんわ」

 ヒカルくんがくれた、のど飴を口に放った時だった。

「──ウソをつくな」

 わいわい話し合う私たちの和やかな空気を、一瞬で打ち消すかのように。

 対馬くんが、地をはうような低い声で言ったんだ。

「昨日のおかしな様子といいなんといい、二度目のレイン役のアフレコ収録を控えてる宝ちゃんが……ふざけて星なんか書くか。ちゃんと声を出してみろ」

『ウソなんかついてませ』

 ガッ、と対馬くんに、うでをつかまれる。

 私は観念して、サラサラと紙に文字を書く。

 今度は真剣に。

『ごめんなさい。ウソをつきました。実は話せません』

 観念した様子で、そう白状した私に、ユメちゃん、ヒカルくん、レーナちゃん。そして対馬くんは、おどろいた様子だ。

「まさか……失声症ですの!?」

『声が出なくなったのは昨日からで、まだ、診断はついていないけど……』

「鈴名さん、それは……あまり言いたくないですが、声優科に在籍する者としては、致命的ですよ。先生たちになんて言われるか──」

「た、宝ちゃん。本当に声、出ないんですか? どうしても、ですか?」

『ムリ、みたい……』

 ──ふつうの中学生なら、失声症になったとしても、しばらく療養で済むだろう。そうあるべきだし、それが当然だ。

 けれど私は、プロの声優を育成する、芸能学園──星桃学園中等部声優科の人間だ。

 声が出せないなんて、ヒカルくんの言う通り、致命的ともいえる。

 ライバルを蹴落として成り上がっていく、この世界では通用しない。

 ──私たちの世界の仕事は、自分が行かなくちゃだめなんだ。

 よっぽどのことがないかぎり、他の人に、代わってもらえないんだ。

 風邪を引くのだってだめだ。

 鼻声やかすれ声で、マイクに向かうわけにはいかないのだ。

 星桃学園に入学してから、私はよりいっそう体調管理には気を配っていた。

 けれどまさか、声が出せなくなることになるだなんて、そんなこと、夢にも思ってなかったよ!

「いよしっ。んじゃあ、このメンバーで、放課後カラオケでも行くか!」

「「「え?」」」

 ユメちゃん、ヒカルくん、レーナちゃんの声が重なった。

 カラオケ? なんで???

 対馬くんのとつぜんの提案に、びっくりする私たち。

「カラオケなら、わたくしがいつも行っているおすすめのお店がありましてよ」

「お、お菓子とかいっぱい買っていけば、待ってる間も楽しいでしょうね」

「ぼく、お菓子の持ち込みオーケーか調べてみます。レーナさん、そのお店教えてください」

 いやいやいや、みんなノリノリで、カラオケに行くことが決定しているし!

 私、いま歌えませんカラ!

 っていうか、でもでもだけど……。

 みんなの歌声とか、めっちゃ聴いてみたいカモ!

 対馬くんは現役プロ声優だから、きっと歌に関しても、めちゃくちゃ上手なんだろうし。

 ユメちゃんなにもかも全部可愛すぎるから、歌声も絶対可愛すぎるだろうし……(笑)

 ヒカルくんは、ほんとにぞくぞくするような低音イケメンボイスだから、クールなキャラのキャラソンとか歌ってほしいな。

 国民的美少女声優を目指しているレーナちゃんには、好きな美少女アイドル声優の曲とか歌ってほしい!

 あれ? 今さらだけど、めっちゃ楽しそう&豪華だな?????

 ──それもそのはず。

 忘れかけていたけれど、なんといってもここにいる全員、日々プロのレッスンを受けている声優のたまごですから! 豪華なのは当たり前!

 みんなが歌っているところを想像して、わくわくする私。

 強張っていたほっぺが、自然とほころぶ。

 鈴名宝。

 みんなのおかげで、ちょっと元気が出てきたであります!(心のなかで敬礼★)!



「たっっっっっのしかったですね〜〜〜〜〜!!!!!」(ユメちゃん)

「まさかユメさんが、ワンオクを歌うなんて。ぼくはおどろきましたよ」(ヒカルくん)

「わたくしの美少女声優のたまごっぷりも、流石でしたわー!」(レーナちゃん)

「めっちゃ楽しかったな」(対馬くん)

 わいわいたべりながら、カラオケから出てきた私たち。

 途中、ヒカルくんがソフトクリームを15段巻きにする特技を披露してくれたり、ユメちゃんのキャラが変わったり。

 レーナちゃんが歌うときにはなぜかマイクがハウリングしまくって、対馬くんはそれに爆笑。

 怒るレーナちゃん──。

 声の出ない私は、みんなの歌声を聴いているだけだったけれど──このメンバーでのカラオケは。

 とーーーーっても、楽しかったんだ!


 みんなと別れて、家に帰ろうとしたとき。

 ばったり会ってしまったのは、世羅さんだ。

 ぐうぜんかな。

 こんなところで会うなんて……。

 さっきまでの、みんなの友情を感じて、おだやかで楽しくて幸せだった、満ち足りた気分が、どんどんしぼんでいくのがわかる。

「あら……。鈴名さん」

「世羅の友だち?」と、世羅さんと一緒にいた、同い年くらいの女の子が訊いている。

 私は、無視をして逃げようとしたけれど。

 なおも、世羅さんが話しかけてくる。

「アフレコはどう? その辛気くさい顔を見るに……まさか、ダメになったのかしら? ふふっ、もしそうなら滑稽ね。対馬プロデューサーの見る目がなかったのよ」

 ちがう、ちがう──。

 対馬くんのお父さんは、こんな私に、もう一度チャンスをくれたんだ。

「…………」

 世羅さんは、なにも言わずにだまったままの私を見て、少し訝しげに訊いてきた。

「なんとか言ったらどうなの?」

「っ」

「あなた……声は? まさか……」

 世羅さんは、「アハハハハッ!」といじわるな表情で笑った。

「まさか、声が出なくなるなんて。鈴名葵の娘も、これで終わりね」

 イヤだ……。イヤだ! 一刻も早く、ここから立ち去りたい!

「伝説の声優を母にもつくせに、私にちょっとイジワル言われたくらいで。きっと、葵もそんなあんたを大嫌いよ」

「今度は失声症? バカみたいね。あんたなんか、鈴名葵の娘にふさわしくないわ。さっさと星桃から出ていくべきよ」

「────っ、」

 ひどいことを連続で言われて、たまらずなにか言い返したくても、声が出ない。

 言葉にならない。

 私って、こんなに弱虫だったっけ?

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