TAKE13︰声が出ない(CV︰鈴名宝)
世羅さんから、とてもショックなことを言われたそのあと。
半ば放心状態で、校内を歩いている時だった。
対馬くんと、ぐうぜん出くわした。
対馬くんは私のうでをつかんで、心配の色がにじんだ瞳でなにがあったのか聞いてきた。
たぶん、世羅さんのことが原因で、私の様子がおかしくなっていたことに気がついたんだと思う。
私は、「なんでもないよ」と返したけれど……。
その声はかすれているのだと、自分でもわかった。
なんでもないなんて、そんなわけないと、対馬くんはなおも問いかけてくる。
私は──そんな対馬くんを見上げる。
自分がどんな表情をしていたのかわからない。
けれど、本当はきっと誰かに、助けて欲しかったのかもしれない──。
家族のことまで話すなんて、悪いとは思うけれど──。
そういえば、対馬くんのお父さんは、この学園の理事長で、プロデューサーだけど……お母さんは、なにをしている人なのかな。
オーディションのときのように、彼にすべてを打ち明けてしまおうか──。
言葉を紡ぎ出そうと、口を開きかけたそのとき、対馬くんのスマホが、その場にけたたましく鳴り響いた。
「っと。ちょっと、ごめん」
通話ボタンを押す対馬くん。
「──はい。──はい。──わかりました。いけます」
どうやら、急なアフレコ収録の仕事が入ったらしい。
こんな時のために、星桃学園は、スマホの持ち込みがオーケーだもんね。
──でも、そっか。
対馬くんは、プロの声優さんだもんね。もうマネージャーさんについてもらっているんだ。
そんな、当たり前のことを、なんとなく考えてしまっていた。
「ごめん、宝ちゃん。俺、行かないと」
対馬くんが、申しわけなさそうに言う。
「うん。──お仕事頑張ってね」
これが、今の私のせいいっぱい。かろうじて発声できる、かすれ声だった。
私はその日、星桃学園に入学してはじめて、早退をした。
◇
次の日。
昨日の夜は、家に帰ってから、お風呂に入ったあとはずっと布団にくるまって寝ていた。
異変に気づいたのは、朝になったときだった。
「おう。宝。おはよう。今日の朝ごはんは、俺のお手製ふわふわオムレツだぜー」
『美味しそう!』
そう言いたかったけれど、声が出ない。
「宝?」
私は、なんでもないよというジェスチャーをしてから、わざとらしく笑顔で、声が出ないのをパパにさとられないよう、ふわふわオムレツを急いで食べると学園に向かった。
◇
午前の通常授業が終わって、お昼休み。
私は一人、芝生の上に座りこんでいた。
「──っ、ぅ゙ぁ、」
ノドから音を絞り出すようにして、何度も試してみたけれど。
やっぱり、朝と変わらず、声は出せないままだ。
そんな…………。
私────。
「お、いたいた。宝ちゃん。みんなで中庭で昼飯食おーぜ」
「感謝しなさい鈴名宝! 今日、元気がなさそうなあなたのお昼ごはんは、このわたくしがおごって差し上げてよ!」
「レーナさん、カフェテリアでなに買ったんですか〜? ……わあ! 美味しそうなワッフルですね~宝ちゃんいいなぁ」
「宝さん、なぜにさっきの午前授業で挙動不審だったのですか?」
ぞろぞろとあらわれたのは、輝臣くん、レーナちゃん、ユメちゃん、ヒカルくん。
同じクラス──一年ヒカリ組になってから、なんとなく一緒にいるようになったメンバーたちだ。
『ちょっと、ノドいたくて話せない。風邪かな? 筆談でごめんねっ☆』
と書いた紙を見せた。
「大丈夫ですか? 宝ちゃん」
「風邪なら仕方ないですねー。ぼく、のど飴持ってますよ」
「まったく。声優のたまごだというのに、体調管理も仕事のうちですわよ。プロ意識が足りませんわ」
ヒカルくんがくれた、のど飴を口に放った時だった。
「──ウソをつくな」
わいわい話し合う私たちの和やかな空気を、一瞬で打ち消すかのように。
対馬くんが、地をはうような低い声で言ったんだ。
「昨日のおかしな様子といいなんといい、二度目のレイン役のアフレコ収録を控えてる宝ちゃんが……ふざけて星なんか書くか。ちゃんと声を出してみろ」
『ウソなんかついてませ』
ガッ、と対馬くんに、うでをつかまれる。
私は観念して、サラサラと紙に文字を書く。
今度は真剣に。
『ごめんなさい。ウソをつきました。実は話せません』
観念した様子で、そう白状した私に、ユメちゃん、ヒカルくん、レーナちゃん。そして対馬くんは、おどろいた様子だ。
「まさか……失声症ですの!?」
『声が出なくなったのは昨日からで、まだ、診断はついていないけど……』
「鈴名さん、それは……あまり言いたくないですが、声優科に在籍する者としては、致命的ですよ。先生たちになんて言われるか──」
「た、宝ちゃん。本当に声、出ないんですか? どうしても、ですか?」
『ムリ、みたい……』
──ふつうの中学生なら、失声症になったとしても、しばらく療養で済むだろう。そうあるべきだし、それが当然だ。
けれど私は、プロの声優を育成する、芸能学園──星桃学園中等部声優科の人間だ。
声が出せないなんて、ヒカルくんの言う通り、致命的ともいえる。
ライバルを蹴落として成り上がっていく、この世界では通用しない。
──私たちの世界の仕事は、自分が行かなくちゃだめなんだ。
よっぽどのことがないかぎり、他の人に、代わってもらえないんだ。
風邪を引くのだってだめだ。
鼻声やかすれ声で、マイクに向かうわけにはいかないのだ。
星桃学園に入学してから、私はよりいっそう体調管理には気を配っていた。
けれどまさか、声が出せなくなることになるだなんて、そんなこと、夢にも思ってなかったよ!
「いよしっ。んじゃあ、このメンバーで、放課後カラオケでも行くか!」
「「「え?」」」
ユメちゃん、ヒカルくん、レーナちゃんの声が重なった。
カラオケ? なんで???
対馬くんのとつぜんの提案に、びっくりする私たち。
「カラオケなら、わたくしがいつも行っているおすすめのお店がありましてよ」
「お、お菓子とかいっぱい買っていけば、待ってる間も楽しいでしょうね」
「ぼく、お菓子の持ち込みオーケーか調べてみます。レーナさん、そのお店教えてください」
いやいやいや、みんなノリノリで、カラオケに行くことが決定しているし!
私、いま歌えませんカラ!
っていうか、でもでもだけど……。
みんなの歌声とか、めっちゃ聴いてみたいカモ!
対馬くんは現役プロ声優だから、きっと歌に関しても、めちゃくちゃ上手なんだろうし。
ユメちゃんなにもかも全部可愛すぎるから、歌声も絶対可愛すぎるだろうし……(笑)
ヒカルくんは、ほんとにぞくぞくするような低音イケメンボイスだから、クールなキャラのキャラソンとか歌ってほしいな。
国民的美少女声優を目指しているレーナちゃんには、好きな美少女アイドル声優の曲とか歌ってほしい!
あれ? 今さらだけど、めっちゃ楽しそう&豪華だな?????
──それもそのはず。
忘れかけていたけれど、なんといってもここにいる全員、日々プロのレッスンを受けている声優のたまごですから! 豪華なのは当たり前!
みんなが歌っているところを想像して、わくわくする私。
強張っていたほっぺが、自然とほころぶ。
鈴名宝。
みんなのおかげで、ちょっと元気が出てきたであります!(心のなかで敬礼★)!
◇
「たっっっっっのしかったですね〜〜〜〜〜!!!!!」(ユメちゃん)
「まさかユメさんが、ワンオクを歌うなんて。ぼくはおどろきましたよ」(ヒカルくん)
「わたくしの美少女声優のたまごっぷりも、流石でしたわー!」(レーナちゃん)
「めっちゃ楽しかったな」(対馬くん)
わいわいたべりながら、カラオケから出てきた私たち。
途中、ヒカルくんがソフトクリームを15段巻きにする特技を披露してくれたり、ユメちゃんのキャラが変わったり。
レーナちゃんが歌うときにはなぜかマイクがハウリングしまくって、対馬くんはそれに爆笑。
怒るレーナちゃん──。
声の出ない私は、みんなの歌声を聴いているだけだったけれど──このメンバーでのカラオケは。
とーーーーっても、楽しかったんだ!
◇
みんなと別れて、家に帰ろうとしたとき。
ばったり会ってしまったのは、世羅さんだ。
ぐうぜんかな。
こんなところで会うなんて……。
さっきまでの、みんなの友情を感じて、おだやかで楽しくて幸せだった、満ち足りた気分が、どんどんしぼんでいくのがわかる。
「あら……。鈴名さん」
「世羅の友だち?」と、世羅さんと一緒にいた、同い年くらいの女の子が訊いている。
私は、無視をして逃げようとしたけれど。
なおも、世羅さんが話しかけてくる。
「アフレコはどう? その辛気くさい顔を見るに……まさか、ダメになったのかしら? ふふっ、もしそうなら滑稽ね。対馬プロデューサーの見る目がなかったのよ」
ちがう、ちがう──。
対馬くんのお父さんは、こんな私に、もう一度チャンスをくれたんだ。
「…………」
世羅さんは、なにも言わずにだまったままの私を見て、少し訝しげに訊いてきた。
「なんとか言ったらどうなの?」
「っ」
「あなた……声は? まさか……」
世羅さんは、「アハハハハッ!」といじわるな表情で笑った。
「まさか、声が出なくなるなんて。鈴名葵の娘も、これで終わりね」
イヤだ……。イヤだ! 一刻も早く、ここから立ち去りたい!
「伝説の声優を母にもつくせに、私にちょっとイジワル言われたくらいで。きっと、葵もそんなあんたを大嫌いよ」
「今度は失声症? バカみたいね。あんたなんか、鈴名葵の娘にふさわしくないわ。さっさと星桃から出ていくべきよ」
「────っ、」
ひどいことを連続で言われて、たまらずなにか言い返したくても、声が出ない。
言葉にならない。
私って、こんなに弱虫だったっけ?
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