第35話 久しぶりの王宮
「久しぶりの王宮かぁ……」
オレはジョエル兄さまに連れられて王宮へ足を踏み入れた。王宮内ではあるんだが、こう、華やかさがない。
「来賓用の通路じゃないからかな。こっちは職員用だ」
前を歩いていたジョエル兄さまが振り返って説明する。
「そういう事ではなくて……なんだか王宮に来たという実感がない」
「ん?」
「ルノと一緒の時には馬車で来て外から入るから。転移魔法陣を使うと、王宮に来た、と、いう感動がイマイチだね」
「そんなもんかねぇ。まぁ、僕は仕事でちょくちょく来るから職場ってイメージが強いんだけど」
今日は一旦ジョエル兄さまの職場に転移し、そこから更に王宮へと飛んだ。
服装も、以前とは違って割と普通だ。クラバットはしているが、宝石も、レースも、刺繍も無し。
紺無地のウエストコートにコート、膝丈ブリーチ、白の長靴下に黒のパンプス。
ちなみにジョエル兄さまが子供の頃、十三歳にも満たない頃に着ていたものである。解せぬ。
ジョエル兄さま自身は、黒い魔法使いローブに白いシャツ、黒のトラウザーにハーフブーツという動きやすそうな服装をしていた。
「ミカエルにとっての王宮は華やかで特別な場所、というイメージがあるのかな? それだと違和感があるのかもしれないね」
今日は魔法省勤めのジョエル兄さまと一緒なので転移魔法陣を伝って王宮内まで来られた。
警備の関係で直通ではないものの、かなり気軽な印象だ。
「ん。ルノと来た時にも顔パスみたいな感じで驚いたけど。ジョエル兄さまと一緒だと、更に気軽で驚いた」
「僕たちにとっては職場だからね。ミカエルが選ばれたのも僕が魔法省勤めで信用が厚いって事が関係していると思うよ」
「確かにそうかも。それにルノと一緒に通る道よりも、ジョエル兄さまと一緒のほうが道順も分かりやすい気がする」
「ああ。こっちは魔法で障壁を作ってある通路だから。僕と一緒だから楽に思えるだろうけど、実際には違うからね」
「そうなんだ」
魔法の気配は感じてたけれど、やっぱり警備の仕方が違うんだな。
「外から入るよりも人が多く立ち働いている側からの方が、かえって侵入しやすかったりするからね。不特定多数の人が働いている場所からの侵入を警戒する必要があるんだよ。だから、この通路だって許可されていない者は簡単には通れない」
「ふぅん。そうなんだ」
ジョエル兄さまの後に付いて行くと程なく見慣れた場所に出た。
以前はすれ違う男たちが、ねっとりした絡みつくような視線を向けてきた辺りだ。
「あれ? そう言えば、今日はジロジロ見られることが少なかったな」
何人かすれ違った貴族らしき人たちがいたが、不快な視線は感じなかった。
「あぁ。それは、この間の粛清が効いてるんじゃないかな」
「粛清?」
「まぁ粛清っていうのは正しくないだろうけど。この間の、父さま達も処分された一連の事件。反オメガ派に対する粛清、って、言われてるんだよ」
「ほぅ? なんだか物騒な話になってるね。悪い事をしたやつらが処分されたっていうだけの単純な話だと思うけど」
「それだけ反オメガなんて普通にある話って事だよ」
「それは分かってるけど……」
持って生まれてモノを簡単に反する対象にされているというのは、何とも言えないものがある。
「以前のように閉じこもっているのも違うけれど、だからって安全になったわけじゃない。お前自身でも十分に気を付けてくれよ」
「うん。分かってるよ。そのための鍛錬だし、そのための対策魔法だから」
オレがチョーカーを指で示すと、ジョエル兄さまは笑ってみせた。
目的の場所に着いた。以前ルノワールの後について入った部屋に、今日はジョエル兄さまの後ろから入る。
リラックスできる豪華な部屋には、国王さまと王妃さまが既にいた。
国王さまは今日も赤に金の飾りのついた肋骨服に白のトラウザー姿だ。よほどお気に入りなのだろう。
オレを見つけた国王さまは、さっそく近付いて来てオレをハグする。
「あぁ、ミカエル君っ! 久しぶりっ。うーん。今日も可愛いねぇ」
「ぐっ……ぶっ……はぁ……」
苦しい。
力加減が容赦ない国王さまのハグと頬へのスリスリ攻撃に、オレは戸惑っていた。
ジョエル兄さまに至っては、驚きに固まっている。
いや、驚いていないでオレを助けてくれ。
サラサラした長い金髪が頬に当たるし、青い瞳が近過ぎるしで、オレの眉が八の字になっているのが自分でも分かる。
「ミカエルさまが戸惑っていて可哀想だわ。やめてくださいませ、陛下」
王妃さまのナイスフォローが入って、ようやくオレは国王さまのぶっとい腕から逃れることができた。
「えー……そうなの? それは残念」
「ふはぁー」
ようやく息できた。
オレを離した国王さまは、じゃれついてくる犬の如き無邪気さで言う。
「じゃ、アルバスって呼んでよ、ミカエル君っ」
「えっと……お久しぶりです、アルバスさま」
ジョエル兄さまの赤茶の瞳が更に大きくなり、髪を逆立てながら固まっているような気がするが。
オレも気持ちは同じだ。国王さま相手じゃ何も言えないし、逆らえない。
だから、髪くらい存分に逆立てて良いと思うよ、ジョエル兄さま。
「久しぶりね、ミカエルさま」
美しい尊顔にクシャっとしたカワイイ笑顔を浮かべた国王の後ろから、黒髪に黒い瞳が印象的な美女が現れた。
ゆったりとした緑色のドレスは、王妃さまによく似合っている。
「王妃さま。お久しぶりでございます」
「うふ。他人行儀ね。リアナと呼んで」
「はい、リアナさま」
ジョエル兄さまは、カチンコチンに固まっている。
気持ちは分かるよ、ジョエル兄さま。
「ルノがミカエル君を独り占めするという意地悪をするから、しばらく会えていなかったんだよね。寂しかったよ、ミカエル君」
国王さまが大袈裟な身振りで感情を表現する。
キラキラしているから見苦しくはないけど、ちょっと引く。
「そんな……しばらくといっても、たいしたことは……」
「一ヶ月以上会えなかったのですから、たいしたことよ。私たちにとっては、ね」
「はぁ……リアナさま……あ、そうか。赤ちゃんの一ヶ月は、たいしたことですよね」
「ふふ。だいぶ大きくなったでしょ?」
「そうですね」
大きい、と言っても、まだ目立つほどではない。だが、リアナさまの笑顔は、前回よりもふっくらとした幸せに満ちていた。
「では、ランバート君。弟君は預からせて貰うよ。適当な時間に迎えに来てくれるかな? あ、それよりも適当な時間に迎えを呼びにやるべきか?」
「侍従の方が呼び出しようの魔法道具をお持ちだと思いますので、そちらを使ってお呼び下さい」
「わかった。では、また後で」
「失礼いたします」
ジョエル兄さまは両陛下に頭を下げて部屋から出て行った。
オレはその後ろ姿に小さく手を振って、ドアが閉まるのを確認してから両陛下に向き直った。
「で、ルノとはどうなっているんだい? ミカエル君」
やはり把握されていたんだな、と思いつつ、オレはニコッと笑ってコテッと首を傾げた。
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