第27話 魔法 vs 剣技 という名のじゃれ合い

 朝食後、動きやすい服に着替えて室内鍛錬場へ向かう。

 初めて見た侯爵家のそれは、伯爵家のモノより二倍は大きかった。

 手前右手にはマットが敷かれていて、その反対側には体を鍛えるための器具がゴチャゴチャと置かれている。

 奥の右手壁側に練習用の模造刀が置かれていて、後は何もない剣を打ち合うためのスペースが広く確保されている鍛錬場だった。


「うわぁ……」


 目を丸くするオレに、ルノワールがフフンと得意げな顔をする。


「……」


 何かムカつく。美形が得意げな顔すると嫌味っぽく見えるのは、気のせいかな?

 オレたちに気付いたジルベルトが挨拶しにやってきた。護衛騎士たちも鍛錬に使うようだ。


「奥さまもいらしたのですね。旦那さまの雄姿を見に来られたのですか?」


 ちっがーうっ。ルノワールの雄姿なんて興味なーい。


「オレも軽く体を動かそうと思ってさ」


 なんて言えば、ジルベルトの目が驚きで丸くなる。解せぬ。オレも男だよ?

 軽く体をほぐしていると、ルノワールが練習用の模造刀片手にやってきた。


「ほら。コレでいいかい?」

「ん? オレは自分のがあるからいいよ」

「えっ? どこに?」


 ルノワールが、オレの体を頭のテッペンから爪先までキョロキョロと見る。

 ふふふん。魔法道具の天才を見くびって貰っては困りますなぁ。

 オレは首元のチョーカーに右手の親指を差し入れ、呪文を唱えた。

 首元から黒いもやが一筋立ち上り、ピョンピョンと影が飛ぶ。


「えっ、何か飛び出してきた?」

「ふふふっ。コレがオレの武器」


 飛び出した影は爪楊枝サイズから、あっという間に小剣サイズになって、オレの両手に一振りずつ収まった。


「えっ? 二刀流?」

「オレは小剣を逆手で持って身軽に動く、スピードタイプだよぉ~。さぁ、やろうぜ」


 小剣同士を軽くぶつけ合わせてルノワールを煽る。


「ほぉ。私を本気にさせて後悔しないかな?」

「へへっ。しないねっ」

「その減らず口がいつまで続くか楽しみだ」


 ニヤニヤ笑うオレに、キリッとした表情を作ってニヤッと笑うルノワール。

 小物感漂うオレに対して、二枚目感漂うルノワールという図式が出来てしまった。解せぬ。


「ケガしないように身体強化もしっかりかけなさい」

「わかっているよ。ルノワールもやっとけよ」

「あぁ。そこは抜かりない」


 チョーカーに仕込んである術式を展開して身体強化をかけるオレ。ルノワールは事前にかけていたらしい。いつのまに?


「ほら、コレ」


 笑って右手のブレスレットを見せる。そのブレスレットには見覚えがあった。


「あっ、【魔法道具マグまぐ商会】の……」


 身体強化魔法を素早く展開できる魔法道具だ。


「ふふっ」

「お買い上げありがとうございまぁ~す♪」


 お客様には愛想よくしないとね。身体強化用ブレスレットは人気商品だ。

 しかも、本格的な戦闘にも対応するタイプだからお値段もお高い。さすが侯爵さま。お金持ち。


「さぁ、やろうか」

「おう」


 オレはルノワールと向き合った。剣の腕前は確かだと国王陛下が言っていたから、強いんだろうな。

 魔法で身体強化をかけているからケガをすることはないだろうが、あんまりにも簡単に負けるのはしゃくだ。

 構えたルノワールの懐に飛び込んで剣を合わせる。カンカンといい音がした。


「キミの小剣、魔法がかけてあるの?」

「うん。魔力量だけは多いからね」


 ルノワールの剣がオレの攻撃を的確に全て弾いていく。

 弾かれても気にせず、攻め込んでいくオレ。

 右、左、右、時折、右を続けてリズムを崩しながら様子を見る。


「オメガの魔力は、攻撃向きじゃないよね?」

「そうだよ」


 剣を躱しながら答える。筋肉は付きにくい体だが、柔軟性には自信がある。


「直接攻撃に使うのは難しいから小剣に纏わせて、弾く形にして使っているのさ」

「ほう?」

「小剣のほうが扱いやすいし。接近戦になっちゃうけど、筋肉が付きにくくて力もないんで。両手使えば単純に手数は二倍。攻撃というより護身術に近いっ」


 攻め込んで詰めた間合いを後ろに飛んで一気に開く。


「ココはオレらしく魔法も展開しましょうかねぇ~」


 オレは再びチョーカーに右手親指を差し込むと呪文を唱えた。

 黒い霧のように術式があたりを漂い、黒い塊をたくさん作り出していく。

 そしてたちまち足元に現れる子猫の群れ。

 回りで見守っている護衛騎士たちからも、ネコちゃぁ~ん、などという甘い悲鳴があがった。


「これは可愛らしい魔法」

 

 満面の笑みを浮かべるルノワールの足元に、ミャーミャーと鳴きながらすり寄る子猫たち。

 ふわふわで温かな毛玉に構えが緩む。まんまと術中にはまってくれたようだ。

 だが、それはそれで面白くないのは何故だろう?


「可愛いからって油断すんなよっ」


 オレが指をパチンと弾くと、子猫たちはルノワールの回りをグルグルと走り出した。

 走りながらずんずん成長し、たちまちのうちにトラへと姿を変えてルノワールに飛びかかる。


「うわっ」

「隙ありっ」


 悲鳴を上げて体勢を崩すルノワール目がけ、オレは両手に小剣を構えながら飛び込む。

 カンカンッと高い音がして、剣と小剣がぶつかり合う傍らでトラは一匹ずつ消えていく。

 全てのトラが消えた所で、両者飛び退き再びの睨み合い。


「卑怯な手だ」

「力無き分、知恵で勝負さ」


 剣を構えるルノワールに向かって踏み込むオレ。剣が襲ってきたところを体を低くしてから一気に上方へと飛ぶ。


 体制を立て直したルノワールの剣の上にピョコンと乗り、「にゃおん♪」と鳴いて左に首を傾げて右目でウインク。ルノワールの頬が赤く染まった。


 コレは可愛く油断させておいて頭上を回転しながら飛び越え、背中に蹴りを喰らわせて体勢を崩させるという、兄さまたちによく使うオレの手だ。

 剣の上に居るのは一瞬で、すぐに相手の頭上で回転しながら飛び、後方から蹴りを入れる。

 いつものように剣の上から飛んでルノワールの頭上で回転、と、思った瞬間。


「させるかっ」


 というルノワールの叫びと共に、気付けば地面に二人して転がっていた。


「なんでっ⁉」


 見ればオレの足首をルノワールが掴んでた。回転の勢いは殺しきれず、ふたりして床に転がってしまったらしい。

 おかしい。兄さまたちを何度も打倒してきた必殺技なのに。


「くっ……兄さまたちより、身長低いから油断した……」

「なんだとっ⁉」


 クワッとルノワールが目をむいた。床に転がったまま、ルノワールと目が合う。


「……くくっ……」


 ダメだ。笑いが抑えられない。オレが声を抑えつつ肩を震わせていると、ルノワールにも伝染してしまったようだ。


「ははっ……はっ……」


 気付けば、ふたりして笑いながら床を転がっていた。

 なんだコレ。オレたちバカみたいじゃん。でも、なんだか楽しい気分になってしまって。

 しばらくの間、ふたりして爆笑しながら床を転がっていた。


 この日を境に、ルノワールはちょっと変わったように思う。

 もともと変わったヤツだけど、就寝前に奥さま部屋へとやってきて、オレの頭にキスを落として自分の寝室に逃げていく、などの奇行をとるようになった。

 なんだか、セルジュやマーサが肩を震わせて笑う機会が増えたよーな気がするが……。

 まぁ、オレたちは書類上も夫婦となっているわけで。問題はない。

 ……よな?

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