第26話 オメガだって体は鈍る
「体が鈍っている。暴れたい」
いつもと同じように、ルノワールと食堂で食事を摂っていた朝。
オレは何気なく言った。
侯爵家に来て一ヶ月ほど経つが、その間、全くと言っていいほど鍛錬をしていない。
怠け者オメガのオレでも、さすがに体を動かしたくなったのだ。
オレとしては当然のことを言っただけなのだが、ルノワールは驚きの表情を浮かべた。
「体が鈍る? オメガなのに?」
「うん。兄さまたちが、遊び半分でガッシガシ鍛えてくれたからね」
驚かれたことに、オレは驚く。
男兄弟のなかで揉まれて育ったオレは、もともとオメガらしい育ち方はしていない。
実家であるランバート伯爵家には室内鍛錬場があり、そこでオレは兄たちを相手にして遊んで育った。
教師をつけたわけじゃないが、文武両道に優れた長兄ノイエルからは、剣さばきや体術を教えられた。
次兄ジョエルからは魔法を教えて貰った。
だから鍛錬場を使う意味がないってほど、動きが悪いわけじゃない。
自衛のために体を鍛えさせられたというのもある。
オレは兄たち主導で育てられたようなものだから、新しい考え方のもとで育ったと言っていい。
オメガは弱いから鍛えても無駄っていう意識は兄たちには無かった。
鍛錬と言っても遊びの一環だったが、しっかりと鍛えられた。
「魔法の鍛錬ではなく?」
「んー。魔法と連動して、って感じかな? 剣も、体術も、やったよ」
魔力が豊富なら魔法だけ鍛えて撃退すればいい、って思うかもしれないが、オメガであるオレの魔力は攻撃には向かない。
癒しや守り向きの魔力だからだ。とはいえ、せっかく魔法が使えるなら護身のためにも使いたい。
だから、組み合わせを試行錯誤した。
「体術はともかく、剣も、なのか」
「オメガは狙われやすいからね。攻撃までは無理でも、せめて護身くらいと考えても普通でしょ。お兄さまたちの力を借りながら、オメガの魔力で攻撃する方法を考えたのさ」
「ふーん。で、強くなれた?」
ちょっとムカつく言い方だけど、正直に言う。
「ダメでした。オレの力は、剣も、体術も、魔法も。それぞれ単体では、攻撃はおろか身を守るのにも足りない。剣を使えない女性相手だったらともかく、鍛えている男性相手じゃ、お話にならないくらい弱いよ」
「鍛え損では?」
「そんなことないよー。今では自分でも、そこそこは強いと思っている。筋トレは裏切らないっ」
そのせいでオメガにしては、しっかり筋肉ついた体をしてんだけどね、オレってば。
「剣や体術、魔法を組み合わせて使うから、そこそこ強いんだぞ」
オレは胸を張った。が、ルノワールは疑いの眼差しで見る。
「オメガは刺繍とかはしても、剣など使えないのでは?」
「刺繍なんてオレはしないっ。針より剣のほうが扱えるっ」
「ほぉ……」
「なんだよ、その疑っている目は?」
「だってオメガ……」
「剣も、体術も、小さいときからやってるから。鍛えられてっから、そこそこはやれる子よ? オレは」
その点においては、ノイエル兄さまからのお墨付きを貰っている。
まぁ、オメガにしては、ってことだけどね。
そこは、気にしなくていいじゃん。オレ、オメガだから。仕方ない。うん。
「伯爵家で室内鍛錬場があるのは珍しいよね」
「室内なら天気に関係なく暴れられるし、他人に見られる心配もないからね」
暗にオメガであるオレのために作られたことを匂わせれば、ルノワールが痛ましいものを見る目をコチラに向ける。
そこまで痛々しいとは、オレ自身は思わないけれど。
室内鍛錬場が無かったら、痛ましいことにはなっていたかな、とは思う。
体を鍛えることもなく、魔法の訓練もせず、刺繍に勤しむ日々を送っていたら。
さすがにオレの人生も今とは違っていただろうことは、容易に予想できる。
「我が家にも室内鍛錬場はあるよ。行ってみるかい?」
「うんっ。行きたいっ」
「私が相手をしてあげよう」
「おうっ。のぞむところよ」
ふふん。ルノワールめ。目に物見せてくれるわ。楽しみ~。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます