第23話 シェリング侯爵夫人のお仕事

「オレは外出できないからさ。魔法薬の処方を作ったり、魔法道具開発したりするのは、自分の部屋でやってたわけだ」

「それが、この部屋なのか」

「そうだよ」


 ルノワールは、オレの部屋をグルリと見回した。


 ……アレだな。部屋を掃除しなさい、片付けなさい、って言われるのは、こんな状況の時を快適に迎えるためのアドバイスだな。……この惨状はね、急な結婚で侯爵家へ行ったせいなんだよ。いつもは……はい、嘘を吐きました。いつもこんなです……。


「へぇ。自室が、作業部屋兼用になってるんだね……」

「完成品は、兄さまたちが、商会のほうので管理してくれているからね。必要な物も、兄さまたちが調達してくれてる。で、この辺にあるのが、オレの作った魔法道具や魔法薬」


 オレは乱雑に物が広がる部屋の一角を手で示した。


「ほぅ……」


 興味深げにルノワールは眺めているけれど。見ただけでは何が何だか分からないだろう。

 分かるよ、うん。あ、いま覗き込んでいるそれはゴミだから。


「オレの作る物は、オレに必要な物や、あったら便利だろうと思った物だから。防犯関係や体調管理のための魔法薬が多いんだ」

「そうか……おや、こんな可愛い物も作るんだね。子供向けのオモチャかな?」


 ルノワールの視線の先には、座った犬をかたどった魔法道具があった。


「いや、それは防犯用なんだけど……」

「けど?」

「可愛すぎて、防犯道具が盗難に遭う、という事が続いて販売中止に」

「あぁー」


 性能は問題なかったが、ルックスに問題があった。

 可愛らしく小首傾げる白い犬の魔法道具は、本当によく盗まれた。

 セキュリティは大事といっても今のご時世、侵入者をいきなり傷つけるわけにもいかない。

 音を鳴らしたり、護衛騎士を呼んだりできる機能程度しかない物の場合。本体が盗まれたり、壊されたりすることもある。

 魔力注入しないと使えなくなるから、本当に置物として欲しかったんだろうけど、盗まないでほしかった。


「で、この辺のが、ヒート対策に使ってる薬。フェロモン対策の魔法薬もそうだけど、継続して飲まないと効果ないんで不便なんだよね。その辺は改善したい。難しいけど」

「ヒートとか、突発的に来る場合もあるらしいけど。緊急時の薬はないの?」

「あー、それはこの辺かな。一応、作りはしたけど効果は分からない。オレが突発的なヒートを体験していないんで、実験がまだなんだ」


 上手にコントロール出来ているゆえの不都合だね。

 だからって、体調悪くさせてまで実験する意義とか、感じなかったからなぁ。


「誰か被験者になってくれる人とかいないの?」

「どうかなー。基本的にオメガであっても、隠していることが多いからね。女性ならまだしも、男性は内緒にしている場合が多いよ。オレなんかは、まだオープンな方なんだ。男でオメガだと監禁に近い人もいるらしい。情報が少ないから、正確には分からないけれど」


 国家レベルで把握していないことを、伯爵家レベルでどうこうしようってのは無理がある。だから諦めた。


「民間療法もあるんだろう?」

「その効果は例えるなら、頭痛にはラベンダーが効きます、くらいのものだけどね。後は自然に任せましょう、って感じだから。オレが使っているのは特別な処方で、かなり効果があるものらしいよ」

「ほう」


 分かったような顔してるけど、ルノワールは理解できてないんだろうなぁ。


「自然に任せているとヒートの期間っていうのは、かなりキツイらしいから。コントロールしているオレでも、ヒートの期間はそれなりにシンドイからね。自分の事しか分からないけど、ベースのコントロールすら出来ていないであろう他のオメガは、相当キツイんじゃないかな」

「どう対策しているんだろうか? 我慢しているだけ?」

「パートナーがいると、ヒート期間は子作りの期間だから。そう問題になっていないのかも。それでもキツイと思うんだよねぇ。個人差があるとはいえ、ヒートは一日で終わるようなもんじゃないから。パートナーが居たって、付きっきりでいて貰うの難しいでしょ?」

「それはそうだな」


 ルノワールが、ウンウンと頷いている。

 オレを嫁にするってことは、その役目はキミのだから。

 その辺は理解できているかな?

 まぁ、ルノワールには無理だろうけど。


「で、ヒートは年に何回くらいだっけ?」

「その辺も個人差があるから。三ヶ月に1回とか言われているけど、多い人もいると思うし。少ない分には楽できるけど、そうなると不妊の問題を抱えている可能性が出てくる」

「難しいね」

「うん、難しい。もうね。オメガが快適に過ごせるようにしよう、って発想を持っている人が、少なすぎるんだよね。うちの商会も、ヒート対策の商品化にダメだし食らってるしね」

「その辺のことはアルも把握してなかったな」


 確かに驚いたけど、納得もした。


「うん。たいしたことじゃないから情報が上がらなかったんじゃないかな?」

「いや、たいしたことだろう?」

「ヒート対策には妊娠すればいいでしょ、って考え方のヤツもいるくらいだからねー」

「そうかー」


 ホント、ルノワールってオメガに無理解。

 そんなんでよくオレとの結婚、受け入れたな?


「でもさー、妊娠って、そう何度も繰り返しできるわけないでしょ? 産んだらすぐに次って。無理だって。なのに、妊娠で対策しようとするから、妊娠・出産と次の妊娠の間隔が、十分に空けられないわけ。そうなると体が十分に休めない。だから結果的として、オメガの寿命を縮めてしまうことになる」

「そうなんだ」


 ルノワールは顔をしかめている。

 ご両親が亡くなっているから、残された子供として思う所があるのかも。


「人為的な影響もあるのに、オメガは弱い、って話になって。オメガはもともと弱いんだから大切にしたって仕方ない、って話になり。いつまで経っても、まともな魔法薬ひとつ市場に出てこない」

「うん。それは根深い問題だね」

「オメガの妊娠・出産が多いのは、オメガよりアルファの方が大事にされるし、欲しがられるから、って理由もあるけどね」

「あぁ、そうか。オメガとアルファなら、アルファが生まれる確率は高いから……」


 それも問題なのだ。

 オレは大きく頷いた。


「アルファを欲しがる家は多いからね。アルファとオメガだと、アルファが生まれる確率は高いから。アルファ目当てに、無理させる家も多いって聞いてる。それに出産するなら、若いほうがいい。早く結婚させて沢山産ませようと、考える人達もいる。そうなると体が未熟な状態での出産になるから、余計にリスクが高くなる」


 どんどんオメガにアルファを産ませたいって気持ちも分かるけど。

 それで早死にしたら、オメガにとってのメリットは何もない。

 アルファと番になったら、オメガも幸せになれるって話もあるけれど。

 番になったオメガは、安定はしやすい一方で、番となったアルファ以外と子を成すことは難しくなる。

 だが、アルファの方はそうじゃない。

 番になるとアルファのオメガへの執着は増すらしいが、オメガが死んでも次へ行けるし、浮気することもできる。

 アルファは次に行けるから、オメガの死について深刻に受け止めることは難しい。

 せっかくアルファは力を持つ上位貴族や王族に多くいるのに、オメガを守ろう、楽になるようにしてやろう、って感じにはなりにくいんだよね。

 悪循環だ。


「オメガは、使い捨ての子作り道具って感じだよね」


 オレは吐き捨てるように言った。


 ヒートをコントロールするより産ませるだけ産ませたいから放っておけ、ってことで世の中は回っている。

 オメガからしたら迷惑な話だ。


「お母さまが残してくれた処方を自分で改善したから、他のオメガに合わせて変えることは可能だと思うんだけど。なかなか動けないのが現実だね」


 母が残してくれた処方があったものの、それだけでは十分でなかった。

 オレは他にも知識や能力があったから、魔法道具や魔法術式、魔法薬などを組み合わせて色々と試し、自分に合った形へ整えていくことができた。

 だからオレのヒートは、かなりコントロール出来ている。

 魔法薬と組み合わせれば、ヒート時も普段と変わらない程度には過ごせるようになった。

 日常がそもそも普通じゃないけどな。それでもヒート期間の体調管理ができるのは楽だ。


 他人に影響を与えるフェロモン。これをコントロールできるのは大きい。

 オメガの心身が楽になることはもちろん、襲われる危険性が格段に減るからだ。

 オメガの希少価値を考えると誘拐などの危険が減るわけではないが、相手が暴走して襲ってくることは防げる。


「売り物にするには、もっと工夫しないといけないのは分かってる。でもオレが自分でしている体調管理くらいなら、今すぐ欲しいって言われても、そう難しいことでもない。将来的には誘拐対策の魔法道具を開発して組み合わせることで、安心してオメガが生活できるようにしたいんだ」


 ルノワールに目配せして、暗に両陛下の御子さまに使えるものだと知らせてみる。

 彼には伝わったようで大きく頷いていた。

 オレの作ったもので御子さまや他のオメガたちが、安全に、快適に、暮らせるようになったらいいな。

 ちょっとだけオメガに明るい未来を、オレは夢見た。

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