第10話 シェリング侯爵家の朝
爽やかな朝。オレは食堂に居た。
ルノワール・シェリング侯爵(バカ)は、デカいテーブルの向こう側で、優雅にコーヒーを飲んでいる。
テーブルの上に並んでいるのは、ベーコンに目玉焼き、ふかふかのパンにサラダ、温かなスープ。
朝食は美味かった。
オメガとして引きこもるように生活していたから、環境が変わって慣れるまでには時間がかかるだろうな、と思っていたのに。
朝からしっかり味わって食事ができたので驚いている。
オレって意外と図太いタイプだったようだ。
まぁ、兄たちに鍛えられていたから。
繊細なオメガちゃんたちに比べたら、メンタル丈夫なタイプな自覚はある。
でも、さすがに侯爵家なんて格上のトコへ突然くることになったから。
こう、もっと。精神的にキちゃうかと思っていたが違った。
なんか……秒で慣れたという感覚の方が近い。
オレは、人との接触を最低限に抑えて生きてきたから、他人に囲まれる生活というのが想像つかなかったけど。
気疲れしちゃうかな、とか思っていたけど。
早くもシェリング侯爵家に、馴染んでいるような気がする。
ルノワール・シェリング侯爵(バカ)が、バカなことをしてくれたおかげか?
セルジュとマーサが、温かな眼差しをこちらに向けているけれど。
なんも無かったからね?
分かってるよね?
ちょっとしたセクハラと、ちょっとした暴力があっただけだからね?
新鮮な朝のルノワール・シェリング侯爵は、キラキラと輝いていて、いかにもアルファって感じだ。
昨夜のルノワール・シェリング侯爵(バカ)とは、別人のように見える。
でもコイツが(バカ)である事実を知っているオレにとっては、ドキドキワクワク緊張しちゃうタイプの美形アルファ侯爵さまには見えない。
だから、オレは朝一番からリラックスモード全開だ。
長い足を優雅に組んだルノワールが、ゆったりとした口調で言う。
「今日は王宮へ行く」
「そうなんだ」
コイツ、声までイイんだぜ。
少し低めで澄んだ感じの声なんだ。
(バカ)だけど。
落ち着いたイイ声なんだ。
(バカ)だけど。
「王命について国王さまに説明して貰わねば。なぜ急に私とキミを結婚させたのか。意味が分からない」
「そうなんだ」
オレの声は、中途半端に高いだけで綺麗でも可愛くもない。
男らしさも、女らしさもない中途半端な声だ。
オメガという足枷つけるなら、もうちょっと特典つけてくれたら良かったのに。
「ん? 他人事みたいだな。キミも行くんだよ?」
「えっ、オレも?」
驚くオレを、ルノワールは呆れたように見た。
「ああ。だって当事者だろ? 当然じゃないか」
「えー……」
オレ当事者になっても、自力で物事を動かしたことないからな。
当然じゃなかったことが、突然に当然となったら、当たり前に戸惑うって。
「露骨に面倒そうな顔だな?」
「だって。面倒だもん」
ん、面倒。
自分の事だから自分も参加できて嬉しい、とかないな。
兄さまたちが優秀だったから、へーへーってうなずいていれば、まぁまぁうまくいってたし。
自分のことだから意見言っていいよ、っていわれても面倒って気持ちが先にくる。
これからは慣れてかなきゃいけないかなぁ、とは思うけど。
面倒は面倒だ。
「理由を知りたくないのか?」
「知ったところで意味あるの? 何も変わらないでしょ?」
顔をしかめるオレを見て、ルノワールは目を真ん丸にして驚いている。
なんでだろ?
「理由次第かもしれない。国王さまの思考は、意味分からん方向に飛んでいく時がある。事情を説明して貰えば、違う形で対応できることも考えられるよ」
「そうなのか? でも国王さまは、オレたちの初夜が未遂に終わったことなんて知らないだろ?」
「……ん?」
ルノワールが怪訝そうな表情をしている。
これだからツヨツヨのアルファはダメダメだな。
「王命で結婚させるより、処女(?)を失ったオメガの婚姻を無かったことにするほうが、問題あるよね?」
「……そうか」
ルノワールがウンウンと頷いている。
頭動くたびに銀髪キラキラすんのムカつく。
「そこは納得するのかよ」
「まぁ、な」
「オレたちは未遂だから婚姻解消して貰ってもいいけどな」
「えっ?」
驚いてこちらを見る整った顔。
侯爵で、アルファで、キラキラしてるくせに表情豊かだな、コイツ。
「えっ?」
驚かれたことに驚いて、オレはルノワールを見た。
「そこは、そのままでもいいのでは?」
とか言うアルファにオレは顔をしかめた。
「はぁ?」
意味わからん。なのに。
「ん?」
とか言って、甘い笑みを浮かべオレを見るアルファさま。
なんだコイツ。
昨日あんな対応しといて、結婚についてはノリノリだった、とか言うなよ?
言われても信じねーからな。
ま、いいや。
今大切なのは、そこじゃない。
「でもオレさー。国王さまに会うには、難があるんだよなぁ。一応、貴族だけども。キチンとした礼儀作法とか学んでないわけよ。オメガだから」
「……ん?」
意味わかんねぇ、って顔をしてオレを見るルノワール。
そりゃ、そうだよな。
オレだって一応は伯爵子息だから、礼儀くらい学んでると思うよなぁ。
それが普通だもん。
「だから、オメガは学ぶのも大変なんだって。学校行けないし。家庭教師選びも大変だし。個人での依頼になるから金かかるし」
「そうか」
とか言ってるけど、ホントに分かってんのかなコイツ。
「国王さまとの謁見なんて作法の塊だろ? 失敗して、不敬だぁー、って言われて。処刑されたりすんのヤだ、オレ」
「大丈夫でしょ」
そりゃ、お前は侯爵だから慣れてるんだろうけどさぁ。
「いや、マジでダメなんだって。ほぼ身内にしか会わない生活だったからさ。礼儀作法なんて必要なかったし。オレってば、自分に必要だと思わないことは学ばない、合理主義でもあるからさー。所作なんてマジメに学んでないんだよ。そんなオレに、王宮なんて無理ー。王宮へなんて行けなーい」
「んー。たしかに緊張はするかもしれないけれど。私も一緒に行くわけだし、相手は国王さまなわけだから。問題ないと思うよ」
「……いや、国王さまだから問題あるでしょうよ……」
ナニを言ってるんだ、この侯爵は。
国民全員からツッコミが入りそうなことを言うなよ。
「正面から行けば、色々と煩いけれど。裏から行くから。お忍びで会える方のルートを使うから大丈夫だよ」
「正面とか裏とか、あるんだ」
「ああ。王族だって親戚付き合いもあれば友人関係もあるからね。しかもあの方々は忙しいから。正式な挨拶を飛ばして時間を有効活用しないと間に合わない」
「ほぉ?」
なんかわけわかんないことを言ってるぞ、このアルファ。
「私も友人枠で、そっちを使うことがあるから。今回は、そっちルートで行く」
「それって国王さまが選ぶんじゃないの? こっちで勝手に決めていいものなの?」
「まぁ、国王さまだから。大丈夫でしょ」
「……その感覚がワカラナイ……」
よく分からないが、オレは国王さまと会うことに決まった。
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