第9話 ルノワール・シェリング侯爵(バカ)

「うがぁぁぁ……ちょっとした可愛いジョークだったのにぃ~。酷いじゃないかぁ~」


 オレの目前では、ルノワール・シェリング侯爵(22歳)が股間を押さえて呻いている。

 天蓋付きのデカいベッドで、素っ裸の美形が股間押さえて呻くという図は、シュールである。

 ちょっと事件っぽさすらある。


「……とりあえず何か着ろ」


 オレ(ミカエル・ランバート伯爵家三男(18歳))は、ガウンを裸の男に向かって放り投げた。

 ついさっきまで、オレはご機嫌だったのだ。

 気分よく風呂から上がってきたのに、ドア開けた途端に裸の侯爵とのご対面である。

 素っ裸ゆえ、侯爵の侯爵ともしっかりご対面を終えた。


 ご対面すべきところが違う。

 間違っている。

 オレは箱入りオメガの18歳である。


 ついこの間まで未成年だったのに、成人した途端に変態が解禁されるとは何事だ。


 夢見る乙女ではないけれど現実が過酷すぎるだろう。

 お兄さまのお兄さまも見たことないのに、ふざけんな。

 いきなり抱き上げてベッドに連れ込むとか、体の下に組み敷くとか、なんなの?


 サラッサラの銀髪とか、澄んだ青い瞳とか、長い睫毛とか、スッと通った鼻梁とか。

 薄くもなく、厚くもなく形のよい唇とか。

 バッキバキの腹筋とか、オレを余裕で抱えられる筋力とか、清涼感ある良い匂いとか、手触りのよい肌とか。

 なんかイロイロと持ってたって、許さないんだからな。ぷんぷん。


「ジョークでも『オメガにヤる以外の価値などない』なんて言うバカは股間蹴られても文句言えないだろっ!」

「うぅ~」


 ルノワール・シェリング侯爵(素っ裸)は、呻きながらゴソゴソとガウンを羽織った。

 なんだ、そのみっともない動きはっ!

 みっともなさもなんかカワイイとか思えるアルファ、許すまじ。


「ホントにもう……コッチだって突然のことでアレだっつーのに……もうっ……もうっ……」


 オレの心の底からこぼれ出る愚痴に反応して、ルノワール(バカ)が上目遣いでコッチを見た。


「だからぁ、ゴメンって」

「軽いっ」


 激おこぷんぷん演技モードにしとこうかな、と思っていたのに。

 コイツ見てるとムカつくんですけど!

 なんなの? コレ、なんなの?


「もう、堅い~。男同士のジョークじゃないか~。ミカエルちゃん、堅い~」

「そーゆー問題じゃないっ。それにミカエルちゃんってなんだよっ」

「ううっ……男同士のじゃれ合い……学校じゃ、よくあることじゃないかぁ~」


 なんだコイツは。

 オメガのオレが、そんなこと知るわけないじゃないかっ。


「オレはオメガだからっ。屋敷から出たことすらないんだよっ」

「え?」

 

 驚いた表情の美形がオレを見つめてる。

 だからなんだってんだよっ。


「っていうか、ココに来たのが初めての外出なのっ」

「は?」


 ポカンとするアルファさまも可愛げがあってよろしい。


 じゃなくてっ。


「そもそも、学校なんて行ってないしっ」

「んん? でも男……」


 なんで? なんで、こんな場面では簡単に男扱いされんの?


「オレはっ、オメガだからっ。普通になんて暮らせないのっ」


 話が通じないっ。

 世間一般でのオメガの扱いってなんなの?

 存在そのものがジョークなの?


 かなりシリアスにオレの人生を狂わせてるのにっ。


 オメガってナニ?

 都市伝説なの?

 オレの苦労は、なんだったの?


「もうっ、もうっ。王命で仕方なく嫁いだ夫が、とんだバカっ」

「ヒドイ」

「どっちが⁉」


 オレは、ガウンを羽織ってベッドから降りた男を眺めた。


「アンタは、どうせアルファなんだろ?」


 身長は兄たちよりも低いけれど、恵まれた体格をしている。

 適度に付いた引き締まった筋肉。

 長い手足。

 容姿にも、地位にも、経済的にも恵まれた男の人生なら楽勝なんだろう。


「襲われることを心配して、学校に行くどころか、家庭教師を頼むのにも慎重にならざる負えないオメガの生活、なんて。どうせアンタには想像もできないんだろけどさっ」


「確かに私はアルファだけど……女に迫られたり、襲われたりはするよ?」

「襲われる、の、中身がちがぁーうっ」


 あ、やっぱ。アルファとは分かり合える気がしない。兄たちもアルファだけど。

 ルノワール・シェリング侯爵(バカ)とは分かり合える気がしない。


「まぁーまぁー、落ち着いて?」

「落ち着けるかっ」


 怒り狂うオレに、ルノワールは呑気に言う。


「国王さまとは幼馴染なので、明日にでも王命の理由を聞きに行こ?」

「……」


 あーくそっ。

 人間関係にまで恵まれているのかよ、このバカは。チクショー。

 

「だから、今日のところは一緒に寝「イヤですっ」」


 オレは食い気味に即答した。

 どういう思考回路してんだよ、このバカは。


「オレはひとりで寝ます。はい、おやすみなさい」


 ルノワール・シェリング侯爵(当主)は、シュンとうなだれ、すごすごと部屋を出て行った。

 奥さま部屋と夫婦の寝室、バカの部屋は内扉で繋がっているらしい。

 廊下に出なくても行き来できるのは便利だけど、簡単に入って来られるのは考えものだ。

 オレはバカが出て行ったあとに、内扉の鍵をしっかりとかけた。


 なんか動悸息切れが酷いけど、不整脈かな?

 たぶん気のせいだけどなっ!

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