第5話 突然の嫁入り当日

「オレ、嫁に行くんだってさ。それも今日」


 兄たちに報告をすると、次兄は赤茶の目を真ん丸にして驚いた。

 当主である長兄は事前に承知していたようで、茶色の瞳に沈痛な色を浮かべてオレを見た。


「ミカエルが……嫁入り⁉」

「王命だから逃れられない」


 次兄は驚きの声を上げたが、長兄は冷静さの奥に沈痛な想いを込めて端的に説明した。


「いいよ。兄さまたち。オレが嫁げば済む話だ」


 オレはへにょりと眉を下げて、諦めを声に滲ませた。

 王命は絶対だ。家長を務めるのが長兄であっても、オレの嫁入りを止めることは出来ない。

 オレの嫁入りが決まって義母のタニアは上機嫌だ。


「ホントにおめでたいわねぇ。嫁入り先は侯爵家でしょ? これ以上の喜びはないわ。国王さまからの素敵なプレゼントね」


 邪魔な義理の息子が一人消えることと、相手が侯爵家であることが理由だろう。


「ああ、ホントに。お前のことなどを国王さまがご存知とは意外だったが、素晴らしい縁だ。お前が役に立つのは結婚くらいだからな。二度と戻ってくるなよ」


 父にしても、目障りなオメガの息子がいなくなることが嬉しいようだ。

 一応、血のつながりのある実父であるはずだが。

 亡き実母の手際のよいオレへの配慮が、実父に関しては仇になっているようだ。


「お前のせいで自分の好きに出来ない、と思い込んでいるようだからね。父さまは」

「ただの勘違いだけどな。もともと母さまは、父さまの好きにさせる気など無かっただろうし」


 長兄と次兄は慰めてくれるけれど、肝心な所はそこじゃない。


「実の父親だからって、無償の愛を貰えるとは思ってないけどさ……」

 

 一応、魔法道具で稼いでいるから貢献しているハズだけどね。

 何したってオメガじゃダメってコトかな? とグレたくもなる。


「父さまの態度なんて気にするな。嫁に行ったからって、僕たちが他人になるわけじゃない」


 ありがとう、ノイエル兄さま。


「辛かったら、言うんだよ? いつでも迎えにいくからね」


 ありがとう、ジョエル兄さま。


 両側からギュッと抱きしめられて、オレはふにゃりと笑った。


 ふっ……ホコリが目に入ったのかな……涙が……。


「心配だけどな」

「あぁ、嫁に出す気などなかったから。貴族らしい立ち居振る舞いは身についてないからね」


 ジョエル兄さまの言葉に、ノイエル兄さまが気遣わしげな視線をこちらに向けてきた。

 

 あ、気になるのソコ?


「ミカエルはずっと家に居る予定だったし。嫁に行ったとしても、屋敷内に居ると思っていたから。礼儀については、いささか心配かな」


 ノイエル兄さまが目配せをすれば、大きくうなずくジョエル兄さま。


 解せぬ。


「ノイエルはミカエルに甘いからな。まぁ、僕もだけど。でも、侯爵家となると、なぁ?」


 ジョエル兄さまにも甘いよ。だっていつも呼び捨てしても、ノイエル兄さまは怒らないでしょ。


「ああ、そうだね。屋敷内にいるといっても、ある程度の礼儀作法は必要だったかも」


 むしろノイエル兄さま、オレに厳しくない?


「普通の婚姻なら事前に了解を得ればいいだけだけど」

「王命で今日からとなると、準備期間ゼロだからね。心配だよ」


 ん。確かに。王命なのは向こうも一緒だから、不満がある可能性はある。

 そもそも、オレはオメガらしくないオメガだからね。

 不満を持たれる可能性のほうが高い。


 ヤバくね?


「身1つでこい、は、いいけどさ。護衛もなしでオメガを嫁がせるとか、ナイわー。ソレは、ナイわー」


 ジョエル兄さまが不満を口にすれば、ノイエル兄さまもウンウンと頷きながら言う。


「そうだね。お迎えくらいは、あちらの家から欲しいところだね」

「でもさー。オレが安心していられるような護衛を、急に手配できないよね?」


 オレの言葉に、ジョエル兄さまも、ノイエル兄さまも頷いた。

「それもそうだ」

「うんうん。こういう時に、普段からお付き合いのある護衛がいないのは痛いね」


 ランバート伯爵家にも護衛はいる。

 しかし、オメガであるオレを扱ったことがある人物はいない。

 話し合いの結果、オレは次兄に転移魔法を使って送られることになった。

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