不思議な生き物
及川稜夏
第1話
「ただいまー」
電気のついていないリビングに向かってユウは声をかけた。じっとりとした蒸し暑い空気だ。遠くから微かに蝉の鳴く声も聞こえてくる。
ユウはちょうど友達と遊んで家に帰ってきたところであった。家の中はシーンとして人のいる気配もない。
「姉ちゃ……誰もいないのかぁ」
まだ夏休みに入ってすぐであるから、両親は共に仕事に出掛けている。中学生の姉であるマユも今は部活で家にいない。まだ小学生であるユウだけが家にいる。
わかりきっていながらも少し寂しい。ユウは冷凍庫から取り出したアイスを持って、部屋に向かった。
ユウの部屋は、姉のマユとの同室であった。勉強机が二つ並んでありながら、使い分けは一目瞭然だ。
部屋の窓を開ける。
それから、難しそうな教科書が置かれ可愛らしい雑貨の飾られたマユの机を横目に、ユウは自らの机に近寄った。
机の端には配られてすぐでまだあまり解いていない夏休みの宿題がある。好きな恐竜のソフビや図鑑の置かれた机だ。
ユウは、椅子に座ってアイスを食べながら、自由研究について考えていた。ちょうど、夏休みに何か全力でやってみたいと考えていたし、元々観察や実験が好きなのだ。
ユウが今年は虫の標本でも作ってみようかと考えたところで、食べていたアイスがなくなってしまった。手元が暇になったユウが座っている椅子を回転させて遊び始め2回転くらいした時、視界の端に何か動くものがあることに気がついた。
それは、ちょうど手のひらの半分くらいの大きさで、隣のマユの机を跳ね回っていた。少し大きい気がするが、虫か何かだろうか。恐怖より好奇心が勝ってしまって、ユウは跳ね回る何かを捕まえた。そして、何やら虫ではないらしいと気がついた。何やらカクカクしていて丸いところもある。
「何だこれ、変なの」
そっと掴んだ物を見る。
「あれ、」
2のような形をしている。いや、2そのものだった。ユウは立体の2を掴んでいたが、そういう飾りではなく、さっきまで飛び跳ねていた。今も、ユウの手のひらに2の怯えて震えているらしき振動が伝わってくる。
「元に戻さなきゃ」
マユの机の上に、なぜか学年の数字のない数学の教科書を見つけた。きっとここから出てきたのであろうとユウは考えた。
「確か、さっきこの周りを跳ねてたからもしかして、こうすれば」
表紙に2を押し付ける。しかし、2が戻っていくことはなかった。
何だか、ずっと掴んでいるのが可哀想になった。話すと、2はまた跳ねるがどうやら表紙に戻ろうとしているようだ。しかし、数回繰り返すと、しゅんとしたような形になって動かなくなってしまった。
「しばらく、ここにいなよ」
通じているのかはわからないが、ユウは思わず声をかけていた。
「どうすればいいのかわからないけど、これ、飼ってみようかな」
何故だか分からない。何だか分からない生き物でもある。でも、この生き物を飼うと言ったら何だか怒られてしまいそうな気がして、ユウは2をこっそり匿うことにした。
ユウは、勉強机の棚の一つに箱を置いて、布を掛けた、教科書の表紙に2が戻れるまで、これを2の家にするのだ。
「ただいまー。いるんでしょ、ユウ」
姉の声が聞こえてきた。どうやら返ってきたようだ。棚の前の扉をぴたりと閉めて、おかえりと言いながら、ユウは2がどんな生き物なのかをもっと知りたいと考えていた。
不思議な生き物 及川稜夏 @ryk-kkym
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