高梨さんはパズルでできている

及川稜夏

消えた植木鉢

 とある高校の片隅。

 かちゃかちゃとルービックキューブの回る音。部室の片隅から聞こえるパズルについての談義の声。

 相変わらず僕には部長と副部長が語っていることと、少女によって、僕には到底解けないであろうパズルがものすごい速さで解かれていることだけがわかる空間。

 入り口に申し分程度にかかる「パズル部」の文字に、僕はここを選んだ自分を恨みたくなった。

 パズル部。ここはただのパズルからルービックキューブ、論理パズルに数学パズル、果てはとある一人によって推理まで専門にされてしまっている部活である。

 高校の部活か疑いたい。

 そんな部活を、スマホのパズルゲームが得意だからと選んだのが運の尽きだ。

 結果、僕は何にもついて行けてはいないのだ。

「漸くん、何そこにただ突っ立ってるのよ。そんな暇があるなら、そこの部長お手製のパズルでも解いていたら?」

 突然の呼びかけに慌てて振り向く。

 ルービックキューブを解いていた少女は部室内合計20個全てを一通り揃え終えたらしかった。

「僕は、ゲームするからいいよ」

「たまには、やってみてもいいじゃない」

 解けないことなどわかりきっている。

 少女、もとい高梨心羽は不機嫌そうに僕を睨む。だが、パズルが得意で推理まで専門にしてしまうどこかの誰かとは違うのだ。

「そんなんじゃ、私の助手だって務まらない」

 高梨さんは呟くが、僕はそんなものになれる気もなる気もなかった。

「じゃあ、その助手ってやつ辞めさせてくれないかな」

「それは無理ね」

 即答だった。

「わかったよ……」


 数日が経った。僕らは部室で事件解決を頼み込まれていた。

 部長たちもいない。ぼくは助手として早速高梨さんに駆り出されている。

 依頼主が話している。

「お願いします!」

 相当緊張していたのか、少女は早口に捲し立てていた。

「落ち着いて。名前を教えて、それからゆっくり話してくれればいいから」

 高梨さんが淡々と語りかけている。

 傍らで僕は、自販機で買ってきたばかりのお茶を並べる。

「私は、園芸部の木下楓です。先輩から聞いた話なのですが……」

 木下さんの話した内容はこうだった。

 園芸部では、植物はそれぞれ鉢に入っているらしい。

 そして、植物園で十二種類の植物を三つずつ育てている。

 先日、木下さんの先輩はこのうちの五個を取り出して、三つを部室に展示して、二つを学校の花壇の近くに並べ、三つを部室に展示した。

 そうすると、植物園と部室に三十三個の植物があることになる。

 そこに花壇の二つを足して、三十五個。

 植物が一つだけ足りないそうなのだ。

「私もすべて数えてみたのですが、植物は三十五個しかないのです。

 先輩は、自分で買い足すと言っていますが、なくなった一つがどうしても気になってしまって」

 高梨さんは黙って考えだした。

「植物園、花壇、三十五個……?」

 僕はぶつぶつと繰り返すが、何もわからない。

 ただ、何かが引っ掛かる。

 その時、

「解けたわ」

 高梨さんが呟いた。

 語り口は冷静だか、目の輝きが違う。

 それでも、僕にはこの事件の真相など全く見えてこない。

 そんな僕を見かねたのか、彼女は僕に助け舟を出した。

 簡単なことよ、と高梨さんは笑う。

「ここはパズル部らしくパズルでヒントを出してあげるわ、漸くん」

 こんな論理パズルがあるのだと高梨さんは語り始めた。

『ある旅館に三人が泊まりに来た。

 宿泊費は一人一万円の合計三万円。

 だが、割引中で、三人で二万五千円だと気づいた受付係は二千円をこっそり貰ってわ、三千円を三人に返した。

 三人は合計二万七千円を支払い、そこに受付係のくすねた二千円を足して二万九千円。

 残りの千円はどこへ消えたのだろうか』

 語り終えると同時に高梨さんは真面目な表情に戻った。

「このパズルと全く同じことが起こっているのよ」

 事件と同じで、どこか違和感があるが、うまく説明できない。

 全体は三万円。

 九千円×三人分で二万七千円。

 そこに二千円を足して、二万九千円。

 明らかにおかしい。なのに、違和感は説明できない。

 ふと、木下さんの方を見る。木下さんも悩んでいるようだ。

「問題文、思い返すといいわよ」

 問題を出してきた高梨さんが言う。

 事件をややこしくしたいだけではないのか、と思いながら頭の中で何度も繰り返す。

 そして、閃いた。

 二千円は足してはいけないのだ。

 三人は二千円多く払っているのだから、二万七千円から二千円は引かなければいけない。

 すると、お釣りの三千円を足して三万円なので辻褄が合う。

「正解よ」

 高梨さんが反応する。

「結果と現実が同時に語られているからややこしくなるのよ」

 これを事件に当てはめる。

 植物はもともと、三十六個あるはずだった。

 そしてそれを、先輩は部室に三つ、花壇に二つ移動させた。ならば、植物園に三十個しかないか、部室に二つしかないかにならない限り、二つを合わせて三十三個にならない。

「と、言うわけよ」

 すらすらと高梨さんが言う。

「意図的に計算をずらしたってことですか?」

 木下さんが問いかける。

「でしょうね。そして、特定のところが足りないと気づかれないよう、一つは場所をよく変えていたのかも」

 つまり、植物はすべてあるはずで、何かの理由で一つが隠されていると言うのだ。

 だとしたら、犯人らしき人は一人だけだ。

「木下さん、その先輩を呼びにいってくれない?」

 高梨さんがさも当然だという態度で言う。

 木下さんは、パズル部の部室から出て行った。

 そして、僕ら四人で植物園、花壇、園芸部の部室を周り、鉢に入った植物を数えていく。

 しかし、花壇に二つ、植物園には三十一個植物があるのだが、園芸部の部室には二つしかない。

「全部あるなんて、嘘じゃない。私は一つ足りなくて困っているのに」

 先輩が苛立ったように言う。

 高梨さんの推理は外れたのだろうか。

「いえ、ありますよ」

 高梨さんが、部室のかなり奥から出てきた。手に、枯れた植物を持って。

「これって……」

 木下さんが青ざめながら、先輩を見る。

 先輩も青ざめていた。

「枯らしてしまったのを、隠したかった」

 先輩が語り出す。

「だから、一つないことにして自分で買ってくれば良いって思ったの」

 こうして、事件は解決した。

 ひと段落し、高梨さんはルービックキューブを、僕はゲームをしながらくつろぐ。

 つい、思ったことを口に出していた。

「意外とあっさりと解決したけれど、僕はあまり貢献したとは言えない気がするよ」

 これは案外、僕の本音だった。

 考えても、手伝うことなんてできず、むしろ高梨さんにヒントをもらうまでズレたことを言っていたのだ。

「貢献、してたけど」

 高梨さんが手を止めて呟いた。

「私、漸くんの言葉で閃いたんだから」

 きっと、冗談だろうけれど、少し、自分が認められた気がした。

「それに、これでパズルに興味持てたでしょ」

 図星を突かれたような気がして、僕はパズルのサイトを隠した。

 事実だ。僅かだが、僕は前より興味を持った。

 遠くから、部長たちの声が聞こえる。

 数分もしないうちにまたいつも通りの部室に戻ってしまうのだろう。

 前より少しだけ居心地の良い部室で、こっそり僕は、次の事件を待ち侘びる。

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