02-2.後宮には怨霊がいる
「元々は馮充媛の下女だった。その際に酷い仕打ちを受けている」
「そうですか。それが噂の召し上げた理由でしょうか?」
「そうだ。後宮の噂と事実はかなり異なるが、酷い仕打ちから手を引かせる為のものだった」
俊熙の行為は意味があった。
しかし、それは藍洙の思い込みを激しくさせた。窮地を救ってくれた英雄に恋をする村娘のように、届きもしない手を必死になって伸ばし続けた。
それを利用されても、もう一度、会いたいだけだった。
理由は単純だ。愛していたから会いたかった。その単純な気持ちは次第に人を殺める呪術に染められ、呪いへと変わってしまった。
黄藍洙を知れば知るほどに同情してしまう。
彼女を支える者がいれば、結末は変わっただろう。
「馮充媛を恨んでおいででしたか。首に執着をしたのはなぜでしょう」
「そこまではわからないな。そもそも、怨霊の行為に意味などあるのか?」
「ございます。怨霊は人の成れの果て、最後の行動は未練を果たす為のものなのです。それさえも忘れてしまえば悪霊と化してしまい、無差別に人を襲うようになります」
香月の言葉を聞き、俊熙は考える。
「大前提として違うかもしれないな」
俊熙は怨霊を視えない。
だからこそ、理性的に考えられる。視えない、触れられないものに恐怖を抱く必要性がないからだ。
「馮充媛を襲ったのは黄藍洙なのか?」
俊熙の言葉に香月は目を見開いた。
「侍女に呪術に優れている者がいただろう。それも怨霊となっている可能性は否定できないか?」
俊熙は調査結果を聞かされている。
……柳陽紗。
昭媛宮の侍女頭である陽紗の遺体は、藍洙と同様に黒く醜い姿に変わっていた。墨のような灰に変り果てた姿は、彼女が呪術を使っていたことを意味している。
後日の調査の結果、燃えた人形に書かれていた字と陽紗の字が一致しており、藍洙を含めた昭媛宮の侍女たちを呪術で殺めたのは、陽紗であると結論付けられた。
そこまで呪術に長けているのならば、未練を残せば怨霊にもなるだろう。
「可能性は否定できませんね」
香月は頭を悩ませる。
……他にもいるかもしれないか。
一人だけでも恐ろしい者が複数いると考えるとぞっとする。
……結界を早々に強めなければ。
後宮を覆うほどの結界でなければ、怨霊はどこにでも行ってしまう。次の被害者を出す前になんとしてでも怨霊を祓わなければならない。
……充媛宮に行ってみようか。
正直、震えが止まらないほどに恐ろしい。
しかし、黄藍洙が香月を狙っている以上は避けては通れない。これ以上、罪を増やし悪霊へと変貌を遂げる前に防がなければ、香月でも倒せなくなる可能性がでてきてしまうだろう。
「柳陽紗は馮充媛に強い恨みでもあったのでしょうか?」
「ないだろう」
「恨みはないのですか?」
香月は驚いた。
……恨みではない?
それならば怨霊となるほどの未練を雹華に対して持っていたのだろうか。
……愛情の裏返しか?
陽紗は雹華に対して強い情を抱いていたのだろう。
「馮充媛の官女だった。恐らく、指示をしていたのは馮充媛だろう。そこまで調査は進んでいたのだが、まさか、殺されてしまうとは……」
俊熙は嘆いていた。
……調査は進んでいたのか。
もう少しで犯人まで辿り着いていた。
しかし、真相を知る人物はすべて殺されてしまった。
「怨霊から話を聞けないものだろうか?」
「無理です」
「即答するほどか。怨霊は話が通じないものなのか?」
俊熙は怨霊を視ていないからこそ、話せる相手だと思ったのだろう。
香月は顔を真っ青にしながら首を横に振った。想像しただけでも恐ろしい。香月は怖いものが大の苦手だった。
「祓うことはおそらくできます。ですが、対話は望まないでください」
香月は宝貝の持ち主だ。
氷叡剣で攻撃をすれば悪霊も祓える。
その為の武術は身に付けてきた。
「見かけたらすぐに攻撃をします。相手は怨霊です。人ではありません」
香月は迷いなく返事をした。
香月には怨霊と対話をする技術は持ち合わせていなかった。そういった特殊能力を持ち合わせ、怨霊の未練を解き放つことにより成仏させることを生業としている一族がいることは知っていたが、彼らを後宮に呼び寄せるわけにはいかない。
これは香月に与えられた試練だった。
翠蘭の仇を討つ為にも他のものに任せるわけにはいかない。
「陛下。教えてください」
香月は教えを乞う。
すべては玄家の誇りの為だ。
「翠蘭姉上は本当に自死でしたか?」
「……知ってどうする」
「未練を晴らしたいと思います。怨霊になる前ならば手を打てます」
香月は気づいていた。
翠蘭が怨霊になっていないということは未練を残していないか、未練を持ちながらも怨霊になるほどの力が残されておらず、地縛霊として留まっているかのどちらかであるということに、薄々気づいていた。
その確信がほしかった。
「翠蘭は玄武の舞を披露する場で失敗をした。麒麟はそれを見逃さず、彼女の命をもって奉納の義とした。――と、聞いている」
俊熙は香月から目を逸らした。
……その場に陛下はいなかったのだろうか。
翠蘭ではなく香月がその場にいたのならば、命を失うほどに衰弱はしなかっただろう。そもそも、舞の奉納を失敗しなかった。
麒麟の加護は四神の血筋にも大きな影響を与える。
しかし、翠蘭は玄家本家の血は流れていない。
父は貴族出身ではあるものの、どの家の出身者なのか、父と母以外誰も知らなかった。子どもたちでさえも、玄家の他にどこの家の血が流れているのか、知る者はいない。
「陛下は見ていないのですか?」
「香月の舞以外には興味はない。なにより、麒麟の加護は悪影響だと宰相に言われたものでな」
「さようでございますか」
香月は頷いた。
実際、香月は俊熙が来たことにより、奉納の舞を半端に終わらせている。
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