第21話 落ちる


「死んでいないって、どういう事ですか!?」


 最強肉食獣人の前に飛び出して死んでいない。そんな事あるのか? 


 だったら、この場所の説明がつかない。しかもマリアさんは、神の世界の住人だ。その人と会話している時点で、死んでいるということだろう、普通は。


「う〜ん……簡単に言うと仮死状態?」


「は? 仮死状態って……あの死んでいるようでいて、死んでいないというアレですか?」


「そうそう。魂が肉体から飛び出しちゃった状態ね♡」


 魂が肉体から出ちゃった状態ね♡ じゃ、ねぇよ。じゃあ、何か? 幽体離脱状態ということか?


 ただ、百歩譲って、マリアさんの言う通り仮死状態だとして、その時間が長ければ長いほど死に近づくと言うものではないのか。今は仮死状態でも、モタモタしていたら死ぬ可能性だってある。肉体が先に死を迎えてしまえば、魂は戻れない。


 本来であれば、こんなところで油を売っていて良い状態ではないのだ。ここに来てどれくらいの時が流れたかも不明だ。


 小首を傾げて、最重要事項を可愛く言うマリアさんに殺意を覚える。


「つまりは、このままここで油を売っていたら、本当に死んでしまうと言うことですね!」


「あら? そうね……」


 今気づいたという顔をして、ふふふと笑うマリアさんに目が点になる。


 ここに来た時から感じていたが、殿下の母親はとんでもないトラブルメーカーだったのかもしれない。人を振り回すのがとても上手い。しかも、それを無意識的に行ってしまう小悪魔的な女性。だからこそ、時の神は彼女に執着するのかもしれない。彼女が手元にいれば、退屈な日々だけは回避出来そうな予感がする。それに巻き込まれる者達は、良い迷惑だが……


 仮死状態になる直前の状況が状況なだけに、完全に死んでいないのであれば早く戻らねば、あの二人がどうなるかわからない。二人の争いに巻き込まれて私が死んだと思い込んでいたら、どんな行動に出るかわからない。今度こそ、二人で殺し合いなど開始していたら洒落にならん。


「あら、そうね。じゃありません! まだ、死んでいないなら一刻も早くここから元の世界に戻らねばなりません!」


「大丈夫よ。ここでいくら過ごしたところで、時は進まないわ。ただ、時の神に気づかれたらマズいことになるわね。今は仮死状態でも、時を進められたら、肉体が先に滅んでしまう」


「だったら、尚更この場所からすぐに戻らねば」


「そうね。時の神が、あちらの世界に行っている時でよかったわ」


「あちらの世界?」


「えぇ、アイツは今、アルスター王国にいるわ。憎らしいことにね」


「なんだって!? なんで、時の神がアルスター王国に?」


「ユリアス、忠告しておくわ。神は生き物の精神に干渉することが出来るの。簡単に言うと、心を惑わし、肉体を乗っ取ることが出来ると言うことよ。弱い心の持ち主ほど、神に肉体を乗っ取られやすい」


 神の花嫁に、神の声が聞こえるのと同じように、肉体を乗っ取りたい者にも神の声が聞こえたとしたら、どうなる?


 幼い頃から神殿で巫女になるための教育を受けてきた者であれば、神の声に精神を破壊され肉体を乗っ取られることはないだろう。しかし、神とは無縁の生活をしてきた者の頭で神の声など響いてみろ。下手すれば発狂する。


「マリアさん、巫女教育の真髄は、神に精神を乗っ取られずに、神と対等に渡り合う能力を身につけることだったのですね?」


「そうよ。でなければ、あっという間に神に精神を乗っ取られるわ」


「つまり、アルスター王国に時の神が降りていると言うことは、時の神に精神を乗っ取られた者がいると言うことですね?」


「えぇ。ただ、私もそれが誰かまではわからない。でも、時の神の行動心理を考えると、ロイやアルフレッドに近しい者の体を乗っ取っている可能性が高いわ」


「王宮に勤めている者、または王族……か」


「だから、お願いよ。アルフレッドのこと、よろしく頼みます」


 そう言って、私の手を握ったマリアさんの手は震えていた。


 本当は、すぐにでも愛する者を助けに、下界へと降りたいだろう。


 感情を必死に抑え耐えている彼女の姿が、前世のタマを失った時の自分と重なる。大切な者を助けることも、守ることも出来ない、不甲斐ない自分を責めることしか出来ない日々は想像以上に辛いものだ。


「マリアさん、改めて私と手を組みましょう。時の神をギャフンと言わせるための同志として」


 握られていた手をキュッと強く握り返すと、マリアさんも握り返してくれる。


「えぇ……えぇ。ユリアス、ありがとう……」


 幼い子供のように涙を流しながら笑うマリアさんの姿が消えていく。


「アルフレッドに伝えて。愛していると――」


 光の粒となり天へと上っていくマリアさんへと、叫ぶ。


「――必ず!」


 最後の光の粒が消えていく。それを見つめ手を振った瞬間だった。足元が一気に崩れ、闇へと落ちていく。


 嘘だろ……今度は、どこへ落ちていく……


 魂のはずなのに、どんどん落ちていくスピードが速くなる。そのスピードに堪えられず、目を瞑るしかなかった。


 やっぱり、死ぬのか――





「「――ユリアス……ユリアス!!」」


 深淵へと沈んだ意識が、自分を呼ぶ声に反応し浮上していく。


「ユリアス先生!! しっかりしてください!!!!」


「ユリアス!! 目を覚ませ!」


「……タマ……ポチ……馬鹿野郎どもが……」


 心配そうにこちらを見つめる瞳を見つけ、自然な笑みが浮かんでいた。

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