第19話 神の戯れ


――時の神とは、別の名を時の番人と言う。


 生きとし生けるもの全ての生死を司る神であり、悠久の時の流れを管理する番人である。そんな言葉が記憶の奥底から呼び起こされる。


「時の番人とは、永遠の時を生きてきた神の一人よ。彼らに生死の概念などないわ。彼らにとって魂とは、時という輪の中で生を変えながら、永遠にクルクルと周り続ける存在なだけ。その魂が、どのようなタイミングで生を移っていくかは、あらかじめ決められているの。その生と死の移り代わりを管理、手助けするのが時の神の仕事なのよ」


 魂は、器をかえながら永遠の時を生き続ける。輪廻転生の概念をマリアさんは言っているのだ。前世の記憶を持って生まれてきた私の存在こそが、マリアさんの言葉が真実であることを物語っている。


「時の神であれば、次の生のタイミングを狂わすことが可能ということですね?」


「えぇ。私達にとっての数年など、彼らにとっては数秒に過ぎないのよ。その程度の時の調節など造作もなくするわ」


 つまりは、今世の私の生をアルフレッド殿下が生まれる以前に設定することなど、時の神ならば簡単に出来ると言うことだ。しかし、時間軸を狂わす事が出来ると言うことがわかっても、私が前世の記憶を持って生まれてきたことの説明にはならない。


「今の話だけでは、私の前世の記憶にマリアさんがどう関わっているかの説明にはなっていません」


「そうね、その通りだわ。それを話すには、私がアルフレッドを身籠った時の話をしなければならない」


 殿下を身籠った時というと、マリアさんが亡くなる1年前くらいの話か……


「神殿から連れ出された私は、その後紆余曲折あり、あの人と結婚したわ。それから、すぐにアルフレッドを身籠ることになるのだけど、その時になって沈黙を続けていた時の神の声が、突然聴こえ始めたの。あえて時の神は、子を身籠るのを待っていたのかもしれないわ。自分を裏切った私を苦しめるためにね」


「なんとも執念深い神ですね」


「神なんてみんな同じようなものよ。気に入らない事があれば癇癪を起こし、それが災いとなり降り注ぎ、お気に入りの存在は常に手元に置いておかねば気が済まない。まるっきり子供と一緒ね。一番タチの悪い子供と一緒。そして、困ったことに、悪知恵がとても働くのよ」


「つまりは、自分を裏切ったマリアさんに復讐する機会をずっと伺っていた」


「そう言うことになるわね。生贄として、自分の元へ差し出される筈だった花嫁が来ないと知った時、一番残酷な方法で復讐しようと思ったのではないかしら。私やあの人を殺すでもなく、生まれてくるアルフレッドに過酷な運命を与えることでね。どうして、アルフレッドは赤毛で生まれてきたと思う? 本来であれば、肉食獣人と草食獣人との子では、肉食獣人の特徴を備えて生まれてくるわ」


「そうですね。狼獣人と鹿獣人の子であれば、狼獣人の特徴が色濃く出るのが通常です。遺伝的に劣性の草食獣人の特徴が表に出てくることはまずありません。つまりは、本来であれば、アルフレッド殿下の外見も狼獣人の、しかも王族の特徴を色濃く継いで産まれてくるでしょう。しかし、アルフレッド殿下は、鹿獣人の毛の色、赤毛で生まれてきた。まさか、ここにも時の神が何らかの干渉をしたと言うことですか?」


「直接、時の神が遺伝子的な干渉を行えるとは考えにくい。ただ、神にも色々な序列があるの。最高位に位置する時の神の命令であれば、下位の神は断ることは出来ないわ。遺伝的な何かに干渉できる神が間に関与している可能性は高い」


 どの世界でも、身分制度というものは存在するのだ。神の世界ですら下位の者は、上位の者に逆らえない。


 アルスター王国も同じだな……


 ましてや、魂が器を代えながら生きる、あの世界を変えようだなんて考える方が間違っていたのかもしれない。だからこそ、マリアさんは神の怒りをかい、子孫にまで、その影響を及ぼす結果になっている。


「弱い者が声を上げたところで、何も変わらないのですよ。神の世界がそうなのだから、獣人の世界だって同じだ。マリアさんが、成し遂げようとしていた事は結果として無意味だった。それだけではなく、自身の子であるアルフレッド殿下をも巻き込んでしまった。親のエゴに子を巻き込むなど、最低です」


「貴方の言う通りよね。結局のところ、私のエゴに、あの子を巻き込んでしまったも同然なんだから。でも、あの子を産んだ事、後悔などしていないわ。あのまま生贄として神に召されていた方が良かったかもしれないと何度も考えた。でもね、最後に想うのは、自分の命を犠牲にしても、愛する人との子を産んで良かった、自分が生きた証を遺せて良かったと言う気持ちなのよ。勝手な母親だと思う。神の復讐が、あの子へ行くと分かっていて、アルフレッドを産む選択をしたのだから」


――やはり、そうか……


「時の神は、貴方に自分の命とアルフレッド殿下の命、どちらを取るか選択させたのですね?」


「えぇ、そうよ。その上で、アルフレッドの生を取る場合、あの子に呪いをかけると言ったの。それが、あの姿。赤毛の狼という外見だったのよ」


――まさしく、呪いだ……


 殿下は、あの外見のせいで王族でありながら、不当な扱いを受け、命まで狙われている。


 そんな状況に追い込まれる事が分かっていながらも、アルフレッド殿下を産む選択をしたマリアさんの気持ちがわからない。


 自分の命と引き換えにしても、愛する人との子を産みたい。自分が生きた証を遺したいという、彼女の気持ちを私が理解する事は一生ないだろう。


 これが、男と女の違いなのか……


「マリアさん、私は貴方の生き方には賛同できない。どう考えても、アルフレッド殿下を産む選択をしたのは、貴方のエゴとしか思えない。私だったら、自分の腹を痛めて産んだ子の人生が過酷なものになると分かっていて産む選択など出来ない」


 自分の子が、自分のせいで呪いをかけられ、不幸な人生を送るかもしれないと考えただけで、辛い。しかも、その子の人生を側で見守る事すら出来ないのだ。


 今のマリアさんのように、遠くから見つめる事しか出来ない。その子に何が起ころうとも、見守る事しか出来ないなんて、耐えられない。


 そんな状況になってもなお、アルフレッド殿下を産んで良かったと言えるマリアさんの強さはいったい何なのだろう?


 これが、母と言うものなのだろうか……


「――なんて、残酷なんだ……。時の神と言えども、そんな事許されていいはずない」


「そう思える貴方だからこそ、アルフレッドは貴方を最後まで欲したのね。貴方の元から引き離され、今世へと戻されてなお、貴方の記憶を残すほどに、恋しかったのね、桜庭宗次郎の事が」


「えっ? 今世に戻された? まさかアルフレッド殿下は、前世にいた事があるのですか?」


「そうよ。貴方の前世、桜庭宗次郎が助けた子犬、アレこそが、今世から転移したアルフレッドよ」

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