第2話:俺がクラスS冒険者を辞めた理由


 大家さんは、俺の目の前でジャラジャラと銀貨5枚を弄び、懐をに入れる。


「まあ、全然足りないけど、今日はこれぐらいで勘弁してあげる」


「オニ! アクマ!!」


「……ほう?」


「なんてね! お綺麗な大家さんで、ボク、ドキがムネムネしちゃう!」


「よろしい」


 とバタンと大家さんがドアを閉めて出ていった。


「何故住むというだけで金がかかるのか! それはおかしい! これは不当な搾取ではないか! 政治家は何をやっているんだ! 国民の為に尽くすのが政治ではないか!」


 と一人ゴチたところで何も変わらない。


 ぐうと腹が鳴る。


「はらへったー」


 と言葉だけは少年漫画の主人公みたいな言葉を吐くも、そこには夢も希望もない現実があるだけだ。


 それにしても、どれだけたらふく食べても腹は減る、人は一日に複数回の栄養補給をしないといけない、なんと燃費の悪い生き物か。


 しょうがない、今日も奥の手を使うか。


 と俺は、食料保存庫より、カチコチのパンを強引に引き延ばし、マヨネーズをかけてグルグルとまく。


 この原価銅貨1枚の貧乏飯の、その名はずばり。


「これが異世界版ベルムス巻だ!!」


 もぐもぐ、うまいうまい。


 日本の漫画文化は偉大なり、おかげでこうやって糊口をしのいでいる。


 そう、日本の漫画文化のとおり。



 俺、ガグツチ・ミナトは異世界転生者だ。



 と、そんな割とどうしようもない感じで異世界転生と自己紹介したわけだが。


 さっきの大家さんの言葉のとおり、俺が経営するギルドは、閑古鳥も声が枯れて鳴けなくなったような経営状態しており、見てのとおり貧乏暮らし。


 えーっと、この世界での冒険者ギルドってのは。


 カランカラン。←扉に備え付けの鐘が鳴った音


「っと来訪者!」


 スタタっと直立不動で出迎える。


「こちら、ギルドギリアンのギルドマスター、ジョー・ギリアンと申します。どんなクエストでもお受けしますし、冒険者登録をしてくれれば入門クエストもサポート万全! 今なら洗剤もお付けしますよ!」


 と頭をあげた先。


 2人のカップルが立っていた。


 彼氏がガイドマップを見ながら問いかけてくる。


「あれ? ここって喫茶店じゃないですか? 確かガイドマップでここだと」


「……あーちょっと見せてくださいねー、あ、なるほど、この喫茶店の場所は「裏通り」じゃなくて「表通りの裏」ですねー、私も何度か行ったんですがケーキが美味しいですよー」


 との彼氏に説明するが隣にいた彼女が眉を顰める。


「なんか、ボロイし、かび臭いような、ここ何をしている所なんだろう」


「ば、ばか! 失礼だろ! えっと、お忙しい中失礼しました、ありがとうございました! それではっ!」


 とカップルはいなくなった。



「アイツらマジ別れろ!!」



 そりゃあ、ここにギルドを構えた理由に金が無かったから賃金の安い裏通りでボロなのは認めるが、男の浪漫というものがあるのだ。


 さて、さっき俺はジョー・ギリアンと名乗ったが、繰り返すとおり俺の名前はガクツチ・ミナトだ。


「ふっ、そう、ジョー・ギリアンとは偽名、クラスD冒険者も仮の身分、つまり世を忍ぶ仮の姿、何を隠そう俺は世界最高位のクラスS冒険者の1人なのだぜ」


 チューチュー ←鼠


「あーー!! お前この間俺の生命線(パン)をかじった奴だな!! そこになおれ! 成敗してくれる!!」


 と箒をもってバンバンと叩きつけて追い払う。


「ったく! なんで貧乏人の俺の家に来るんだよ! 食料なんて他にはあるだろーが!」


 と俺の気迫に負けて鼠は慌てて逃走していった、大勝利、ネズミに勝った。


「…………」


 いや、本当だよ? 本当にクラスSだよ?


 ならどうしてこんな場末でクラスDの冒険者でギルドを経営しているのかって?


 まあ、聞いてくれ、聞くも涙、語るも涙の話なんだよ。


 日本から異世界転移した先は、中世的な世界、剣と魔法があり、魔物の脅威、そして色々な国があり、それぞれの思惑が飛び交う世界。


 そこで俺は、お約束通りのチート、無敵の戦闘能力を手に入れた。


 んで無敵の戦闘能力を手に入れた俺は、これまた異世界転生しての定番の憧れ、冒険者登録をして異世界生活がスタートした。


 最初は楽しかった「あれ~俺なんかやっちゃいました?」とか異世界転生俺TUEEイベントは一通りやった。


 頼れる信用できる仲間も得て、ランクも史上最速を更新してクラスAに昇格が決まり世界からも注目されて、、、、。



 そのあたりから雲行きが怪しくなってきた。



 そこからは完全に政治の世界だった。


 そりゃそうだ、クラスSじゃなくてもクラスAって時点で文字通りの一騎当千、例えば凶悪魔物を倒せる冒険者を利用したい人物なんて山ほどいるし、国家と密接に関係してくるA級冒険者の動きには莫大な金が動く。


 その為、王族と貴族と始めとした所謂各国の上級国民に対しての接待漬け。


 んで名前も世界的に有名になった結果、街すら自由に歩けなくなった。


 隙を見て抜け出して歩けば功名心にかられた奴らからひたすら決闘を挑まれ、撃退しても逆恨みされ、撃退しなかったら逃げたと中傷され、訳の分からん勢力に拉致されそうになるし、暗殺されそうになるのも日常茶飯事。


 受けるクエストも自由ではなくなり世界ギルドからの斡旋のみ。


 そしてクラスSになって、冒頭で述べたとおり、金と地位と名誉は全部手に入った。


 だが手に入ってみるとこれほどまでに自分にとって無意味だとは思わなかった。


 地位は、俺にとってはしがらみしか生まず。


 名誉なんて、ただの紙切れ。


 金は、使う機会も無くなった。


 つまり地位も名誉も金も「上手に使う能力」が求められるんだ。


 そりゃあ、金も名誉も地位も、それらを全部得た自分の姿に憧れがあったさ。


 だけど憧れはあったけど、俺には意味がないものだったって話だ。


 繰り返されるそんな日常にほとほと嫌気がさし、やけくそになった俺はこういった。



――「俺は黒髪ロングの巨乳美女が好き!! 俺に依頼したい!? じゃあ連れてこいや!!」



 今までの気が付いた人もいるだろうが、異世界転生物のお約束は一通りやったが、ハーレムだけは無縁だったんだよな(怒)。


 ほら、それこそ定番じゃないか、みんな大好きな可愛くて性格も良くて健気で可憐で主人公に一途な異世界ヒロイン。


 しかも出会い方なんてどうでもいいところがまた良し、奴隷をハーレムにしてヒロインしても大丈夫ってぐらいなんでもありなんだぜ、異世界万歳だ。


 え? どんな女が来たかって?


 そうだなぁ、、。



――「早く、終わらせてください」



 と涙を流しながらベッドに横たわる、実家の借金のカタに連れてこられた黒髪ロング巨乳美女。



――「はっ! どんなクズかと思ったが、これはとんだ醜い顔だな! クズに相応しい顔だ!! さあ触れた瞬間に喉をかっ切ってやろう! 血まみれの私の死肉ならば好きにすればいい!!」



 と自分の喉にナイフを突きつける、政略戦争に負けた黒髪ロング巨乳の姫君。



「…………」


 ふっ。


「勃つかぼけーーーーー!!!!!!」←●指を立ててる


 そもそも論として、なに? これでその気になって押し倒すとか思われていたの? これで接待が成立すると思ったん? 馬鹿なの? 死ぬの?


 ここでもやけくそになった俺は、まず借金のカタにされた女の子の家族がした借金、これが闇金だったので全員縛り首にしてやった。


 んで続いて政略戦争で姫を嵌めた奴がもー分かりやすいぐらい悪い屑だったから、悪事を公にして全員捕まえて、その姫にくれてやった。


 え? どうせこの2人がヒロインになってハーレム構築するんだろうって?


 ううん、だって2人とも救ってあげた後、前者は有名商家のイケメン御曹司と結ばれ、後者は、後者は隣国のイケメン若君と結ばれたよ?


 そもそも論として助けてやるから身体を捧げろなんていう男なんて最低じゃん、当たり前だよ?


 だからなのかな、黒髪ロング巨乳美女を与えればと利用できると同じような美女が俺の周りにわらわらと集まってきたのさ☆。


 異世界チートハーレム物語、ここに完成。



 プチン ←何かが切れた音



「モーーヤダ!!! 冒険者辞める!!!」



 もちろん当時のクラスSの冒険者を引退なんてさせてくれるわけがない。


 だから世界ギルドに手紙を一方的に送り付けて失踪、世界ギルドが大騒ぎだったらしいが知ったことではない。


 本来ならこんなことすれば永久追放なのだが、クラスSという事で籍だけは残ることになったとかならなかったとか、どうでもいい、クラスSには全く未練はない。


 金は持てるだけ持って、俺は容姿と名前、容姿を魔法で変えて、名前はさっき言ったジョー・ギリアンと名前を変えて再び冒険者登録、今度は目立たずコツコツ実績を重ねて、クラスDに昇格したところでギルドを開設、ノンビリ過ごしている。


 ああ、そうそう、ギルドを開設したのは、冒険者世界が把握しやすいこととクエスト受けるのに直接把握できるから便利ってのもある。


 補足すると現在クラスS時代の資産は結果かつての仲間が管理しており俺の自由には使えない、んで持ってきた金は全部使い果たしてしまった。


 だから貧乏は切実な問題なのである。


 カランカラン。


「っと来訪者! 今度こそ!!」


 スタタっと直立不動で出迎える。


「こちら、ギルドギリアンのギルドマスター、ジョーギリアンと申します。どんな依頼でもお受けします、冒険者登録をしてくれれば、入門クエストもサポート万全! 今は洗剤をお付けしますよ!」


 と頭をあげた先。



 そこに、簡易なドレスに身を包み、髪の長さが腰まで達しようかという1人の女性が立っていた。



 彼女は俺のクラスS時代の仲間である、クォイラ・アルスフェルドだ。



:用語解説:


・ガクツチ ミナト・

 クラスS冒険者ではあるが、今はクラスD冒険者としてジョー・ギリアンと名と姿を変えて、ギルド・ジョー・ギリアンを開設、貧乏暮らしだが自由を謳歌している。


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