灰色の令嬢〜眠る力と蘇る記憶〜

夢花音

第1話 灰色の運命を超えて【アリエルの覚醒】

異世界の煌びやかな貴族の屋敷は、外の喧騒とは裏腹に静寂に包まれていた。その華麗な外見に反し、内部には秘密が隠されていた。


屋敷の一角にひっそりと立つ物置小屋は、長い間、誰も近づくことのない場所で、そこに監禁されている少女がいた。明かりはロウソク一本で、窓もない小屋だった。ロウソクはあっても火をつけることはできず、彼女はそれを知らなかった。乳母は通っていたが、アリエルが3歳の頃にいなくなった。


それからは、日に二度、朝と夜にメイドが薄いスープとパンを一つ置きに来るだけだった。彼女の名前はアリエル。生まれてからの8年間、唯一の友は物置小屋の冷たい壁と、埃まみれのベッドに古びた絵本だった。


アリエルの髪は灰色、瞳もまた灰色で、両親や一族の誰一人にも似ていなかった。また、出生の時に神官から受ける「祝福スキル」も文字化けして誰も読めない、クズスキルだった。それを理由に、アリエルは「異端」とされ、両親からも家族として扱われることはなかった。社会から切り離され、無視される存在――それが彼女の運命だった。


ガリガリに痩せこけた身体を引きずるようにして、ぼろぼろな革表紙の本を手に取り、その中に書かれた物語に心を寄せることで、彼女は少しだけ外の世界を感じていた。物語の主人公は、美しい金色の髪と青い瞳を持つ貴族の娘だった。乳母がアリエルに文字を教えるために買ってくれた絵本だった。


アリエルは彼女に憧れた。自分の灰色の髪を見るたびに、嫌悪感を抱くアリエル。「私も美しくなりたい」と彼女は小さく呟いた。しかし、その声は物置小屋の静寂に吸い込まれるばかりだった。


ため息をつくと、ふとアリエルは思った。「私の髪は灰色ではなくてアッシュグレーなんじゃないの?でもあれは白髪隠しとか言われていたよね?あれ?アッシュグレーってなんだっけ?白髪隠しって何?」


そう呟いたとたん、頭の中に見たこともない景色の記憶が怒涛のように流れ込んできた。しばらくして落ち着いてきたアリエルは、自分が地球の日本からの転生者だと全てを理解した。


改めて小屋の中を見渡すアリエル。


アリエルは生まれた瞬間から、その運命を背負わされていた。灰色の髪を持ち、小柄な体つきだったため、「ネズミ」と蔑まれ、両親からも疎まれる存在となった。


両親のどちらにも似ておらず、灰色の髪など見たこともない不気味さに、出産直後の母親は悲鳴を上げて気を失った。アリエルはその瞬間から屋敷の物置小屋に閉じ込められ、8年もの間放置された。


乳母もつけられず、生まれてすぐに物置小屋へ放り込まれたアリエルは、いつ命を落としてもおかしくない状況に置かれた。むしろ両親は彼女がそのまま死ぬことを願っていたのである。


しかし、アリエルの誕生が外部に漏れる事態が起こった。外からの目が向けられることで、容易に殺すことができなくなった両親は、仕方なく乳母をつけ、乳母が去ったあとは一人のメイドを世話役としてつけた。


この乳母とメイドは、屋敷の執事ローデンの身内であり、アリエルのことを外部に漏らしたのもローデンであった。


ローデンのスキル「直感力」がアリエルが神官から受けた「祝福」の文字化けしたクズスキルが、とてつもない力があると告げていた。


ローデンはせめて命だけでも守ろうと身内をアリエルにつけたのである。しかし、それだけだった。確かに命だけはギリギリ守られた。


ゆっくりと小屋の中を見渡し、アリエルは再びため息をついた。時間はわからないが、日はかなり沈み始めている。全く、自分がどれだけ危うい状態なのか前世の記憶を持つアリエルにはよくわかった。


4畳半ほどの小屋にあるのはベッドとバケツのみ。トイレはどうしていたのかと記憶を探ると、バケツがトイレ代わりだった。身体中が痒い。記憶を探っても風呂に入ったことは無い。そもそもアリエルは風呂を知らなかった。


余りの虐待ぶりに怒りを通り越して殺意が湧いてきた。まだ力が弱い。体力をつけて健康になったならかならず復讐してやると、心に誓った。


今はとにかく、身体を洗いたい。どうにかならないかと考えた。ふと、魔法は使えないのかと思い立ち、転生もののお馴染みのあの言葉を言ってみた。

「ステータス」。


すると、ビュンと低い音がして目の前に透明なガラスの液晶画面が現れた。なるほど、アリエルは納得した。確かにこれではなんと書いてあるのか分からないだろう。名前と年齢以外は全て日本語だった。


今の状態で体力はかなり低いと思う。当然だな。状態異常は栄養不足····飢餓状態。魔力は無限…無限?! 魔法は使える?使えるよね。スキルは未解明の可能性、魔法は生活魔法と鑑定! 鑑定!かなりいいスキルだ。WEB小説にハマっていた前世の記憶では鉄板だ。


しかし、体力が20……知力は500!これも前世の記憶があるせいね。幸運は7。うん、なんとなく分かっていた。低いよね、それもとてつもなく。


とにかく魔法!鑑定もチートよね?それから、未解明の可能性?なにこのスキル。まぁ、まずは魔法よ。生活魔法しか使えないの?ううん。今はとても必要な魔法よ。魔法は生活魔法上級。


説明と書いてあるボタンがあるからここを押せばいいのかな?まず体力。


ポチッと押すと体力の説明が出てきた。


体力は平均は10代女性で100。成人女性で150~200

と出てきた。やっぱり、20ってかなり低いよね。知力は……確認する必要ないか。


次は生活魔法だよね。生活魔法の説明のボタンをポチッと押した。


水魔法:必要なときに水を生成・浄化する魔法。料理や掃除に便利。


火魔法:炎を起こす魔法。料理に役立つ。


清浄魔法:物理的な清浄や浄化を行う魔法。汚れや悪影響を除去し、健康を促進する。(健康促進魔法 栄養補給を強化し、体力や免疫力を向上させる)


料理魔法:材料を瞬時に調理する魔法。食事の準備が簡単。


掃除魔法:環境を自動で清掃・整理する魔法。手間を省く。


植物育成魔法:植物を速やかに成長させ、病気から守る魔法。


照明魔法:光を自在に操る魔法。必要なときに光を作り出す。


フルヒール:完全な治療魔法。あらゆる病気や怪我を治す。


凄い!チートじゃん!これ全部今すぐに必要だよ!


あとはスキルだけど、なんか難しそうだからとりあえず魔法を試してみよう!確か、前世での小説とかだとイメージが大事とか言っていたような、、、クリーンで使えば全部効果あるのかな?


やってみよう。「クリーン」。そうアリエルが唱えると、アリエルの身体が淡く光り、汚れは瞬く間に消えた。


着ているぼろぼろのドレスも汚れが無くなった。汚れと垢でベトベトだった髪の毛もサラサラになった。思った通りアッシュグレーだった。


次に、健康促進魔法をかけた。言葉にするのがちょっと恥ずかしくて心の中で唱えたが、問題なく魔法は発動した。


今まで、空腹感は無く(多分慢性的で感じなくなっていたのだろう)いつも、体がフラフラして、力が入らなかったが、魔法をかけた途端に腹の底から力が湧いてくる感じがした。何よりフラフラしないで体が軽い。


「とりあえずは、これで命の危機はないわね」とアリエルは一人ごちついた。


しかし、やはりちゃんとした食事は、必要だから考えなくてはならない。


それから部屋とベッドにもクリーンをかけて、アリエルはもう一度、よくステータス画面を見た。スキルもちゃんと把握しておかないと駄目よね。と未解明の可能性の説明をポチッと押した。


未来の予知:特定の瞬間に未来の出来事を断片的に見る能力。この予知によって、危険を回避したり、他者に助言をすることが可能。予知は、直面する選択や状況によって変化。稀に意識が未来に触れることで直感的な洞察として現れることもある。


スキルの模倣:他者と触れ合うことで、その人の特定の能力を一時的に借りることができる。戦士と接触した際には戦闘スキルを、魔法使いと触れ合った場合は魔法を使えるようになる。この模倣は一時的であり、対象者との関係が深まるほど、より強力な能力を引き出すことができる。


マルチタスク能力:状況に応じて複数の能力を同時に使用できる力。さまざまなスキルや魔法を組み合わせることで、特定の困難な状況を解決するためのオリジナル魔法を生み出すことが可能。


時空間の歪み:短時間だけ時間を巻き戻したり、特定の場所に瞬時に移動する能力。この力は非常に不安定であり、感情に左右されやすい特徴がある。


現実の修正:自分や周囲の人々の現実を一時的に変えることができる能力。特定の状況を一時的に改善することが可能。非常に不安定であり、発動後にどのような影響を受けるかは未定。


アリエルは余りの強力なスキルに言葉を失った。生活魔法も充分チートで、もうそれだけでどこでも生きていけると思っているのに、このスキルはチートどころではない。


万能、神スキル!だけどリスクもあるらしい。今は使えない。けれどもこれを使いこなせれば復讐なんて簡単じゃん。アリエルはニヤニヤとした。


リスクは今はまだ高すぎる。まず感情に左右されるって危ないじゃん。不安定?駄目じゃん!うん。暫くは生活魔法だけでいいよね?


鑑定の説明も一応確認しておく。


鑑定(上級):アイテムの特性確認:食材、道具、薬草など、日常生活で使用するアイテムの特性や効果を明らかにする。


効果的な使い方の提案:特定のアイテムや材料がどのように使用されるべきか、最適な方法を提供。


品質の評価:食品や製品の品質を確認し、優れたものや劣ったものを見分ける。


危険の察知:怪しいアイテムや危険な状況についての警告。


鑑定もチートだ。アリエルは嬉しそうに笑い「もう魔法だけでいいくらいね。スキルは体力がついてから検証ね。」と呟いた。


今、魔法の演唱をしていて気がついた。「9歳?多分そのくらいだと思うが、言葉を知らない。まともに話せないのだ。話すこともなかったから、発声ができない!何これ?ネグレクトなんて生易しいものじゃないわよ。」


とにかく、ここには誰も来ない。食事を運んで来るメイドさえ、暗くなってから中には入らずにドアの前に置いて、ノックだけして帰る。ひどい時には忘れられることもある。


「これだけの魔法があるのなら、どうにでもなるわ。だけど、まずは体力と言葉を何とかしなくちゃね。」


と言うわけで、部屋の中で何をしていてもわからないわけだ。アリエルは薄いが、初めてふかふかになったベッドにもぐり込み、早々に眠ることにした。


メイドが扉をノックして行けば、わかるだろう。行動はそれからにしようと思った。夜中に動くから光魔法を使ってもバレないように気を付けなくちゃあ。昼間は、できるだけ滑舌の練習をしたい。


問題は食事だ。この小屋は放置されているだけに、周りも草木で囲まれているらしい。森とまでは行かないが、ちょっとした林のようだと乳母が言っていた。それを思うと、この家はかなりの家系なのだろうか?


それさえも全くわからないが、そんなことより林だ。食べられる植物がないか探すのだ。私には鑑定があるし、植物育成魔法もある。幸い、この国は四季というものがないらしい。記憶の中では、いつも温かく春のようだ。


そうでなければ、きっとすぐに凍死していただろう。本当に良く生きていたな、私。


とりあえず寝ておこう。そう考えて静かな眠りについた。


アリエルはノック音で暗闇の中で目を覚ました。しばらくそのままの体制でじっとしていたが、ベッドからそろりそろりと出てドアを開けた。


ドアの前には、いつもの食事がトレーに乗って地面に置いてあった。それを持ち上げると、ベッドまで行きトレーをベッドに置いた。スープにはさじもついていなかった。


あぁ、さじの使い方もよく知らなかったのか……。乳母がいなくなってから、教えてくれる人などいなかったからね。だから、いつの間にか、さじもつけなくなったんだね。前世で有名な三重苦の主人公みたいと思ったら、自分自身が余りにも哀れすぎて、涙がこぼれた。


涙を拭いて、まずは食料を探さなければと外に初めて出た。乳母が前に言っていたように、周りは林のようだった。光魔法で懐中電灯くらいの明かりを作り出して林の中に入っていった。


明かりを頼りに、片っ端から植物に鑑定をかけていく。しばらくすると、タラの芽や山ウド、イチゴに山ぶどう、林檎の木や桃の木まであった。どうも、昔にかなりこだわって世話をしていた者がいたらしい。鑑定をすると、そんな情報も入ってくるのだなと感心していた。


さて、小屋からもかなり離れているし、来る者も居ない。植物に魔法をかけても大丈夫だろう。アリエルは植物たちに育成魔法をかけていった。植物たちは薄緑の光をまといながら、凄いスピードで成長を始めた。瞬く間にたわわに果実が実っていた。


植物たちから光が収まると、果物の甘い香りが広がり、アリエルのお腹がグーと鳴った。アリエルはすぐ近くの桃の実をもいで食べてみた。「美味しい!こんな美味しい桃、初めて!」


桃はとても瑞々しく甘くて美味しかった。アリエルは夢中になって、2個、3個と食べてしまった。


ハッと気がついて慌てて小屋に戻ると、光魔法で部屋に明かりを灯し、トレーに乗っている薄いスープと硬いパンを食べた。先ほどの桃を食べた後では不味くて、食べるのに苦労した。けれども、それも栄養の一部になるのだからと、ひたすら我慢して食べた。


今までこんなものを、何も知らずに食べていたなんて。必ず、必ず思い知らせてやると心に強く誓った。そして、明日からは先にこのパンとスープを食べようと思った。こんなものとは思っても大切な食料には違いない。




誰もアリエルの事など気にもしないことはわかっている。


けれどもどうしても慎重になってしまう。昼間はひたすら滑舌の訓練に集中し夜だけ食料の収穫に励んだ。1年が経つ頃やっとアリエルは早口言葉も言えるくらいになった。何故、早口言葉かは、ただ前世で好きだったからだ。


植物たちのおかげで、痩せてはいるが、ガリガリでは無い。


そういえば、あれから一度もステータスを確認していない。毎日の生活に夢中ですっかり忘れていた。ちょっと、考えたが、確認をしようと思った。

「ステータス」

画面が現れた。体力が60になって状態異常は健康となってる。食べて健康促進魔法もたまにかけているから当然だ。

生活魔法なんか既に、レベル5だ。使い続けるとレベルは上がるのだなぁと思いながらステータスを確認して閉じた。そろそろスキルの検証はどうだろかと思案している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る