さっさと帰れよ、クソ神様(こっくりさん)

 明日は中間試験。ってことで、俺たちは学校に残って勉強をやることにした。


 「例えばだよ?」


 なんもわかんねぇって思いながら、とりあえず教科書に線を引いていると、創が突然言った。なにが例えはなんだよ。

 俺は手を止めずに創の話の続きを待つ。線引いときゃ勉強してるってことになんだろ。あー、くそ。線が斜めになった。


 「こっくりさんで明日の試験の問題を聞くのってどうよ」


 線を引く手が止まり、ずぶ、とペン先が教科書へとめり込んだ。

試験前だってのに練習をしている野球部の、「ばっちこーい」だとか「クソレフト」だとか、金属バットに玉が当たる音とかが無音になった教室に飛び込んできた。

勢い良く顔を教科書から上げれば、どうだと言わんばかりの顔をして創がこっちを見ている。


 「っ……、っ!!」


 なんだそれ、天才か。

 創の提案に俺は蛍光ペンを投げて、人差し指を立てて「それだ!」と言いたいのを表現する。すると創が俺の指を掴んだ。


 「こっくりさーんこっくりさーん」


 意味わからんことをやってる創をガン無視して、俺はルーズリーフにいわゆるこっくりさんのテンプレを書く。あんまり詳しくないが、まあ、『はい』と『いいえ』と『あいうえお』があればいいだろう。


 「十円玉持ってるか?」


 ちなみに俺は持っていない。さっき自販機で小銭は全部使っちまった。


 「えー! 十円とかもったいない! 一円でいいっしょ!」

 「……だよな! つーわけで、一円玉貸してくれ」

 「りょ!」


 創が俺の指から手を放し、制服のポケットに入れていたがま口を開けて、中から一円玉を――


 「あいよ! 一セントコイン!」

 「なんで?」


 一円玉がないのはわかるとして、一セントコイン持ってるほうがなんでだろ。


 「え? 一セントってだいたい一円でしょ? ならほぼ一円玉ってことでよくない? 知らんけど!」

 「それもそうか」


 まあ俺としては、俺の金じゃないしどーでもいいけどな。


 「じゃあ一円コインをセットして~。……ってどこに? スタート地点がないんだけど」

 「スタートって書いとくか。エス、ユー、ティー、エー、エー、ティー、オーっと」

 「セット、セット!」

 「ハット!」

 「ヤーハー!」


 創がスタートの文字の上に一円玉を、さらにその上に俺たちの指を乗せる。


 「えーっと、それじゃあ行くよ?」

 「ばっちこーい」


 俺たちは顔を見合わせて、頷く。こっくりさんの始まりだぜ。


 「こっくりさんこっくりさん、来たら『はい』に動いてください」

 「フレンドリーだな」


 こっくりさんって神様じゃなかったっけ。これにキレてこなかったらどうするんだよ。それとも『いいえ』に一円玉が動くのか?


 「じゃあなんて言えばいいの。これ以上丁寧な言い方わかんない」

 「それもそうか!」

 「神様なんだから多少ユルくても許してくれるでしょ。むしろ許してくれない神様とかノーサンキュー」

 「ノーサンキューミートゥー!」


 わっはっは、と二人で笑い合う。片手は塞がっているからお互いのフリーな手を叩いていると、一円玉に乗せている指が何かに引っ張られた。


 「ん?」

 「お?」


 二人して不思議そうに反応をして指へと目を向ければ、一円玉が『はい』の文字の上にゆっくりと動いた。


 「お、お、おお!」

 「きちゃぁ!」


 そしてぱちんと両手でハイタッチ。これで明日の試験は百点満点だぜ!


 「こっくりさんこっくりさん、明日の試験の問題を教えてください!」


 廊下に聞こえんじゃねぇかってぐらいの大声で創が言う。まあクソデカボイスって大事だもんな。


 「頼むー! 教えてくれー!」


 というわけで、俺も負けじと大声で言う。ふんぎと一円玉に乗せている指に力を込めれば、さっきのようにゆっくりと一円玉が動き出した。創と一緒に食い入るように一円玉が動く様子を見守る。


 「ふんふん、ふん……」

 「へぇ……」

 「……?」


 長いことあっちこっちへ動いていた一円玉が、最後の文字の上でピタっと止まった。


 「えっ……と、つまり?」


 こいつなに言ってんの? え、さっきまでのが問題なのか? 長すぎて覚えらんねぇし、マジで言っている意味が全然分からん。つっかえねぇ~!


 「あーあ、もーいいや。こっくりさん、帰って」


 投げやりに創が言えば、一円玉は『いいえ』へと動いた。


 「はぁ? 帰れよ」


 それでも一円玉は『いいえ』から動かない。わがまますぎんだろ、こいつ。行儀が悪いことだとわかっているが、思わず舌打ちをしてしまった。創のほうはというと、やっぱりイラついてるのか、一円玉に乗せていない指先で机を小刻みに叩いていた。


 「あのさぁ、こっちがちゃんとした方法で終わらせようとしてるのに、なんでそっちがそれをやめようとするわけ?」


 カンカンカンカンと、創の爪が机を叩く音が静かな教室にこだまする。あれ、いつの間に野球部は練習やめたんだろ。キレすぎだろと思うけど、役に立たなかったことを考えると、まぁ、これぐらいはキレたくなるな。文字欠くのに使った紙、返せよ。つーな、こんなのやらずに真面目に勉強してたほうがよっぽどよかったじゃん。


 「こっくりだかしゃっくりだか知らないけどぉ、自分で決めたルールぐらいは守ってくんない?」


 カンカンカンカンカンカンカンカン。爪が割れるんじゃねぇのかってぐらい、創の机を叩く音が強くなる。


 「松ぼっくりでも一人でおうちに帰ることぐらいできるよ? そんなんもできないの?」


 松ぼっくりって足あるっけ? 俺が知らないだけで、足あんのか? そっか、あんのか。

 つーか帰りてぇなぁ。なんか外暗くなってるし、寒いし、腹減ってきたし、あと創の爪が心配。いい加減に机を叩くのやめないと、たぶん爪割れるぞ。あー、だる。どれもこれも全部帰らないこっくりさんのせい。俺はわざとらしくため息を吐いた。


 「かーえーれ、かーえーれ」


 そしてさっさと終わらせたくなって、俺は帰れコールをすることにした。片手がこっくりさんのせいでふさがっていて手を叩くことはできないので、自由な手で机と叩く。


 「かーえーれ、かーえーれ」


 創も俺と一緒に帰れコールをして机をたたく。


 「かーえーれ、かーえーれ」

 「かーえーれ! かーえーれ!」


 ばん! ばん! と二人でリズムを合わせて何度も机を叩いていると、ゆっくりと一円玉が動き出した。おっ、帰る気になったか。やっぱ人間、誠意が大事だよな!

 これでやっと帰れるぞ! と思い、にこにこ笑いながら文字の上に動いていく一円玉を見る。


 「ご」

 「め」

 「ん」

 「な」

 「さ」

 「い?」


 ごめんなさい? こいつは何を言ってるんだ。今度は俺がキレる番だった。


 「別に謝れって言ってんじゃないよ、帰れって言ってんの。俺たちの言ってることわかんない?」


 一円玉がもう一度『ごめんなさい』と文字をなぞる。なんもわかってねーじゃん。


 「かーえーれ、かーえーれ」


 えぇー、これもっかいやんなきゃダメ? 手が痛いんだけど。


 「帰れっ帰れっ」


 だる~、なんて思いながら机を叩こうとしたら、創が両手を叩きながら楽しそうに帰れコールをし始めた。それ、いいな! 俺もやろ!


 「帰れっ、チャチャチャ!」


 どっかで聞いたことがあるようなリズムで手拍子をする。おっ、これなら気分アガるじゃん。


 「帰れっ、ファイト!」

 「ニッポン、チャチャチャ!」

 「くぅーもーはわっきー、ひっかりあふっれてー」

 「てぇ~んたぁかぁくぅ~!」

 「らららっ、ららららら、らっらっらっ」

 「かっとばせー! はっじっめっ」

 「こっくり、た、お、せ!」


 おらよぉ! 一円玉をデコピンの要領で人差し指で勢いよく弾く。そしたら一円玉は滑るように紙から出ていき、机から落ちた。これはあれだ、センター前ヒットってやつだ。


「一点追加ぁ~! はじめチーム、逆転です!」


 そして創とグータッチ!


 「こっくりさん、討伐完了!」

 「地獄に落ちやがれ!」


 これはもう完全勝利だな。


 「ダンスダンス! ハーイヤッ、イヤーサッサッ」

 「どこっこいしょー、どっこいしょ!」

 「イェイイェイイェイェ、ウォウウォウウォオ」


 そしてお互いに思い思いの勝利の舞をする。これ、体育祭でやりまくってたら先生に叱られたな。勝ちを喜んでるのになにが悪いんかな。


 「ふー…………、帰るか」


 こっくりさんがようやく終わったと思ったら、すごい疲れてきた。誰にも邪魔されずに躍りきった感もあるし、何よりまじで今何時だ。こんなに暗いのに見回りの先生が来ないとかなにがあったんだ。もしかしてこっくりさんに盛り上がりすぎて先生がきたの気が付かなかった感じか? いや先生もちゃんと声かけろよ。


 「さんせー」


 創がそう言って、机に散らばった勉強道具を片付けていく。俺も教科書と放り投げた蛍光ペンをしまい、鞄を持つ。一円玉を回収して二人揃って教室から出ると、廊下の蛍光灯がまったくついてなかった。スマホで時間を確認すれば、時刻は七時を余裕ですぎていた。あんまりにも暗すぎて、いっちゃん先は夜、みたいな状態だ。さすがに灯りがほしかったので、スマホのライトをオンにした。すると創も同じように、スマホのライトをつけて廊下の先を照らした。おいおい、先が見えねぇぐらい真っ暗なんが……。


「暗いな」

「暗すぎじゃない?」

「夜だし」

「えっ、もう夜なの?!」


 この暗さが夜じゃなかったら、なんだっていうんだよ。


 「スマホ見ろって」

 「あ、あ〜? まじだ。そんな長々とこっくりさんやってたっけ?」

 「人間夢中になると時間忘れる、そんなもんじゃね」


 三十分もやってなかった気がするけど、実際はかなり時間が進んでんだからそれが事実だろう。


 「そんなもんじゃ……じゃ……」


 ぐー、と二人して腹が鳴った。


 「明日の昼、もんじゃ食いに隣町行かん?」


 試験だから学校は午前しかない。なら行くしかない。


 「行く〜!」

 「もーんじゃ、もーんじゃ。じゃっじゃっ――あ、」


 オリジナルソングを歌っていた創が、何かを思い出したかのように声を出してから黙った。


「どしたん?」


 そう聞けば、創は顎に手を当ててしばらく「うーん」と唸った。何も言わずにその様子をじっと見ていると、創がまた「あ!」と言った。何を言うのかと思っていると、創は申し訳なさそうに眉をさげて口を開いた。


 「忘れてたんだけど、こっくりさんって終わったあとに紙とかお金とか処分しなきゃならないんだよね」

 「はぁ?! クソだりぃな」


 なんで俺たちがんなアフターケアまでしてやんなきゃなんねーんだよ。めんどくさすぎる。知ってたらそこっくりさんなんてやらなかった。


 「紙は燃やしてー、お金は使っちゃうのがよくある方法らしいよ」

 「いやいやいや、紙はともかく一円玉は無理だろ。その辺の店で使ったらさすがに怒られるのは俺でもわかるぞ」


 一円玉だけど、これの正体は一セントコインだぞ。こんな田舎で使い道なんてあるもんか。


 「えー、じゃあどう処分するの? 始も一緒にこっくりさんやったんだから、考えてよ」


 別に処分しないでよくね……? となったけど、俺たちがルール守らないといけないわけねぇよな。そうだな、誰かにあげる……はあげた側に押し付けた感がある、募金箱に入れる……はやっぱり一セントコインを入れるのもなんかアレ、さてさてどうするか……。悩みに悩んだあと、なんとか一つの処分方法を思い付いた。


 「埋める……とか?」


 完全にヤケクソだ。まあ、アレだ。つまり捨てりゃいいんだろ、なら埋めちまえばいいはずだ。


 「はら、アレだよ。校庭に埋めるとかさ」

 「紙は?」

 「あとで家で焼いとく。俺に任せとけ」


 適当に庭で焼けばいいだろ。紙一枚だし、帰ったら晩飯前に処分してやる。


 「きゃぁ~、始ってばスパダリ~」

 「スパダリ? なにそれ、スパゲティの進化形?」

 「たぶんそう」

 「俺人間なんだけど」

 「それもそう」

 「俺がスパゲティなら創はパスタな」

 「はいはい! 茹で具合はベンコッティでお願いします!」


 創が手を挙げて謎のリクエストをしてきた。


 「ベーコンティー?」

 「なにそれまずそ!」


 二人で顔を見合わせて、がっはっはっと笑う。ところでなんでこんな話になってんだ? 一円玉を埋める話してたんだよな、俺たち。


 せっかく埋めるなら、校庭の真ん中に埋めようぜ! ということになり、俺たちは固い校庭の地面を掘って穴を作った。そしてその穴に一円玉を放り込み、砂を被せてから強く何度も足でそこを踏む。


 「こっくりさん、成仏せぇ!」

 「ぎゃあて!」


 一拝、祈念、二拝、四拍手、一拝。よし、完璧だ!

 静かすぎて、あと外が暗くて怖いと言う創の手を取って、校門へと向かう。さっきまで土いじってたからきたねぇ手だけど、それは俺もだしな。


 「明日のもんじゃ楽しみー」


 俺と繋いだ手をぶんぶんと振りながら創が言う。


 「俺、チーズ明太子もんじゃにしよ」

 「なら私はチーズベビースタァ――うぎゃ」

 「わっ」


 突然、強い光に照らされた。何事だと思いながら光のほうを見れば、懐中電灯でこちらを照らしている警察官が仁王立ちしていた。


 「こらー! 不審者通報で来たら、ま~たお前ら二人か! この三田のバカ息子と三田のバカ娘!」


 短く切り揃えられた黒髪に、血色の悪い色白の顔、効果音を付けるなら『キリッ』とした表情、それは制服としてどうなの? っていう黒の皮の手袋。そして俺たちをそう呼ぶ人間。コ、コイツは……!


 「やべぇ、交番勤務のTだッ。逃げろッ!」


 そう、交番勤務のTだ。ちょうど俺たちが高校になるぐらいに赴任してきた、いわゆる余所者。なのに持ち前の正義感から、町の人間にはすげぇ好かれてて、町のお巡りさんとして日々立派に仕事をしている。あと俺たちをすげぇ怒る、とにかく怒る、あり得ないほど怒る。俺たちが何をしたっていうんだ。

 俺たちはTから逃げるために、手を繋いだまま裏門へと走り出す。


 「今月入って何度目だ!」

 「知らな~い! たぶん五回ぐらい?」


 ぶんぶんと懐中電灯を振り回して怒るTに創が言う。そんな五回だなんて……俺たちがそんな通報されてるわけないだろ。これがはじめてにだっつーの。


「数えてるならいい加減に懲りろ! 今月入ってまだ三日だぞ!」


 まァじ? 創当たってんじゃん!

 しばらくおいかけっこをしていると、交番勤務のTは乗ってきた自転車のもとに戻り、そこにくくりつけていたさすまたを取り外す。そしてさすまたを持ったまた、ものすごい勢いで俺たちのほうへと走ってくる。待って、早い。これは早いってば! ぐぁー、もう追い付かれた!


 「ヤーッ」


 交番勤務のTが気合いをいれながら、俺たちをまとめてさすまたで挟みやがった。胴押さえはやめろよ、二人だから苦しいだろ! 苦しー、離してー、痛いーと創と一緒に抗議すれば、交番勤務のTはすぐにさすまたを下ろした。


 「まったく……。こんな遅い時間まで連絡がなかったから、親御さんも心配してるぞ」

 「遅い時間言うても、七時じゃん……。別にいつもと変わらなくない?」


 創がスマホの画面を見たので、俺はそれを隣から覗くと、七時ちょい前の時間だ。うんうん、いつも創と遊ぶとこれぐらい時間になる。これぐらいなら、いつもは連絡を入れなくてもなんも言われない時間だ。


 「七時? 今はもう九時すぎてるぞ。まさか十九時が九時だと思ったのか?」


 ほら、とTが手袋の隙間から腕時計を俺たちに見せる。すると時計の針は、九時を余裕ですぎている時刻を表していた。それって、それってつまり――


 「え」

 「えぇ?」


 俺たちのスマホ、ぶっ壊れちゃった……ってコト?!

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