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第7話
修学旅行は何事もなく終了した。深夜の心配は綺麗に裏切られて、結局私が辺蓮に対して深入りすることもなかったし、辺蓮が私の様子に何か違和感を感じた素振りもなかった。学校でも、辺蓮が私に話しかけてくることは(意外にも)なかったし、私ももちろん自分からは話しかけなかった。
何事かがあったのは、むしろその後、修学旅行から一週間経ったときである。
期末試験の到来で浮足立つ中学校に、その噂は電撃的に駆け巡った。
「うわ! マジじゃん!」「これ、探せばシメナワのもあるんじゃね⁉」
辺蓮の家族が信仰している宗教の名前で誰かが検索した。宗教は海外を中心に伝播しているようだったようだったので、英語名を調べて検索フォームに入力した。すると、サジェストに「group sex」と表示されたそうだ。彼・彼女はそのリンクをタップする。
日本ではどうだか知らないが、その宗教は一部で儀式として複数人での『交合』を取り入れているらしい。里奈から突然見せられた画像検索結果では、ホールのようなところで、何人もの外国人が何も纏わず——
「ちょっと、いきなりやめてよっ」
「ごめーん。でも、由起子、シメナワと修学旅行の部屋一緒だったじゃん。何かそれっぽいアトとか見てないの?」
薄暗がりに見えた火傷みたいに爛れた変な痣、治りきっていない大きな傷、リスカ痕。
私はそれを、布団で隠した。
「見てないよ、そんなじろじろ見ないよ、人の肌なんか」
口が勝手に嘘を吐いた。
「えー、ほんとに?」
「でも、普通に泊まってて気づくような場所にはなかったよ、多分」
「つまんなー。あいつ、いっつも長袖着ててガード固いじゃん。だから何か隠してんじゃないかと思ったんだけどなー」
無性に腹が立った。友達に嘘を吐いた気まずさや罪悪感は一切なく、むしろ正しいことをなしたのだという義憤すらあった。
でも、それは多分辺蓮のためではない。これは、私がこいつらの無神経さを嫌悪しただけだ。罪悪感のない悪意の醜さに、私はいつまで経っても慣れない。慣れる気もない。慣れたくない。
湧きあがった強い反発心に押し上げられて、口に出すつもりのなかった言葉がぽろりとこぼれた。
「あんまりそういうことに突っ込まないほうがいいよ。流石に可哀想」
言いながら、ああやっちゃったと思った。これはラインを超えた発言だ。里奈はどう出る? 一瞬で指先が冷えつく。
案の定、彼女の表情から一瞬笑顔が消えた。
「由起子ってホントマジメだよねー。ごめんごめん。もう聞かないから」
里奈はあっさりと私に背を向けて、スマホを片手に「ねえ見て見て」と別のグループのところに寄っていく。そこでわざとらしく茶化すような悲鳴が上がる。
この分だと、辺蓮に直接『確認』しにいくやつが出るのも遠くない未来だろう。
私にはそれを止める力がない。さっきので精一杯の抵抗だ。
木村辺蓮が学校に来なくなったのは、この次の週からだった。
私は心臓を這い上がろうとする色んな感情に蓋をして「案外持ったな」とだけ思うことにした。そうやって偽悪的に振舞うことでしか、どうしようもないことに区切りをつけることができそうになかったからだ。
その日の教室の窓から見えた白い曇り空が、今でも目に焼き付いている。
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