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第3話
「………………ん……」
私は辺蓮の話を聞きながら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。宿の薄ぺったい布団の中で、お手洗いに行きたくなって目が覚めた。
観光地の宿なので、深夜でも外からおぼろに人の声や看板の明かりが入ってきて、ああ、旅先なのだなあと実感する。私は少し蒸し暑い部屋でもそもそと立ち上がり、部屋の外のお手洗いを目指した。
辺蓮を起こさないように細く扉を開けて外に出ると、廊下は無機質な蛍光灯の光に満たされて眩しい。私は何度も瞬きをして目を慣らしながら、静まり返る廊下の突き当りを目指した。
さっさと用を足して部屋に戻る。退室したときと同じく細く扉を開けて部屋に入ると、そこから漏れた光に照らされて、ぐうぐうと眠る辺蓮が暗闇に浮かび上がって見えた。
辺蓮は寝汚く、布団は右半身しか覆っていない。露出した左半身は、寝間着の浴衣の袖や裾がめくれあがって日焼けした二の腕や腿が丸見えだ。
「えっ」
『それ』が目に入り、寝ぼけ眼だった意識が一気に冷や水を浴びせかけられたように覚醒した。
辺蓮の左腿には、火傷?痣?のような大きな赤紫の痕がある。遠目にもぼこぼことした質感であることがわかる痛々しいそれは腿を一周していて、事故でできたにしてはあまりにも不自然だ。(——シメナワって——)『誰か』に(——親が——)『何かしらの意図』で(——変な宗教に——)つけられたのではないかということが(――ハマっちゃってるんだって——)容易に想像できた。
辺蓮の左腕にも肩から二の腕の真ん中くらいまで傷跡が走っていて(——あいつ——)、それは切り傷のように(——いつも何か——)引き攣れていた(——膿んでるみたいな——)。こちらは事故か(——変なにおいがするよね——)人為的なものかわからない。
そして、左手首には(——お金全部つぎ込んで——)細く(——借金も——)赤く(——家の前通ると——)真新しい(——いつも怒鳴り声が——)横一直線の(——あいつのうちには——)傷が(——近づかんほうがいいよ——)何本も並んでいた。これは、(——シメナワって——)誰が(——すっごい嘘つきだよ——)何のために(——由起子も——)やったかなんて(——気をつけて——)嫌になるほど明らかだ。
(——林さん——)
ああ、もう、黙れ黙れ黙れ!
教室で、帰り道で、女子トイレで、布団の中で、脳に吸いついた音が一斉に乱反射して思考を乱す。私は今にも乱れそうな息を呑み下して、扉を細心の注意を払って静かに閉めた。
部屋が再び薄闇に閉ざされる。他人の体温の残っていそうな掛布団に触るのは嫌だったけれど、失敗して辺蓮を起こしてしまわないか心配だったけれど、私は迷った末、そっと布団の端を掴んで、彼女を覆い隠した。
傷は見えなくなった。
自分の布団にくるまると、妙に感覚が冴えて、窓越しのネオンの光や酔客の声が嫌に神経を揺さぶる。今日の辺蓮への自分の受け答えが思い出されて、あれ以上どうすればいいかもわからないのに、後悔に似た苦さが黒く滲んでいった。
明日の朝、私は不自然な素振りを見せずにいられるだろうか?
私はぐるぐる巡る思考の渦を振り払うように眠りについた。
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