第1話

「ねえ、木村辺蓮って覚えてる? あの子、死んだらしいよ」

 大学一年生の夏休み、国道沿いのファミレスで中学時代の同級生四人での女子会が始まってから約二時間、そろそろ話題も尽きかけた頃に飛び出してきたのは、意外な名前だった。

「キムラヘレンってあの……宗教の?」

 愛佳が自信なさげに尋ねると、洋子が大袈裟に肯定する。

「そうそうそう! 家族でナントカの会にハマってた子」

「えー、そんな子いたっけ? 由紀子、覚えてる?」

 隣で氷のすっかり溶けたアイスティーを啜る里奈は話題についていけないようで、私に水を向けてきた。私は何とか記憶を引っ張り出しているようなフリをして、

「あー、えっと、もしかしてすごい髪が長かった子? いつも腰までくらいのふっとい三つ編みにしてて、眼鏡の……」

と答える。

「ありがとう! 思い出した! シメナワのことか!」

 里奈がパンと手を叩きながら喜ぶと、愛佳と洋子は噴き出した。

「シメナワって、懐かしすぎる」

「そんなあだ名だったよね。あの髪型マジでシメナワだった」

 確かに辺蓮は神社の注連縄に髪型が似ていること、そして、いつも異国っぽいお香の強い臭いがすることからそんなあだ名をつけられていたが、本人が直接そう呼びかけられたことは恐らく一度もないだろう。主に彼女の噂話か陰口かのなかでのみ、その呼称は使われていたはずだ。

「あの子途中から学校来なくなったから、全然忘れてたわ」

「死んだってマジ?」

「多分マジだと思う。うちのおばあちゃんがあの子の家の近くに住んでるんだけど、そう言ってた」

「やっぱ自殺かな」

「イケニエかもよ。シューキョーの」

「やば。カルトじゃん」

 三人は芸能人のスキャンダルをあげつらうかのように盛り上がるが、私はまるでそんな気になれず、ただへらへら相槌を打ち続けた。三人は私のノリの悪さを咎めるでもなく、木村辺蓮の「思い出話」に花を咲かせる。

(人一人死んでんだぞ。正気か?)

 私が進学した都内の大学のゼミで、こんなテンションで人死にの話を出したら確実に空気が凍る。

 この「はぐれもの」であれば、どこまでも——生死さえも——コンテンツ扱いしていいと疑わない無自覚の田舎っぽさ、子供っぽさが嫌だ。それを嫌でいられる自分を守るために、私は逃げるように東京に進学したのだった。そして今、この判断が正解であったことを私は強く実感している。

 上京して一年目の私を心配する両親に顔を見せるために帰省したけれど、それをどこからか聞きつけた洋子たちにお茶に誘われてしまった。断るのも面倒で参加したけれど、次からは絶対やめておこう。未来の私は同窓会の葉書を必ず破り捨てるように。いいね?

(……………………)

 ここまで考えて、私は心の中で大きく溜息をついた。

 私がやっていることは、辺蓮を踏みつけする彼女らを踏みつけにして、安心を得ているだけだと自覚したからだ。

 結局のところ「私はこいつらとは違う」の倫理からちっとも逃れられていない。


 木村辺蓮を見捨てたあの頃から、まるで変わっていないじゃないか。


 ファミレスのボックス席のソファから、私の意識は急速に中学三年生の修学旅行のあの日まで飛んでいく。

 一泊二日の京都旅行で、私と辺蓮は相部屋だった。

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