第6話 俺は大切な何かを失っているらしい?
「千楓はこの頃大丈夫そう?」
「大丈夫って、まあ、一応は……でも、周りの人と少し話が合わなかったりすることはあるけど」
「そう。だったら、どうしましょうかね」
愛華、彩羽と過ごした日の翌日の夕暮れ時。
金曜日。自宅に帰っていた
「何かあった感じ?」
「そうね。どうしようか迷ってるの。千楓には今から来てほしいところがあるんだけど。今から大丈夫そう?」
「どこに行くの?」
「それは言えないけど」
「なんで?」
「いいから、今は私の意見に従ってほしいの」
年上でスタイルの良いお姉さんである夏海から誘われ、千楓は時間もあった事から、それを受け入れる事にした。
明日は土曜日であり、学校はない。
しかし、どこへ行くかもわからない状況では少々不安さもあるが、真剣な夏海の顔を見ると、やはり行かなければならないのだと思い知らされるのだ。
「千楓はちょっと待ってて。今からタクシーを呼ぶから……すいません、今からタクシー一台よろしいでしょうか?」
夏海は千楓から離れると、スマホを耳に当て、タクシー会社に連絡をとっていたのである。
「お客さん、つきましたよ」
「ありがとうございます」
タクシーがとある場所で止まる。
千楓がタクシーの窓から景色を見つめている最中、車内では夏海と運転手の男性がお金のやり取りをしていたのだ。
「行くよ」
「う、うん」
二人はタクシーから降りると、そのタクシーはどこかへと立ち去って行く。
「ん? ここって病院? なんで?」
「私、普段は看護師として働いていてね。私、千楓のことを普段から監視してたの」
「か、監視⁉」
「千楓が普通に生活できるように支援する事が目的なの」
「な、なんで、というか、俺の生活を支援⁉ 俺、どこも悪いところもないけど」
「いいから、早くこっちに来て」
「え⁉」
何が起きているのか理解できないまま、千楓は病院の中へと夏海から誘われるのだった。
金曜日の夜の病院は空いていた。
受診受付の時刻はすでに過ぎている頃合いであり、予約していた人らの受診も終えているようで、院内の通路を歩いていても、あまり人とはすれ違わなかった。
出会ったとしても、院内で働いている看護師や医者などである。
「俺、そんなになんか悪いところがあるの?」
「だって、他人と話が合わないことがあるんでしょ?」
「そうだけど。それとどんな関係が? 俺、病気なのか?」
千楓は病院内を歩いていると不安な感情の方が勝っていく。
「はい、ここで待つからね」
「予約はしてないのに?」
二人は誰もいない大きな待合室のソファに座る。
「一応、病院には連絡していたの。だから、問題ないわ」
千楓は辺りを見渡す。
殆ど院内に人がいない事から、節電対策のために辺りが薄暗くなっていた。
「俺って、おかしいのか?」
「おかしいってわけではないと思うわ。ただ、記憶がハッキリとしないだけだと思うから」
「記憶?」
「そうよ。千楓は数か月前のことってわかる?」
「数か月前?」
千楓は首を傾げ、過去の出来事を遡ろうとする。
けれども、全然思い出せない。
思い出そうとすると、頭が痛くなるのだ。
な、何なんだ、この感覚は――
「どう? 思い出せた感じ?」
「いや、まったく」
「そうでしょ。記憶が曖昧になってるから、過去を思い出せないし。今通っているクラスメイト達とも会話が合わないと思うの」
「そ、そういう事なのか?」
今週、
けれど、話がかみ合っていないところが度々あったのだ。
もしかしてと思い、本当に病気なのだと、千楓は考え込むようになっていた。
「えー、っと、そうですね……」
待合室で待っていた千楓は、堀江夏海と別れ、医者がいる個室にやって来ていた。
千楓はパイプ椅子に座り、正面にいる白衣を着ていた男性医師と向き合っている。
医者はカルテを見ながら唸っていたのだ。
「やっぱり、何か悪いところがあるんですよね?」
千楓は恐る恐る問う。
「そうですね……この前までは一応、問題はないと思っていたんですが、記憶の乖離が見られますね」
「記憶の乖離?」
「はい。でも、それに関しては少しずつ治療していくしかないか。君は、普段から生活していて他に違和感とかは?」
医者からジーッと見つめられ、問われていた。
「自分が思ってる自分と、他人から見た自分の存在認識に誤差があるとかですかね」
「認識、誤差……でしたら、昔の事を振り返られるモノがあればいいのですが、そういった記録が残ったモノはありませんかね?」
「記録……卒業アルバム的な感じでしょうか?」
「そうですね」
「多分、あると思います」
その卒業アルバムがどこにしまっているのか、咄嗟には思い出せなかったが多分あった気がする。
「では、それを見て、あなた自身がどんな人だったのか、理解するのも手でしょうね。それと精神を抑制できる処方箋も出しておきますので、それを貰ってから帰ってください。私からは以上ですが、まあ、今後の経過を見守りましょうか」
医者はカルテをファイルに戻すと、机に向かい、ノートに何かを書き記しているようだった。
「ありがとうございました」
「では、また何かありましたら来てください」
医者は個室の扉から出て行く千楓の姿を横目で見ていたのだった。
「どうだったかしら?」
「医者からは昔を振り返る手段を見つけた方がいいって。俺、やっぱり、記憶がおかしくなってるのかな?」
「そうかもしれないわね。でも、急に昔の事を思い出したとしてもよくないと思うわ。記憶の整理がつかなくなって混乱するかもしれないし」
「そうですね」
「まあ、これからは私が付き添いでサポートしてあげるつもりだから。そんなに深く悩まないでね」
「はい」
千楓は少し首を縦に動かす。
なぜ、自分自身が記憶を失ってしまったのか、それすらもわからない。
過去の自分がどんな人だったのかも、今のところ上手く掴めていなかった。
「千楓は一人で帰宅できる?」
「一応は出来ると思います」
「なら、大丈夫そうね。でも、何か問題があったら連絡してきてもいいから。あなたのスマホには私の連絡先があると思うから」
「え、あ、はい……」
千楓は自分のスマホの連絡帳のところを確認してみると、確かに堀江夏海という彼女の名が表示されてあったのだ。
「私、もう少し病院にいないといけないの。また、後でね、夜の八時までには帰れると思うから」
そう言って、彼女は背を向けて院内の奥の方へと駆け足で向かって行く。
千楓は一人で夕暮れ時になった外へ出る。
「自宅までの道なりは何となくわかるし……」
記憶が曖昧でも、タクシーに乗っている際、ずっと外の景色を見ていた事もあってか、自宅までの道筋は何となく掴めていたのだ。
千楓は歩き出す。
そんな中、道を移動している際、違和感的なにかを、背に感じ始めていたのだった。
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