第4話 部員の彼女らは、俺が知らない事を知っている
放課後。
今から向かう場所があるからだ。
千楓は中庭に繋がっている校舎の廊下を歩いていると、その近くの窓から木製の大きな建物が見える。
千楓はその廊下から中庭へ出て、その建物まで近づいていく。
「ここか。俺が以前入部していた場所は……」
千楓はその建物を近くで眺めていた。
この場所こそが剣道場であり、後輩の川瀬風花も所属している部なのだ。
そもそも、自分が所属していた部活を忘れるとか、ありえないはずなんだけどな……。
千楓はそんな疑問を抱きながら、その建物へ近づき扉を開けようとした。
「誰か来ているのか?」
その時、剣道場の扉が開いて、その奥から顔を出してきた人がいたのだ。
長い髪をゴムで縛り、ポニーテイルヘアにしている女性だった。
少々大人びた雰囲気を持っているが、彼女は制服を着ている事から、千楓は自身と同じ生徒だと思ったのだ。
「お! 久しぶりだな。元気してたか?」
「え、あ、はい……」
突然、その女性から笑顔を向けられ、おどおどしながらも千楓は返答する。
「ついに来る気になったか。千楓、早く入れよ」
女性なのに男性っぽい話し口調。途轍もなく気さくな感じの性格なのだろう。
千楓は彼女に導かれるがままに剣道場に入るのだった。
「本当に久しぶりだな。学校でも全然姿を見なかったしな」
その部活の先輩らしき人は剣道場に入った時から、距離を詰めてきて親し気な口調で語り掛けてくる。
先輩との距離が近い事もあり、制服越しであっても、その体の膨らみを千楓は腕で感じてしまうのだ。
「まあ、なんていうか、色々あったんだろうけど。千楓も頑張ったな」
「は、はい。そうかもしれないですね……」
剣道部の先輩らしき人と会話している千楓の脳内は混乱状態だった。
先輩は一体何のことについて話しているのかと、不思議でしかなかったのだ。
「そうだ、今日はどうする? 実際にやってみるか? それとも見学だけにする?」
「剣道って、全然やったことがないので」
「なに、謙遜してるんだよ。千楓は物凄く剣道が上手かったじゃんか。そんなに消極的になるなって」
「剣道が上手い?」
「そうだって。去年なんかさ。高校一年生で県大会に出れて、しかも三位になってるんだからな。二位までに入れていれば全国大会に出場できたかもしれないけどね。まあ、高校一年生で、そこまで実績があるんだ」
「そうなんですね」
「なんだよ、他人事みたいな反応ばかりしてさ」
先輩は笑顔で肩を軽く叩いて、千楓の事を勇気付けようとしていたのだ。
「まあ、久しぶりだから、見学の方がよさそうだな。今の調子のままだと怪我でもしたら危ないしな」
「そうですよね」
「千楓は、剣道場の端っこの方で練習風景を見ていればいいさ。剣道をやるかどうかは後で決めなよ」
先輩は着替えてくるらしく、剣道場の木製フローリングの上を移動し、女子更衣室へと向かって行くのだった。
元気のある人だったな。
千楓が剣道場の端っこに佇んでいると、剣道場の扉が開いて、後輩の
「先輩、来てくれたんですね!」
風花は嬉しそうに千楓の元へ近づいてきた。
彼女はショートヘアが特徴的で小柄な容姿をしているのだ。
見た目によらずに、ハキハキとした話し方をする。
「一応な。そういう約束だったしな」
「本当に来てくれるとは思ってもみなくて。でも、嬉しいです。それと、アレはどうでしたか?」
「クッキーの事か?」
「それもなんですけど」
「あの紙の事もだよね」
「そ、そうです……どうでしょうか?」
「んー、友達からなら」
「本当ですか? よかったぁ……どういう返答が返ってくるのか不安で怖かったんですけど。そういう返事を貰えて嬉しいです。本当は付き合いたかったんですけど、友達からでも私は嬉しいです」
風花は小動物みたいに愛らしい表情で、少し瞳を潤ませていたのだ。
「そんなに泣く事なのか?」
「いいえ、泣いてはないです」
「でも」
千楓は心配そうに話しかけるが――
「それは気にしないでください」
風花は右腕で顔面を隠し、頑張って涙を見せる事はしなかった。
「そ、それより、私、剣道着に着がえてきますので」
彼女は背を向け、駆け足でその場から走り去って行く。
それから十分後――
千楓が剣道場の壁近くで待っていると、剣道場内には風花を含めた部員らが、剣道の防具をすべて体に取り付け、集まり始めていたのだ。
「千楓はそこで見てていいから」
防具で顔を覆っている先輩が、遠くから話しかけてきていたのだ。
千楓はその場に立ったまま、練習風景を眺める事にした。
今のところ部員は数人程度であり、仮に千楓が入部したとしても一〇人にも満たないだろう。
剣道の練習としては、手始めに両手で握り締めている竹刀を使い、素振りの稽古をするらしい。
素振りは基本的な練習であり、竹刀を上と下に振りかざす動作をするようだ。
次には基本打ち、技練習、パターン稽古と続けて行う。
基本打ちは、実際に竹刀を使って基本的な攻撃動作を行う練習。技練習は実践を意識して技を見せる練習である。
パターン稽古は、数人のグループに分かれ、それぞれ列になり、列の先頭同士が実践を意識したやり取りを行う練習。そして、対戦し終わった人はまた、そのグループの最後尾に並び直し、それを繰り返す。
剣道場内には、竹刀で打ち合う際の声が響いている。
練習前の雰囲気とは一変し、真剣な態度で練習に励んでいるのだ。
「はあぁ……疲れましたけど、頑張った甲斐があります。先輩、私の練習風景を見てどうでしたか?」
練習を終えた風花は頭部につけている防具を外し、千楓のところまでやってくる。
「普段と全然違ったね。練習してる時って。かなり頑張っていたと思うよ」
「当たり前です。練習といっても真剣にやらないと怪我をする場合もありますし」
風花は全力で取り組んだらしく、物凄く汗をかいていたのだ。
「練習は終わりなのか?」
「そんなわけないじゃないですか。さっきの一時間は前半戦。今の休憩を挟んで、後半の五〇分間もあるんです」
「まだあるのか? 大変だな」
「そんな事はないです。私、元々は先輩に憧れて、この宇海高校の剣道部に入ったんですからね。それくらいで負けたセリフは吐かないですから」
「強いんだな」
「剣道に所属しているくらいなので、私もそれなりには強いですよ。私、元々中学の頃から剣道をやっていたんですけど。全然成績を残せなくてやめようと思ってたんです。でも、去年の先輩の活躍を見て、この高校に入ろうと思って頑張って入学したんですから」
「そ、そうか。でも、俺、剣道は全然弱いよ」
「そんなことを言わないでください。先輩は今まで見てきた人の中で一番強いんですから」
風花の瞳が一瞬だけ悲し気に潤んでいた気がした。
「また泣いてるとか?」
「ち、違います。これは汗ですから。それより、先輩は再入部しますか?」
「俺は……やっぱ、何かさ、もう少し考える時間が欲しいんだ。やるにしても来週からでもいいか?」
「はい。私はいつでも待ってますから」
彼女から満面の笑みを見せられ、千楓はどこか懐かしさを覚えたのだった――
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