第2話 望月彩羽は機嫌が悪いらしい?

「俺、ヘンタイなの……か?」

「そうよ」

「だから、俺に対しての当たりが強いのか?」

「そうね。あんたが全部悪いんだからね!」


 放課後の通学路。

 望月彩羽もちづき/いろはは千楓の前に立ち、睨んだまま突っかかってくる。


「そ、そうか」


 だからって、責任を取るために付き合わせないといけないのかよ……。


 宮原千楓みやはら/ちはやは不条理だと思いながらも、否定してばかりではよくないと思い、頑張って現実と向き合おうとする。

 しかし、納得はしていなかった。


「でも、その写真、どこで撮ったんだよ」

「それは……私の部屋」

「え、なぜ? なんで俺が、君の家の部屋にいるっていう前提になってるの?」

「それは以前、私の家に来たからよ」

「君の家? そもそも、なぜ仲良くなっていないのに。俺が君の家に?」

「まあ、そんな事はどうでもいいわ。あんたにはわからないだろうから」

「なんだよ、その言い方は」


 千楓は、彼女の態度を前にして怒鳴ってしまう。


「うるさいわね。その話はもう終わりよ。というか、この写真に写ってる下着は私のなの!」

「え?」

「あんたが勝手に私の下着を取るから撮影しただけよ」

「俺、そんなヘンタイだったのか?」

「そうよ。でも、今のところ、そんな様子はなさそうだけど」


 さっきから少し話が合っていないような気がする。


 千楓は違和感を覚えたまま、首を傾げ、目の前にいる彼女の姿を見つめていた。


「それよりさ、あんたは今から時間ってあるでしょ?」

「あ、あるけど」

「じゃあ、ついて来て」


 彩羽はぶっきら棒な話し方をする。


「どうして?」

「一応、付き合うことになったんだから、少しくらいは私の意見に従ってくれない?」

「……」


 彩羽の言動により、千楓の調子は狂い始めていた。

 しょうがないと思い、しぶしぶとついて行く事にしたのだ。


「ここからどこに行くの?」

「それはついてきたらわかるわ」


 二人は通学路を移動し、交差点の信号機近くで立ち止まっていた。


「あんたにはね、一回経験させたい事があるの」

「俺に?」

「そうよ。もしかしたら――」

「え?」


 信号機近くで佇んでいると、車道のところを移動する車の騒音で、重要な部分だけが聞こえてこなかったのだ。


 千楓は聞き返すが、同じ事は繰り返したくないようで、それ以上の返答は貰えなかった。


 信号機の色が青に変わると、立ち止まっていた彩羽は歩き出す。

 千楓は、彼女の後を追う。


 横断歩道を渡り切ってから、そこから再び道にそって進む。


 千楓は歩いていると、なぜか、懐かしい気分になりつつあった。


「どうかした?」


 道を歩いていると、隣にいる彩羽からジロッと見られる。


「な、何も?」

「なんか、泣いてなかった?」

「そんなことないけど。ただ涙腺が緩んだだけだから。でも、何か、不思議な気分になるんだ」


 千楓は自身の目元を隠すように左手の甲を、そこに当てていた。


「ならいいんじゃない?」

「何が?」

「なんでも。それと、この道を進んだ先にお店があるの。そこまで行きましょ」


 彩羽は早歩きで進む。

 千楓は彼女のペースに合わせるように歩き続ける。


「ここよ。ケーキ専門店――MOTIZUKI」

「あれ? 君と同じ苗字じゃないか?」

「そうよ。この場所はね、私の実家でもあって、私の親がケーキ屋を経営しているの」

「凄いね。自営業ってことか」


 千楓はケーキ屋の外観を眺めていた。

 どこか遠い昔に訪れた事のあるような雰囲気を醸し出している。


 実際に店内に足を踏み込んでみると不思議な懐かしさを感じられ、ケーキ屋らしく甘い香りが漂ってきて、千楓の心は癒されるようだった。


「いらっしゃいませー」


 店内の奥からエプロン姿の四〇代くらいの女性が現れる。

 見た感じ若めであり、美魔女といっても差し支えない雰囲気も併せ持っているようだった。


「って、彩羽じゃない。自宅の玄関から入って来なさいよ」

「お母さん、ただいま。一応、お客がいるの」


 そう言って、彩羽は、お店の入り口近くに佇んでいる千楓を指さしていたのだ。


「あら、お客さん? ごめんなさいね。どのケーキにします?」

「えっと……俺は」


 千楓はまだ何のケーキを注文しようか全然決めていなかった。


「なんでもいいわ。じゃあ、チョコラケーキで。お母さん、ある?」

「あるけど、それでいいのかしら?」


 彩羽の意見を聞いたのち、彩羽の母親は千楓の方を見て問いかけてくる。


「はい、それで大丈夫です」


 千楓はレジカウンター隣に設置された大きなショーケースに入っている、色々なケーキを無差別に見て返答していた。


「どうする? ここで食べていく?」


 母親の問いかけに――


「そうよね、宮原。そういうことで店内で食べていくわ」


 彩羽がこの状況を仕切っていたのだ。


「わかったわ。彩羽は何にするの?」

「私はなんでもいいわ」

「じゃあ、イチゴのショートケーキでいい?」

「それでいいわ。お願いね、お母さん」


 彩羽はその後で、千楓を食事が出来るイートインスペースへと案内するのだった。




「はい、これ、二人用ね。今回は彩羽の友達? 友達でいいのかしら?」

「まあ、そんなところ」


 なぜか、彩羽は付き合っているという発言はしなかった。


「では、お二人でごゆっくりね」


 ケーキなどを運び終わった母親はその場から立ち去って行く。


 イートインスペースには他のお客も数人ほどいて、コーヒーを片手に店内での時間をまったりと会話しながら楽しんでいるようだった。


 二人は同じテーブルを囲うように椅子に座っている。

 テーブル上には、ショコラケーキとイチゴのショートケーキが、それぞれの皿の上に置かれてあるのだ。

 追加で水が入ったコップも二人分あった。


「はい、これ、一人で食べれる?」

「た、食べれるよ。それくらいは」


 千楓はイラっとしながらも、フォークを右手にし、ショコラケーキを食べ始める。


「んッ!」

「どう?」


 彩羽は椅子から立ち上がり、若干前かがみになった状態で千楓に問いかけてくる。

 彼女にしては真剣な顔つきであり、突然の出来事に千楓は驚いていた。

 その影響で少々変なところに入ってしまったらしく、千楓は咽てしまう。


「んぅ、み、水とかは……?」

「こ、これ」

「あ、ありがと」


 千楓は渡されたコップの水を飲み干す。

 食道付近や胸元周辺がようやく落ち着き、それから冷静さを取り戻すのだった。


「それで、ケーキを食べた感想は?」

「ごめん、もう一回食べるよ」

「そうして」


 千楓はもう一度フォークで掬い、それを食べる。

 普通に美味しいという感想だった。


「そう、特に何もないってことね」

「え? なんで?」

「別になんでもないわ。はあ……そう簡単には無理そうね」


 彩羽は意味不明な事を呟いており、再び席に座り直すと、テーブルに肘をついて大きなため息をはいていたのだった。

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