054.噂によると
「こんばんは、マスター」
「いらっしゃいませ、ユーリさん」
スケルトンと死闘を繰り広げ、昏睡から目を覚ましてから数日。
やっと外出の許可が下りたので今日はマスターのお店に酒を飲みに来ていた。
ちなみに外出の許可といっても限定的なもので、街の中はオーケーだけど王都の外には出るなというものである。
子供かな?
まあ一人で自分の身も守れないようじゃ半人前だと言われたらぐうの音も出ないけど。
いや、自分の身は守ったんだよ?
そのあと死んだだけで。
まあともあれ、別に俺も積極的にお外に出たいタチでもないのでその辺は問題ない。
ソフィーも最近は俺のいないところで頑張ってるしね。
俺がこの前まで半死人だったから自然な流れだけど。
「マスター、いつものお酒ちょうだい」
「かしこまりました」
カウンターに腰掛けて注文をすると、マスターがいつも頼んでいるお酒を出してくれる。
「お聞きしましたよ、大変だったようですね」
「急に強い魔物に襲われて大変だったよ。あれはランク8はあったね」
ランク7なら流石にあんだけブーストすれば俺でも勝てただろうから、あれはランク8だったと思いたい。
「王都の近くにそんな魔物が現れたら大変なことになってましたね」
「だねー」
何か起きる前に退治できてよかった。
退治したの俺じゃないけど。
「でもどっちにしろモテに繋がらなくてそれが一番悲しいよ」
せめて金でも貰えてればよかったんだけど、俺が死んだあと斬られたスケルトンとそのスケルトンが守ってた祭壇も跡形もなく消えてしまったそうで、討伐報酬なんかも貰えずじまいだ。
ドラゴンほどじゃないにしても、あんだけの魔物倒したなら数千万は貰っていいところなのに。
証拠が何も残ってないっていうんだからその討伐の証明も不可能なのであった。
お金ってアドバンテージを失ったら俺にモテる要素なんて一個もないじゃないか。
そんな悲しみに包まれて、目の前のグラスをぐいっといく。
「彼女ほしい……」
もっというと俺が病室にいたらつきっきりで看病してくれる彼女がいいな。
そんな高望みをできるような身分でもないんですけどね、なんなら普通の彼女もできないんだから。
なんて思っていると、珍しく知らない人に声を掛けられる。
「こんにちはー、となりいいですかー?」
「ええ、どうぞ」
見るとかわいい女性である。
歳は俺よりちょっと上だろうか。
当然、俺の海よりも広い異性の好みの範囲内だ。
「マスター、彼と同じの一つ」
「かしこまりました」
女性がお酒を頼むと、マスターが洗練された動きで出してくれる。
「それじゃあ乾杯です」
「乾杯」
二人でグラスを合わせると、彼女はそれをぐっと傾けた。
「おいしー」
「おいしいですよね、これ」
そしてグラスをカウンターに置くと、彼女が身体をこちらに寄せる。
「私はリリスって言います。貴方は?」
「私はユーリです。よろしく、リリスさん」
「はい、ユーリさん。もしかしてなんですけど、ユーリさんって冒険者ですか?」
「よくわかりましたね」
ちょっとだけ誤魔化そうかと思ったけど、嘘をつくデメリットの方が大きそうなのでやめておく。
やっぱり女性には真摯でいないとね。
まあ直接聞かれていないことは全力で煙に巻くんだけど。
「なんだかユーリさんの振る舞いがそれっぽかったので。もしかして、結構上のランクですか?」
「一応、ランク6です」
「凄い!」
へへっ……、そんなに褒められると照れるぜ。
「ユーリさん、ランク6なんですねー。いいなー、強い男の人ってやっぱり素敵ですよねー」
ランク6が強いかは諸説あるけど、少なくとも世間一般ではかなり上の方って認識ではあるみたいだ。
「リリスさんも、冒険者ですか?」
「はい。私ランク4なんですけど、やっぱり強い人は雰囲気が違うなーって」
「リリスさんもその若さでランク4なら十分凄いと思いますよ」
「えー、だってユーリさんの方が若いじゃないですかー」
「え? そうなんですか? てっきり歳下かと」
「ふふっ、流石に私がユーリさんより歳下は無理がありますよー」
「そんなことないですよ。むしろお酒飲んで大丈夫かなって思いましたもん」
まあ嘘だけどね。
いや、嘘じゃないよ。もし嘘だとしてもお互いが楽しくなれる優しい嘘だよ。
「マスター、同じのもう一杯」
「私も、同じものを」
二人で仲良くおかわりを頼んで、それに口をつける。
「私最近王都に来たばっかりなんです。よかったら色々教えてくれますか?」
そう言いながら、彼女が身体を寄せてきて、互いの肩が触れる。
ふふふっ、これはもしかしてナンパ成功するんじゃないか?
「もちろん、喜んで。こう見えて、クランの代表もやってるんですよ」
言ったあとにあっと気付く。
話すと呪われるなんて悪評伴うクランマスターの話は、普段なら自分から話さない話題だった。
ちょっと酔ってるのかも。いや酔ってないけど。
まあでも、王都に来たばっかりって言ってたし、あの噂ももう一月以上前のものなんだから今更知ることもないだろうきっと。
一々俺なんかの話題をあげるほど、王都の冒険者たちも暇じゃないだろうしね。
「その若さでクランマスターですか? ユーリさん本当に凄い人なんですね」
「そんな事ありませんよ。優秀なクランメンバーのおかげなので」
「それでも、みんなユーリさんを慕ってクランに居るんでしょう?」
「いやあ、それは単純にうちが儲かるからですかね」
もしくはいろんな面倒事がやらなくて済むからか、ユリウスたちが居るからか。
新規募集でも、ユリウスたちに憧れてって意見はよく聞いたけど、俺に憧れてなんて意見は一度も聞いたことないし。
まあそんなことはどうでもいいんだけどさ。
「ユーリさんのクランってなんていうクランなんですか?」
「≪星の導き≫っていいます」
「えっ?」
「えっ?」
意表を突かれた表情をする彼女に、つい俺も聞き返してしまう。
「あー、そっかー。ごめんなさい、やっぱり私、失礼しますね」
「えっ? えぇっ???」
それから彼女は席を立って、会計だけ済ませて店から出ていってしまった。
唖然とする俺。
「マスター、俺なんか悪いことしたかな?」
この状況の解説を求める俺に、マスターは気まずそうに話し始める。
「これは聞いた話ですが、ユーリさんは墓地でスケルトンを相手に死にかけた、と噂になっているようですね」
「ああ~~……」
それは紛れもない事実なのだが、相手は強かったんだよと言い訳をさせてほしかった。
あそこは大して強くないスケルトンしか出てこない場所で、死にかけるとかランク6の面汚しと言われても状況的に否定ができない。
もちろんヤバいスケルトンが実際にはいたのだけど、その証拠は死体の欠片すら残っていないわけで。
そんな状態で言い訳しても誰も信じないし、実際死にかけたのも半分は事実だから強く否定も出来なかった。
なんと言ってもソフィーが助けを呼んで、ユリウスたちに助けてもらったのも事実だし。
噂なんてセンセーショナルな方が広まりやすい物だし。
彼女、強い男性が好きって言ってたもんなあ。
誤解ではあるけれど、実際にその誤解を解く方法がこの場にないんだから、彼女を責める気にはなれなかった。
ナンパって、そういうもんだしね。
俺だって、女の人だと思ってナンパした相手が男だったらそそくさと後腐れないように帰るし。
まあその相手はまた後日会ったら、本当は女性だとわかったんだけどこれは余談。
彼女の態度はいくらか露骨ではあったけど、取り繕う気がどれくらいあるかという気持ちの差だけで本質的には俺も変わりはない。
だから怒る気にはならなかったけど、それはそれとして悲しくはあった。
彼女ほしいよぉ……。
▲▼△▽
「ギルマス、こちらを」
「あー? どうした?」
冒険者ギルド代表の執務室。
そこでギルドマスターのドラングは秘書に渡された資料を受け取って目を通す。
「ユーリさん、及び≪星の導き≫が討伐したと思われるスケルトンに関する文献が見つかりました」
それはつい先日、王都でもトップクランである≪星の導き≫の代表が死にかけたという事件の参考資料。
「対象のスケルトンの命名は≪滅びの骸≫。600年前に当時の王国騎士団と冒険者ギルドによって合同で討伐させたとされる魔物の一体です。この文献から読み取れる事象での≪滅びの骸≫の脅威程度はランク9相当。これだけでは王都に対するほどの脅威ではありませんが、更にその≪滅びの骸≫は、推定ランク12相当にしてあらゆる死霊を統べる≪破滅の君主≫を召喚する役割を持つ尖兵だったと。更にその≪破滅の君主≫は死霊の一大軍団を築き、当時あった隣国を滅ぼしたそうです」
聞いているだけで頭が痛くなる話である。
「これは冒険者ギルドに秘蔵されている文献から読み解いた情報なので信憑性は高いかと。それが討伐されたのがあの古戦場であり、祭壇の形状もユーリさんの証言と一致しています」
「ふぅー……。これが本当だったら王都は今頃滅んでたかもな……」
ドラングは言いながら、深くため息をつく。
もし≪滅亡の君主≫が召喚されたとして、王都に対抗できる人材がいない訳ではない。
それでも、その人間と相対する魔物がが本気で戦闘をすれば、余波で都市がひとつ消しとんでもおかしくはない。
ランク12とはそういう領域の話だ。
ランク10から比べても更に別次元。
実際に山をひとつ消し飛ばし、その上で大地を割った亀裂は渓谷となり数百年の時を経てなおその傷跡を残し続けているといった伝承まである。
「それで、この件はどうしましょう?」
「どうもこうも、ギルドにできることはなにもねえ。ユーリが倒したスケルトンが≪滅びの骸≫だった証拠はひとつもねえし、その文献が正しい確証もねえ。被害は皆無、評価は不能じゃ報酬を出すことも出来ねえよ」
事実が確認されればギルドからも国からも間違いなく恩賞が出るような事件でも、それを証明する物がなければ出来ることはない。
これはやらないでもやりたくないでもなく、出来ないだ。
せめてなにか実在を証明できるものが残っていれば、公的にその功績に見合った報酬を出すこともできるのだが。
流石にそれがなくては他の冒険者たちや、報酬を出す貴族たちを納得させることは出来ない。
「しょうがねえ、俺が個人的に出来る範囲で労ってやるか」
「ならやはり、女性を紹介して差し上げるのが一番かと」
「それなんだがなあ」
それ自体は前から挙がっていた話なんだが、そう簡単にも話は進まないのだ、とドラングはまたため息を漏らした。
△▽▲▼
「よう、ユーリ」
「なんだ、ジョンとサムか」
俺がフラれてから悲しく一人でお酒を飲んでいると、店に入ってきた知り合いに声をかけられる。
「ボブはどうした?」
「あいつは大量発生してたスケルトンを狩りに行ってるぜ」
「よく働くなあ、アイツは」
「そんなことより聞いたぜ、お前スケルトン相手に死にそうになったんだって?」
「お前らもかよ! そのスケルトンクソほど強かったんだよ」
「あっはっは! わかってるって! きっとランク9くらいあったんだろ?」
「いや、きっとランク12はあったと見たね!」
「こいつら……」
完全に面白がってやがるな。
「そう怒るなって」
「そうそう。まあどっちにしろ、無事でよかったぜ」
「ああ、快気祝いだ、今日は俺たちが奢ってやるよ」
「マスター、この店で一番高い酒、ボトルで」
「おい馬鹿やめろ!」
「お前そんなに酒飲めねえだろ!」
「は? 飲めるが?」
「どうぞ」
「ありがとマスター」
「あっ!」
マスターから渡された酒をガッと煽る。
そのアルコールの度数で、俺は死んだ。(13日ぶりXX回目)
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