052.死闘
「ユーリさん……」
不安になるソフィーの声を聞きながら、じゃりっと地面を踏みしめ僅かに重心を変える。
それを受けて、あのスケルトンもピクリと反応を見せた。
よかった、これで僅かに希望がある。
勝ちに繋がる、という希望ではないが。
「大丈夫だよ、ソフィー。別に俺がここで犠牲になる、なんて言ってるわけじゃないから。ここは二人で戦っても絶対に勝てない。でもソフィーがユリウスたちを助けに呼んでくれば二人とも生き残れる。それに俺は四半鐘は絶対に死なない。だから……」
相手の実力はさっきの一撃で分かった。
それを加味して、取れる選択肢は一つしかない。
その答えを得るために、全力で声を張る。
「 【走れッ!】 」
「っ!」
一瞬息をのみながらも、ダッと走り出したソフィーの靴音を背後に聞く。
同時に、スケルトンが距離を詰めようとしたところを迎撃する。
白槍の一突き。
その光の束は容易く防がれる。
しかしそれは予想済み。
「 【火矢】 」
短く唱え、自分の左右から三本ずつ、大きく迂回させて術を放つ。
その先にあるのは、スケルトンの背後にある祭壇。
弧を描きつつ、目標には全て命中するように曲げた火矢を、スケルトンは後ろに下がりつつ全て切り落とした。
これで確定。
あのスケルトンはどうやら祭壇を守りたい様子。
これなら時間稼ぎにも目処が立つ。
あいつの討伐ランクはおそらく8。
俺より二つ上、と聞けば届きそうな気もするが、そもそもランク8の魔物を討伐するにはランク8の冒険者のパーティーが要求されることを考えればどうやっても不可能な差だ。
ただ祭壇の守りを要求される状況なら、立ち回りにも余裕ができる。
もちろん、それでも勝つことはできないだろうけど。
あと悪いことに、俺が祭壇に脅威を及ぼせない範囲まで離れれば即座に殺しに来るだろうから結局この場を離脱することは叶わない。
まあ、あいつが発生した時点で俺は詰んでるから、ソフィーを逃がしただけでも十分な成果なんだけど……。
でもソフィーは優しいからなあ。
相手が誰であれ自分の為に人が死んだらきっと傷付く、彼女の心の消えない傷になる。
なら、生き残るしかない。
フェイントの動きを挟みながら、じりじりと距離を詰めてくるスケルトンを牽制しつつ唱える。
「 【身体強化】 」
一つ目、わずかに身体能力が向上したのを感じる。
「 【視覚強化】 」
二つ目、視界がわずかにクリアになり、少しだけ速い動きに目が追いつくようになる。
「 【聴覚強化】、【筋力強化】、【心肺強化】、【痛覚軽減】、【疲労軽減】、────」
呪言はある意味、無限に近い使い道がある。
その中から、遥か昔に得た経験で、有用だと学んだものを重ねていく。
対するスケルトンは大きく動かない。
これだけやってもまだ、取るに足らない存在だから。
焦る必要などなく、一手ずつじっくりと詰ませればいい。
そんな余裕が見て取れる。
そしてそれは正しく、ありがたい。
フェイント、牽制によって時間を稼ぎながらも積み終えた最後に呪言を紡ぐ。
「 【ユリウスのように】【踊り狂え】 」
俺の知る限り最高の戦士、ユリウスがどう動くかというシミュレーションを自分の中に落として、槍を握る戦闘の思考を強制的に切り替える。
その基礎にあるのは長い時間を共に戦った仲間としての経験値。
速さも強さも全く届かない仲間であるが、それでも今の技量はあいつと同等だ。
更に自身の身体の操作を操り、操り人形の紐を強制的に引っ張るように思考と反射の限界を越える呪言が続く。
これで魔力が尽きるまで、俺は文字通り踊り続けることができる。
十二ある俺の『奥の手』の二つ目と三つ目だ。
これでも、まだ相手するには足りないが。
続いて荷袋から出した薬の瓶を三種類、順番に飲み干す。
ひとつは魔力の上限を大幅に上げる薬。しかし副作用として魂を燃やし尽くして最終的にそれを消滅させてしまう。
ひとつは魔力の出力を大幅に上げる薬。しかし副作用として生存に必要な魔力まで絞り出し高速で全てを使い果たして死に至る。
ひとつは魔力を使って自身の身体能力を大幅に上げる薬。しかし副作用としてこれを服用している間は桶の底を抜いたように魔力を消耗し続ける。
ちなみにこれはランク10の魔術師、フレイヤ謹製の薬であり、それぞれは決して同時に服用しないようにと忠告されている。
そこまでしてやっと、スケルトンがこちらに反応し、わずかに警戒の姿勢を見せた。
上限を四半刻として、それ以上の生存は度外視した強化。
もしそれ以上に戦闘が長引けば例え攻撃を受けなくとも、俺の身体はひとりでに崩れ落ちるだろう。
最後に白い槍を握り、これを貸してくれた友人に感謝する。
この相対が今日この場所であったのは俺にとって僥倖だ。
もし握っていたのがこの槍でなく平凡な武器なら初撃で死んでいただろうから。
まだ、生き残れたわけではないけど……。
戦闘を遅延するのもいい加減限界だろう。
俺は逃げ場をなくした罠籠の中の兎だけど、それでも相手が余裕を持って狩りに来るのを待ってもらうには限度がある。
すー、はー。
距離を詰められすぎても不利になる。
なら動くのは今!
「 【爆ぜろ】!」
動き出すと同時に、手の内に隠していた魔石を手首のスナップで投擲する。
ランク5程度の魔物なら即死させられる威力のそれも、当然のようにノーダメージ。
俺は一歩横にステップを入れ、スケルトンではなく射線の通った祭壇へと槍の白光を飛ばす。
いつもよりもずっと、身体が軽い。
思考がクリアで、周囲の状況がよく見える。
湧き上がる魔力のおかげで、実際にいつもよりもずっと機敏に力強く動けている。
それでも、スケルトンは当たり前のように俺の牽制を防ぎ距離を詰める。
そのまま踏み込んだスケルトンの一閃をギリギリで受ける。
一手目で既に限界近く。
二手目三手目は当然のように猶予が削られさらに追い詰められる。
そもそもの出力が違うのだ。
力も、速度も、劣っているなら、手札と策でどうにか誤魔化すしかない。
その手札も、何度も同じ手は通用しないだろうけれど。
「 【止まれ】!」
全力の魔力を込めた妨害も、このランクの相手に効くのは一瞬、瞬きよりも時間は短い。
だがそれでも、ギリギリの戦いをする俺にとっては致命傷を避けるだけの猶予を生む。
「 【ヒール】 」
そして避けきれずに割かれた腕の肉はヒールで即座に治す。
「 【ヒール】 」
限界を越えた力で踏み込み、跳ぶと同時に砕けた足の骨を着地するより前に治癒で治す。
「 【火矢】 」
今度は背後から、真上に打ち出した火矢を放物線の軌道で祭壇へ飛ばす。
しかしそれは、上昇を終える前に跳んだスケルトンに、斬り飛ばされた。
その隙に、魔石に口に含み、噛み砕いて欠片のまま嚥下する。
許容量を超えた量を急激に流し込まれた身体は、まさに今燃えているかのように熱く、頭はぐらぐらする。
実際に流れた汗が自身の体温でそのまま蒸発して薄く霧になる。
「 【冷静】、【集中】 」
自分の身体を強制的に調整できなければ、そのまま脳がオーバーヒートして倒れるか、魔力の奔流に呑まれて暴走していたかもしれない。
まあ調整した上で、それでも爆発寸前の脳と全身をギリギリ抑えて稼働させているような状態なのだが。
しかし、相手がスケルトンだったのは不幸中の幸いだ。
出力は桁外れでも人型ならば対人の技術が応用できる。
それにもしこれが同じランク8でも、ワイバーンのブレスのような広範囲の攻撃が飛んでくれば俺は成すすべもなく死んでいただろうから。
とはいえ、死力を尽くして一瞬の時間を作り出している現状に違いはないのだけど……。
冒険者には不測の事態に襲われることがある。
それは半ば引退した身でも変わらない。
ならば精一杯の備えを、というのは自然な思考だ。
その備えは現在進行系で消費し続けているけど。
それでも、死ぬよりは安い。
もう皆に着いていくのは諦めた。
それでも備えることを怠ったことはない。
それでもこれまでの経験が失われる訳じゃない。
修羅場を越えた仲間たちが今は隣にいなくとも、記憶を確かに残っている。
それらに比べればこれくらい、軽いもんだと。
剣で語る。
これが、その答えだと。
「はぁ……、はぁ……」
吐き気を堪え、肩で息する俺にスケルトンは悠然と歩み寄る。
床に散らばるのは武器の残骸。
槍が二本、両手剣が一本、片手剣と短剣が合計六本、盾が一枚。
それぞれが最上級の武器であり魔装だ。
そして残っているのは逆手に握った短剣が一本だけ。
これが失われたら間違いなく瞬殺される。
もう片方の右手には特大級の魔石が一つ。
これを投げて爆破すれば間違いなく、あの祭壇は破壊できるだろう。
だからこそ、スケルトンは余裕を持って、一手一手削るように攻めてくる。
とはいえどちらにしろ、俺の魔力の枯渇も近い。
漏れ続ける水槽の水があと僅かになった魚のようなものだ。
他にも床には防衛用の魔道具や神酒の器の破片など、あらゆる手を尽くした形跡が転がっている。
全身は傷だらけで、生命維持に必要な最低限の部分を除いてそれを癒やす余裕もない。
「っ! 【火矢】 」
とっさに飛ばした術は、拡散する前にその全てが叩き落された。
続くスケルトンの一撃。
それを短剣で捌ききれず脇腹に突き刺さる。
俺はその脇腹に刺さった剣を強く握りながら、右手で魔石を全力で投擲した。
「これで終わりだ……」
その剣を無理やり引き抜くスケルトンの力に負けて、俺の指が飛ぶ。
魔石を追ったスケルトンがちょうど追いつく寸前に残った右手側の指を鳴らした。
「 【弾けろ】 」
俺が持つ中でも最大級の魔石が爆ぜ、スケルトンが少なくない傷を負う。
しかしそれは、致命傷には至らない。
余裕を持ってこちらへ振り向くスケルトン。
無機質なその姿にも、わずかに感情のようなものが見えた気がした。
まあ、戦闘に関してあそこまで高度な思考を持っているんだから不思議ではないか。
ともあれ、これで本当におしまい。
微かに聴こえる音は、俺の背後から少しずつ大きくなっていて、まさに今その音の正体が飛び出してきた。
並んで俺の頭上を越え、ユリウスが振り下ろした剣が一手目。
だけどその時点で詰みが見えた。
ユリウスの一閃を受け止めたスケルトンは、横から挟むアーサーの横薙ぎの剣を紙一重で避ける。
それが二手目。
最後にユリウスとアーサーの同時連携がスケルトンを襲う。
ユリウスの剣は受け止められたスケルトンだが、反対からのアーサーの斬撃にはなすすべなく、その存在を断たれた。
これが三手目。
神速の戦闘、決着は一瞬、圧倒的な実力。
俺があんだけやってギリギリ死なないで済むレベルの相手を、三手で詰ませて両断するんだもんなあ。
本当に、頼りになる仲間たちだ。
ぐふっ……。
最期に俺は吐血して、心臓が止まる。
俺は死んだ。
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