6-5


 目を開けると、芙蓉ふようは石畳の床に寝転がっていた。


 見上げる空はえるような夕焼け色に染まっている。もうすぐ日没にちぼつなのか、その半分は紺色こんいろに変わり始めていた。


 ぱらぱらと、光のつぶそそいでいる。


 最初は雪が降っているのかと思った。しかし、よく見るとそれは破片はへんだった。ガラスのような、何かがくだけ散った破片。


「天の梯子はしごか……」


 寝転がった芙蓉がつぶやく。


 そこは『大聖堂』の床だった。〈ミュトス〉が破壊されると同時に建物も壊れ、天の梯子と一緒に崩壊したのだろう。


「その通りです」


 少女の声が聞こえた。芙蓉がゆっくり上体を起こす間に、石畳を歩くかたい足音が近づいてくる。その足音が、彼の横で立ち止まった。


 セーラー服を着た少女――ギメルだ。


 銀髪の天使が、夕焼けに照らされてきらめいている。外だからか、きちんとこんソックスとローファーを着用していた。


「今回はいてるんだね」


意地悪いじわるを言わないでください。もちろん、わたしは許しますけど」


 言葉とは裏腹うらはらに、楽しげに笑ったギメルが芙蓉の横にしゃがみこむ。


 二人の周囲は、くずった『大聖堂』の瓦礫がれきくされている。聖域地区は見るも無残むざん有様ありさまで、無事ぶじな建物を見つける方が難しい。整然せいぜんと並んでいたはずの三角屋根は、子供が遊んだ積み木みたいな乱雑らんざつさで、あたり一面に散らばっていた。


 夕焼けの赤に塗りつぶされ、長い影を落とす残骸ざんがいたち。しばらく無言でそれをながめた二人だったが、ふいにギメルが口を開き、沈黙ちんもくを破った。


派手はでに壊しましたね」


「ごめん」


「きちんと反省してますか? あやまっている割に、晴れやかな顔をしていますよ」


「気のせいだよ」


「……いいでしょう、わたしは許します。梯子はしごなら、また作ればいいんです。その力がわたしに残されているとは限りませんが」


 そう言ったギメルの姿は、少しずつけ始めているようだった。


「大丈夫? 消えそうだけど」


奇蹟きせきを使いすぎたみたいです。仕方がありませんね」


 半分ほど透明になったギメルが、芙蓉に微笑ほほえみかける。少しくらいなら奇蹟を分けてあげられるかも――そう思った芙蓉は、首にげたプリズムキューブのペンダントを取り出した。


 しかし、無理だった。


 七色にきらめいていたはずの立方体は、ひび割れて輝きを失っていたのである。


「……ごめん」


「大丈夫です。自分でなんとかできますから」


 消えかかり、透き通ったギメルが立ち上がる。


「いつか、また会えたらうれしいです。それまで元気でいてくださいね」


 芙蓉が返事をする前に、天使はふわりと笑って消滅しょうめつした。言わなければならないことが沢山あるはずだったが、もう間に合わない。


 後に残された芙蓉は、大きく息をいて再び寝転がる。風が吹いて、Yシャツと黒髪がかすかにれた。


 何もかも終わった。この真っ赤な夕日がしずみ、夜になって、明日をむかえるころには――くるおしいほどに青い日常が、芙蓉を待っていることだろう。


 遠くからトレーラーのエンジン音が聞こえてきた。XEDAゼダの面々がやってくるまで、まだ少しだけ時間がかかりそうだ。彼は何をするでもなく、寝転がったまま、夕日に染まった空を見上げていた。

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