3-5

 芙蓉ふようが目をますと、すでにトレーラーの中だった。


「やーっと起きた~」


 そう言った理亜りあが、コンテナの床にへなへなと座り込む。芙蓉は座席ざせきに寝かされていて、彼女はずっとその様子を見守っていたらしい。


「もー、死んじゃったのかと思ったよ! 血とか出てたし……まあすぐなおったんだけどさ」


「あの後どうなったんですか?」


「え~?」


 心底しんそこつかれた様子の理亜は、床にぺたんと座り込んだまま目を細める。


「とりあえず金色のやつが蒸発じょうはつして、ロゴスが消えて血まみれの芙蓉くんが落ちて来たでしょ。そのあとは虚像きょぞう天使てんしも出てこなくて私ひとりっきり。あ、お水いる?」


「ください」


「どーぞ」


 上体を起こしてペットボトルの水を飲んでいると、理亜がちらりと視線しせんを向けた。


「あのさー。それ、直して洗濯せんたくしとこっか?」


「え? ……あ」


 彼女の視線の先にあったのは、芙蓉の血まみれのYシャツとスラックスだった。Yシャツに関してはずたずたになっている。多分、破片はへんか何かがさっていたのだろう。


「ありがとうございます、何から何まで」


「ほんとだよっ。おっかなくて見てらんないぜ」


 おさげの先輩せんぱいが、やれやれ、とかたをすくめる。


「まあでも、助かったけどね。正直、あいつの性能は想定そうてい以上だった。まさか情報部じょうほうぶ分析ぶんせきがここまで的外れなんて……でもこんなとこにTGA艦艇かんていきゅう異方体いほうたいがいるとは普通思えないよね……」


 理亜が何事なにごとかぶつぶつとつぶやいている。


 〈制圧せいあつ躯体くたいギメル〉に、七彩ななせらしき人影ひとかげ。すぐに聖域地区に戻って七彩を探したかったが、それが現実的でないことくらいはさすがにわかっている。芙蓉は首にかけていたペンダントを取り出し、取り付けられたプリズムキューブを確認した。


「なにそれ?」


 のろのろと立ち上がった理亜が、芙蓉に問いかけた。


「ロゴスの『かく』的なやつです」


 芙蓉が答えた。これは七彩からもらったマジックアイテムだ。これを通して、不活性ふかっせいしている〈ロゴス〉の状態をることができる。やはりボロボロのままだった。この様子だと、修復しゅうふくに一日はかかりそうだ。


「実は、気を失う直前に、七彩の顔を見た気がするんです」


「……まじで?」


 芙蓉が言うと、理亜は彼の両肩をがっちりと押さえつけた。


「なんですか?」


「危ないから一人で戻っちゃだめだよ? ……って言ってもどうせ聞かないだろうし、今日は私のうちに芙蓉くんを監禁かんきんしようと思う」


「いや、それはさすがに……」


「な、なにがイヤなんだよー! 女子高生の家だぞー!」


「理亜さんの家って整備せいび工場こうじょうみたいな感じですか?」


「なんでそう思ったの!? 違うよ!」


 理亜は最新鋭機さいしんえいき操縦兵そうじゅうへいなわけだし、秘密基地をねぐらにしていてもおかしくはないだろう。その方が格好かっこういいと思ったが、残念ながら違うらしい。


「でも、本当に大丈夫です。今すぐ戻って七彩を探したいけど、ロゴスも壊れてるし危険すぎる。理亜さんも、また聖域せいいき地区ちくに行くには準備時間が必要ですよね?」


 芙蓉が聞くと、理亜は申し訳なさそうにうなずいた。


「行くにしても、一日待ってほしいな。作戦はり直しだし、こわれたXM17も整備せいびしなきゃだからさ」


「ロゴスの修復もちょうど一日かかりそうです。どのみち、明日まで待つしかない」


「……そうね、ちゃんと我慢がまんできてえらい!」


 そう言った理亜は、一安心したような表情をかべている。しかしその直後、はっとした彼女は何を思い出したのか再び口を開き、こんなことを言い出した。


「それはそれとして、うちくる? 徹夜てつやでコイバナする? どっちからこくったのかとか、初デートはどこにしたとか、どれくらいケンカしたのかとか、ちゅ……ちゅーはしたのかとか、そういう話する? ねえ、そうしよ?」


 期待にちた目をしながら早口でまくしたて、赤い顔をして「きゃーっ」とり上がる理亜に、芙蓉は無表情むひょうじょうのまま返事をした。


「めんどくさそうなので遠慮えんりょしときます」



   *****



 夜の十二時。


 電気を消して自宅のベッドに寝ころんでいた芙蓉ふようは、小さなノックの音を聞いて身を起こした。


 この家には彼の両親と妹も住んでいるが、一時間ほど前に全員たはずだ。そもそも、ノックの前には物音ものおとひとつしていなかった。突然とつぜん、なんの前触まえぶれもなくノックの音だけが聞こえたのである。


 再び、こんこん、と音がした。


 不思議ふしぎに思いながらも、ベッドから降りてルームシューズをいた芙蓉はドアの方に向かう。足音が聞こえなかっただけで、家の誰かが起きてきたのだろうか――そんな風に思いながらドアノブを引いた。


 しかし、


「――!?」


 ドアをあけた瞬間しゅんかん、芙蓉は心臓しんぞうが止まるかのような思いを味わった。おどろきすぎて逆に声が出なかったくらいだ。


 そこには、うすくかがや銀髪ぎんぱつの少女が立っていた。


 とおる銀色のロングヘア。宝石のような金色のひとみ彫像ちょうぞうのようにととのった顔立ち。見間違みまちがえるはずもなく、目の前の燐光りんこうを放つ少女は、のである。


「こんばんは、園見そのみ芙蓉ふようさん。遅くにごめんなさい」


 少女が静かに告げて、ふわりと笑う。


 見慣みなれた夏服セーラーとスカートを着用したその少女は、素足すあし廊下ろうかに立っていた。やわらかそうな癖毛くせげ、整った顔立かおだち、ほっそりした手足まで、全てのパーツが白羽しらはね七彩ななせと全く同じだ。


 芙蓉は気を動転どうてんさせていたが、それでも自分の中のなにかが明確にこう告げていた。


 ――この少女は七彩ではない。


 パーツは同じでも、表情や仕草しぐさがちがう。七彩はこんなふうに微笑ほほえまないし、こんなに綺麗きれい所作しょさ挨拶あいさつしない。言葉づかいも、七彩にしては丁寧ていねいすぎる。


「ご迷惑めいわくでなければ、入ってもよろしいでしょうか?」


 七彩とそっくりの少女が小さく首をかしげた。むろん、芙蓉に断る気など一切いっさいない。


「……どうぞ」


 かろうじてその言葉をひねりだした芙蓉は、少女のために道をあける。


「ありがとうございます。では、失礼します」


 少女は笑みを浮かべ、ひたひたと歩いて室内へ入っていく。明かりをつけていない部屋は真っ暗なのに、彼女のまわりだけはあわく発光しているかのように見えた。


 後ろ手でドアをめた芙蓉は、深呼吸しんこきゅうをしながら少女の方を見た。彼女はまどの近くまで部屋を横切よこぎって、月のない真っくら夜空よぞらを見上げている。


 どう声をかけたものか迷っていると、かえった少女が先に口を開いた。


「まずは自己紹介をさせてください。少し、おどろかせてしまうかもしれませんが」


すでにめちゃくちゃ驚いてるんだけど」


 そう言うと、少女はきょとんとした表情で芙蓉を見返した。


「そうなんですか? では、改めて――わたしのことは、『』とお呼びください」


「……ギメル?」


「はい、天使ギメルです。よろしくお願いします、芙蓉さん」


 少女はそう言って、優しげに微笑ほほえんだ。


「ギメルって、今日僕が戦った、あのギメル?」


「その通りです。ですが、ここに来たのは芙蓉さんを制圧するためではありません」


「じゃあ何をしに?」


「あなたに興味がきました。あなたもわたしに聞きたいことがありますね?」


 微笑みを浮かべたギメルが芙蓉に問いかける。


 その言葉のひびきにどきりとしながらも、芙蓉の中の冷静れいせいな部分が思考をめぐらせる。ギメルは七彩とそっくりだ。七彩本人ではないにしても、関係ないはずがなかった。この天使と話すことで真実に近づけるのはまず間違まちがいないだろう。


「聞きたいことなら山ほどあるよ」


「ですよね。思ったとおりでした」


 ギメルがうれしそうに笑う。その表情を七彩と同じ顔でされるので、芙蓉は非常に混乱こんらんした。混乱しすぎて、思考がうまくまとまらない。聞きたいこと――聞きたいことはたくさんある――そうだ、聞きたいことは――


「例えば……なんでそんな服装ふくそうなのか、とか……」


 そうして出てきた質問は、我ながら本当にしょうもないものだった。ちょう強力きょうりょくな制圧躯体くたいの天使が、なぜセーラー服を着ているのか。確かに気にはなるが、今はそんなことを聞いている場合ではない。


 そんなことを聞いている場合ではないが、その服装はとにかく似合にあっていた。


当世とうせいにおける一般的いっぱんてきな服装を選んだはずですが、なにかへんでしょうか?」


 首をかしげたギメルが、スカートを広げてくるりと回る。その仕草しぐさ可憐かれんすぎて、芙蓉は質問されていることに数秒のあいだ気付けなかった。


「……いて言うなら、靴下くつしたが足りないかも」


 ギメルはぱちくりとまたたきをすると、芙蓉の大変しょうもない返答に「そうなんですね」と返事をした。


「もっとお話していたいですが、こんな時間です。いろいろと準備をしていたら、芙蓉さんをたずねるのがおそくなってしまいました。ごめんなさい」


「いや! こんな時間でもぜんぜん大丈夫。今から話そう」


「だめです。夜更よふかしするのは悪い子ですよ。わたしはそんな芙蓉さんも許しますけど」


 振り向いたギメルが芙蓉に微笑みかける。


 そして、彼女は優しい声色こわいろでこう続けた。


「明日、学校であなたを待っています。もしご迷惑でなければ、わたしのもとへ来ていただけませんか?」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

〈近況ノートにて機体やキャラの設定イラストを公開中です〉


・少女ギメル

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093088274750993

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る