フダウラモノガタリ

ウボァー

《怨嗟封印画『最後の楽園』》前編

 自身は転生を経験していて、そしてここはカードゲームの世界だと認識したのは中学校の行事のさなか。

 美術館にてある一枚のカードを見た時だった。



 カードの上半分を占めるサイズのイラストと、名称や効果等の文字を区切るためのフレームは豪華な額縁のように彩られている。

 肝心のイラストに描かれているのは真っ黒に塗りつぶされた男性。周囲の背景も黒く、誰かに言われなければただ黒しかない手抜きの絵だと思ってしまうような変なもの。



 私は、これを知っている。

 普通のカードゲームとして売られていた前世の世界を。

 そして、イラストに込められた物語を。


***


 ――その昔、平和な国を襲った怪物や天災がいました。

 人間の力では太刀打ちできないそれらをなんとかしようと、王様はある魔法の画家に頼み込みました。

 すると、その人は魔法の画材を使って恐ろしいものたちをカードに描き、絵として封印してしまいました。

 これには国民みんなが大喜び。

 しかし、王様は思いました。

 また同じことが起きたらどうしよう。

 封印が解けてしまったらどうしよう。

 この過去の出来事を忘れないように。

 誰にも知られずに封印が解けたりしないように。

 王様のこの願いを叶えるために、封印したカードは全部【封印画】として美術館に展覧され、国民はずっと過去を忘れずに、また、封印をずっと監視することができるようになりましたとさ。

 おしまい。


***


 ――以上全て、。私の前世で得たカードの設定とも矛盾はしていない。


 私が生きるこの世界はカードゲームの世界。そして、この世界にあるカードはほとんどが異世界からやってきたものだ。

 上記の物語はカードとなって現れた【封印画】より、この世界のカード研究所が明かした異世界の歴史である。


 ……カード研究所、というくっつくはずのない二つの単語が一つになっている事に対して前世を思い出した私は疑問を抱いたが、それはすぐに消えた。

 ここはカードゲームの世界。カードが世界の中心になって回るような価値観のため、カード専門の研究所があってもどこもおかしくはない……というワケである。


 というか前世と比較するとそうはならんやろとツッコミたくなることが多すぎるのがカードゲーム世界。カードが絡んだ全ての事象にへーそうなんだと納得していないと変な子と思われてしまう。

 前世の記憶を思い出す前のなぜなぜ期に、皆が常識として受け入れているカードに対する疑問を家族友達にぶつけまくる……という変な子の片鱗を見せていたっぽいので手遅れかもしれないが。

 このリカバリは高校進学でなんとかしたい。切実に。


 …………うん、受け入れるしかないカードゲーム常識は一旦横に退けておこう。


 画家が残したカードたちは私が今生きる世界に流れ着いた。

 作られた経緯ゆえに全て一点もののため、資産として保有しようとした資産家は多かった。

 そこに待ったをかけたのがカード研究所。カードを所有しようとしている資産家へ、事故で封印が解けてしまった場合お前達の住んでる周辺は間違いなく壊滅的な被害がでるがその責任が取れるのか? と脅し……じゃない、警告をした。


 そんなことを言われたら……と、全員手を引いたのでカード研究所が責任を持って保管することに。

 カードのストーリー通りに美術館で保管するのが一番安定するらしく、こうして来場客に毎日見てもらうかたちで封印が維持できているかの監視が行われている。


 カードは見るだけではなく、カードバトルでも使いたくなるのがこの世界の人間達。

 一般販売するのは本物のイラストを読み取った機械印刷製のコピーで、プロの画家による模写を少数生産レアカードとして資産価値を……と2種類作ってとりあえず金持ち達を納得させた。


 そこまではまあいい。


 問題は――この世界に生きる人間が知らない『その後の話』を私が前世の知識で知っているせいで、展示物の中でトップクラスに危険なとんでもない危険物が混じっていることに気付いてしまったぐらいだろう。


 ……危険を2回も言ってしまったが、私の目の前に飾られているこの黒々したカードはそのぐらいヤバいブツである。ヤバすぎて前世の記憶が戻るぐらい。


***


 王は魔法による困難の解決例を得た。

 不可能を可能とした魔法に依存した。

 敵対者を悉くカードに封じ、火にかけて消滅させた。

 檻に閉じ込め、枷をかけ、人質を用意し……画家に望まぬことをさせ続けた。

 無理やりに使われ続けた果て――画家はついに狂った。

 己の魂を全て魔力に変換し、このような仕打ちをした王と国への呪いを封印した最期の一作を作った。

 強欲な王がそれを見つけ、使用し、解き放たれることを望んだ。


 自然現象ではなく、生存競争でもなく。

 ただ人を殺すという悪意によって作られた。

 ――見たら死ぬ絵のように、使ったら大勢が死ぬカードを。


 誤算は……あまりにその絵が美しすぎた故に、カードとして使い磨耗して損なわれることを恐れた王が、他の誰も触れないように大切にしまい込んでしまったことだけ。

 画家がある日突然いなくなり、その魔法に依存してしまっていた王は元のように戻れず、うまく国を治められなくなり――そして滅びましたとさ。


 発売されてから1年後に【封印画】テーマを強化する新規カードが増えたと同時に公開された、公式サイトによる解説。そこで明かされた暗く重い、終わりの話。

 これにておしまい。


***


 ……うん。なんちゅうものをオープン展示してるんだカード研究所! いつ暴発するかわからない不発弾なカードを出すな! 知りませんでしたは言い訳にはならないんだぞ!! かもしれない運転を大事にしていけー!!



 ――それは、【封印画】カードの効果によりフィールドで置物状態になったカードが合計10枚以上の場合に特殊召喚可能、という出すのが高難易度で超大型かつロマンカード。

 ……であったが、新規カードで特殊召喚条件の無視が可能になったので安定して出せるようになった。



 このモンスターの名前を――、


「……《怨嗟封印画『最後の楽園ラスト・リゾート』》、なんでこれが飾られてるの?」


 ――彼女は



 名前には力がある。呼ばれたのなら応じる。

 カードとはそういうものだ。

 描かれていた存在が……ゆっくりと目を開いた。


「なんだ!?」


「うそ、停電!?」


 瞬間、照明が消える。

 避難誘導のための非常灯が点灯したが――溢れた黒に塗りつぶされた。緊急事態に美術館スタッフ達も慌てだす。


 カードイラストの黒が波打ち、弾ける。人型に張り付いていた黒が溶けて溢れ出し、描かれていた男の真の姿を見せる。


 高貴さを感じさせる上等な衣服に、無駄のない均整のとれた体型。一糸纏わぬ姿になったとしても、見る人が抱く感想は10人中10人が変質者ではなく美術品と声を揃えるだろう。

 被造物であるが故に、この世に生きる者では到達できぬ美の結晶。

 国を継ぎ発展させるだろう王子が大人になった姿をモチーフとし、国を滅ぼす呪いを閉じ込めた、どこからどうみても人間にしか見えない異形。


 それが【封印画】テーマに属するモンスターの1体――《怨嗟封印画『最後の楽園ラスト・リゾート』》。


 彼女はカードから抜け出る彼を見た。

 彼は名前を呼んだ彼女を見た。


「ああ、ああ! これがきっと――運命と呼ぶべきもの! なんでアタシは一番大事なことを忘れていたのかしら!」


「え、あ、ふぁあ!?」


 名前を告げた女を両手で天に持ち上げてぐるぐると回る。

 彼女のプライバシー保護のため体重の値は伏せておくが、普通の人間ができない行動を男は容易く成し遂げている。人間にしか見えない男だが、その正体はモンスターのため力は超常のものだ。体幹に一切のブレはない。

 トンデモ身体能力を発揮しているモンスターは幼い子供と遊ぶように、嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。


 男を中心にして円形に盛り上がった黒インクは草花や小動物、鳥の形に変化しては消え、また作られてを繰り返す。

 一見するとファンタジーだが、このモンスターが何から作られているのか知っている彼女にとっては世界一のホラー体験である。


「ありがとう、ありがとう! アナタはアタシを知っていたの? それとも偶然で名前を当てて?」


 ホラー体験とぐるぐる回転で脳の働きが鈍りつつある頭の中、彼女は一人称のアタシについて考えることで現実逃避していた。

 どう見ても男性なこのモンスターの中身がオネエになってしまったのは、魂全部使って呪いを込めた画家の性別が女性だからそうなってしまったのだろう。たぶん。


「……いや。やっぱり答えなくていいわ。この状態をずっと続けると面倒なのに目をつけられそうだし」


 男は冷静になったのか動きを止め、抱えられていた彼女はおろされる。

 ぐるぐるの結果、目が回っていてまっすぐ立てない彼女を支えつつ、男は耳元で囁いた。


「だから――今夜、直接会いに行って聞かせてもらうわね」


 恋愛モノならばときめきポイントだろうが、あいにくとここはダークなストーリーを持つモンスターがいたりするカードゲーム世界。

 死刑宣告のような言葉を告げられた彼女の顔は赤らむことなく、真っ青であった。


 男の姿が消え、美術館全体を覆っていた黒が引いていく。人々は怯え惑い、まさか【封印画】が解き放たれたのでは……と展示物へと目をやったが、特に変化はない。

 カード研究所の博士達が謎の機械を携えて慌ただしく飛び込んできたのは、異常事態から10分後だった。

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