ふたり雨宿り

及川稜夏

第1話

「最悪だ…」

 そう呟きながら、一人の青年がバス停にやってきた。彼は髪も、着ている学ランも、酷く水が滴っている。外に目を向ければ、バケツをひっくり返すような雨が降っていた。あまりに急に降り出した雨と、家に置き忘れられた折り畳み傘。それだけで、彼の状況の説明は充分であった。

 目の前の道路には、全く人が通らない。このバス停にバスが一日数本しか来ない、田舎であることも関係しているだろうが、何よりの原因はやっぱり、この雨だろう。

「もう少し待っていれば、少しは弱くなるかな」

 青年は、スマホを弄りながら雨宿りをするが、全く雨は弱まらず、むしろ激しくなる一方であった。

 しばらく、青年がそうしていると、

「隣、いいですか」

 突然、声を掛けられた。

 適当に返事をしようとして、顔を上げる。

 声の主は、雨に濡れた20代後半ほどの女性だった。至って派手ではないスーツ姿であるが、気の強そうな整った顔立ちをしている。

 青年は思わず、返事をする声が裏返った。

「突然降ってきて、びっくりしますよね」

 女性が声を掛ける。

「そう、っすね」

「高校生くらいですか?」

「あ、高一っす」

 女性は、無言が気まずいのか、青年に、適当な話を続ける。だが、彼にはいい迷惑でしかなかった。職場の話やら何やらを一回りも下の相手に話して何が楽しいのだろう。

 青年はふと俯いた拍子に、女性の指に光るものが目に入る。

(この人、結婚してんのか。さぞ金持ちでイケメンの相手なんだろうな)

 顔立ちに良さを感じたことをかき消すように、適当なことを考えながら、女性の話を受け流す。

 だか、気がつけば青年もぽつりと、自らの身の上を話していた。女性に、どこか昔から知っていたような感覚を感じていたからだろうか。何もかも平凡以下で何も上手くいかないこと。年上の優秀な兄と比べられ続けて逃げ出してしまいたいこと。どれも、初対面の人間に話すことでも無ければ、普段の彼であったならば、他人に語らないことばかりだ。

 語りきってしまってから青年は、自分が長々と語ってしまったことに赤面し、後悔した。少し、心は軽くなっていた。

「いえ、大丈夫ですよ。こちらこそ長々と聞かせてしまいましたし」

 そうして、女性は青年に呟いた。

「雨、止んだみたいですよ」

 青年が顔を上げる。先程までの大雨が嘘のようだった。雲の切れ間からは光が差し込んでいる。

「もう、良さそうですね」

 女性はそう言うと、青年の目の前で消えた。

 彼女が何であったのか、青年にわかる由もなかった。


 十数年後、青年は同い年のとある女性と結婚した。馴れ初めは、初対面のはずだがなぜかお互いをよく知っているような気がしてならなかったことだ。

 それなりに平凡に生活しているが、青年にはひとつだけ不思議に思うことがある。それは、つい最近、彼女が雲ひとつない晴れの日に、豪雨にでも遭ったかのように濡れてかえってきたことだ。

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