パチンカスの日々

@setsuna118287

パチンカスの日々

「もう二度とパチスロは打たない」


給料日に5万円を失い、人生で4度目のパチスロ引退宣言をした翌日、俺は気が付くとパチ屋のイスに座っていた。

一体何が起こったのか、自分でもさっぱり分からない。

前日5万円負けた悔しさと虚しさでろくに眠ることができずに一晩中時計を眺めていたところまでは覚えているが、窓から日が差し込み、時刻が8時30分になった瞬間から記憶がパッタリと途切れたのだ。


目の前には、親の顔より見たゴッドイーター リザレクションのスロット。

そして右手には何故か、一ヶ月分の食費を入れた封筒を握り締めている。


ここにいてはいけない。

理性が頭の中で警告を発する。

しかしどうしたことか、全身にまったく力が入らず、立ち上がることすらできないではないか。

お尻が痛くなるほどのゴツゴツしたパチ屋のイスが、まるで母の胸に抱かれる赤子のような安らぎを俺に与える。


『こっちよ、坊や』


お金の投入口サンドが俺に向かって優しく囁いてくる。

もちろん幻聴なのだが、それを幻聴だと認識できないほどに俺のメンタルはボロボロだった。


「あ…あ…」


とても抗うことなどできず、封筒からくしゃくしゃになった1万円札を抜き取る。


入れちゃダメだ、入れちゃダメだ、入れちゃダメだ!


うぉぉおぉおおおおおおお!


1万円札が深淵に吸い込まれ、それと同時にスロットの右下に小さく46という数字が表示された。

これは投入した1万円10kから自動的に1000円分1kが引かれ、46枚のメダルに交換されたことを意味する。

もう引き返せない。

厳密に言えば、今すぐプリペイドカードの払い戻しとメダルの換金をすれば9800円とヤクルトくらいは戻ってくるのだが、200円損している。

そんな状態でおめおめ帰宅するなど到底受け入れられるはずもない。

お金を投入してしまった時点で、勝って帰る以外の選択肢は存在しないのだ。


所持金(※食費)は3万円。

幸いなことに、データカウンターで前日のスロット履歴を確認すると、大当ATたり駆け抜け後に即ヤメをしている台だった。

この台のAT天井は本来なら約1000ゲームだが、AT駆け抜け後やリセット時には約600Gに短縮される。

つまりたとえ店側がリセットしていようが、据え置きだろうが、リールを600G分回せば確実に当たりを引けるお得な状態なのだ。

例えるなら、スーパーで半額シールの貼られているお弁当が朝一で売られているようなもの。

ゴッドイーター リザレクションは1000円でだいたい30G回せるので、3万円あれば確実に1回は当たる。

もちろん、朝一天井おは天なんてごめんだから、1万円以内の投資で当たってくれるに越したことはない。


いずれにせよ、際は投げられた。

あとは天運に任せてリールを回し続けるだけだ。

俺がMAXBETボタンを押すとメダルが3枚減り、リールにセットされる。

さながら拳銃に弾丸が込められるかの如き緊張感。

俺は意を決し、レバーという名の引き金に力を込めた。


ドゥルン♪と軽快な電子音と共に運命リールが廻りだす。

今日こそは勝って、今までの負け分を取り返してやるぞ!


しかし高揚した俺の心は、約1時間後にはポッキリと折れることになる。

100G、300Gが経過しても一向に当たる気配がないのだ。

投資もかさみ、500Gに差し掛かったところで既に2万円近く失っていた。


…おいおいふざけるなよ。

2万円あれば600Gくらい回るはずだろうが!

最初の1000円で18Gしか回らなかった時は何かの間違いかと思ったが、ベルもリプレイも全然揃わないせいでメダルの消耗がありえないくらい多い。

ここまでくれば天井到達は確実で、所持金をほぼ全て失うことは避けられない。


…最悪だ。

天井を想定した上で打ち始めたとはいえ、本当に天井にぶち当たるなんて思わないじゃんかよ。

普通100Gとか300Gのゾーンで当たるだろ。

空気読めよ。

こんなのあんまりだ。


俺が死にそうな顔でブツブツと文句を言っていると、突然店の入り口付近から誰かの悲鳴が上がった。


「に、逃げろー!」


「…ああ?」


一体何事かと俺は体を傾けて声の上がった方を覗き込む。

どうせパチンコで負けすぎた客がハンマーでも振り回してるんだろうと思いきや、なんとそこにいたのは巨大な熊だった。


「熊!?」


そいつは客の一人に覆いかぶさり、むしゃむしゃと美味しそうに人肉を屠っている。

口元が血に染まり、荒い鼻息は遠く離れたこちらまで聴こえてきそうなほどの迫力だった。


なんでこんな都会のパチ屋に熊が出るんだ!?

どんな確率だよ!

まあこの前見た4000回転ハマりのエヴァのパチンコの方が衝撃的だったから、あれに比べたら熊なんて珍しくもなんともないか。

俺が呑気にそんなことを考えている内に、店員や客はイベント日の新台争奪戦かと思うくらいの勢いで走って外へと逃げていく。

俺も逃げないと…。


いや待て!

ここで逃げたら今打ってるこの天井直前のスロットはどうなる?

きっと俺が席を立ったが最後、店に戻ってきた他の奴がスマホかタバコの箱を放り投げて確保するに決まってる。

預金残高が0円の今の俺にとって本当に恐れるべきは、熊よりもハイエナじゃないのか!?

たとえ今日熊のエサになる運命を避けたところで、食費を失った先に待っているのは俺がエサを食えずに飢え死にする未来だけだ。


ならばやることは決まってる。

このまま熊に存在がバレないように、当たりを引くまでスロットを打ち続けること。

俺はスロットの音量を最小に設定し、慎重に遊技を再開した。

運が良いことに、このゴッドイーター リザレクションは他のあらゆるスロットに比べて通常時の音量が限りなく小さいので、ほぼ無音に近い状態で打つことができる。

開発者ありがとう。


よしよし、ステージが変わって作戦区域の贖罪の街に入った。

天井まであと少しだ。

チラリと熊の方を見ると、おっさんが喰われながらパチンコ台に向かって必死に手を伸ばしている。

どうやら先程まで打っていた台が大当たりラウンドの消化中だったらしい。

長時間放置しているとせっかくの大当たりが消滅してしまうから、死に物狂いで続きを打とうとしているのだ。

熊め、大当たりの妨害をするとは、なんて残酷なことを…!


俺はおっさんの尊い犠牲を無駄にしないよう、再び自分の台に集中する。

ステージは愚者の空母に変わり、ミッションに突入した。


『アラガミの暴走を食い止めろ!』


普段なら当たる見込みの薄いリーチ演出だが、既に天井に到達しているので大当たりが強制発動することは確定している。


ビカビカビカァッ!


案の定、白い髪の女キャラがレインボーに光り輝きながら画面いっぱいに映し出される。

その後赤7が揃い、俺の25000円の犠牲と引き換えにとうとう待ち望んでいた大当たりの瞬間が訪れた。

だがそれは歓喜と共に絶望を呼び寄せることとなる。


『アラガミバーストオオォオ!!』


台の発する音に、熊がピクリと反応した。

音量を最小にしているはずなのに、当たった途端にキャラの音声やBGMが強制的に大きく引き上げられたのだ。


だーっ!このクソ仕様、本当にやめてくれ!

会話シーンはまるで聴こえないくせに、幽霊が出た時だけ爆音になる日本のホラー映画みたいだ。


熊の様子を確認すると、周囲をキョロキョロと見回しているものの、まだ居場所までは完全に悟られていないようだった。


…落ち着け。

パチ屋は全体的に騒音で溢れてるから気付かれるはずがない。

このまま続行だ。


対戦するアラガミ選択画面で、ヴィーナスが出現する。

美しい女型のモンスターだ。

このアラガミはリールにスイカが揃ったら倒せるので、俺は密かにスイカババアと呼んでいる。


いよいよ大当たり中のアラガミ交戦が始まり、緊張感がより一層高まる。

25Gの間にアラガミを倒せば当たりが継続、倒せなければ即終了。

このヒリヒリ感がたまらない。

もう熊のことは忘れて、目の前のヴィーナスを倒すことだけに集中しなくては。

レバーを押す手に力が入る。


そしてわずか5G後、神が俺に微笑みかけた。

左リール上段にスイカが停止したのだ。


「うひょっ!」


思わず腰が浮きそうになった。

この時点で、スイカかチャンス目が揃うことが確定した。

もしこのままスイカが揃えばバトルに勝利し、大当たりは継続。

だがスイカが揃わず、チャンス目だった場合負ける可能性がある。


チャンス目はやめて!チャンス目はやめて!


ハリー・ポッターが組み分け帽に祈る時のように、頭の中でスイカが揃うことを強く念じながら、俺は第3停止ボタンを押した。


ピタッ!


来たあぁああああ!スイカだああぁああ!


『ズギュウウウゥゥウウン!!!』


スイカが揃った瞬間、強烈な音とともに台全体がブルブルと激しく振動する。


き、気持ちいい…!

脳汁がブワッと溢れ出し、全身が快楽物質で満たされる。

ゴッドイーターはこの瞬間が一番楽しいんだよな。


だがその音と振動に紛れて、明らかに台が発するものとは別の唸り声がパチ屋全体に響いた。


「グオオオオン!」


恐ろしげな雄叫びにハッとして、恐る恐る熊の方を見ると、あろうことかのそのそとこちらに向かって歩いてきているではないか。


ヤバい、バレた!


さすがに大当たり中の騒音をやり過ごすのは無理があった。

あと1G回せばヴィーナスにとどめをさせるというというのに、このままだと俺が熊にとどめをさされてしまう。

くそっ、一体どうすれば…。


ジリジリと距離を縮めてくる熊。

近くで見ると、その巨体は人間ごときが勝てる相手では無いと本能が理解した。


だが台を捨てて逃げるのだけは、俺のパチンカスとしての誇りにかけて絶対にするものか。

たとえこの命に代えても俺は打つのをやめない。

最後まで戦い、そして勝利を掴み取るんだ!


熊の吐く荒々しい息が、俺の肌に当たるほどの距離に達した。


「グオオオオオオォ!!」


「うおおおぉおおおお!!!」


俺と熊が同時に腕を振り上げる。

俺は目にも止まらぬ速さでスロットの光量と音量を最大まで引き上げ、熊の爪が到達するよりも先にレバーを叩いた。


『喰らい尽くすっ!!!』


俺のレバーオンを待っていたかのように、スロットの画面越しにゴッドイーターの主人公が叫ぶ。


ギュイギュイギュイギュイギュインギュイン!

ズギャギャギャギャギャギャギャギャーン!!


『ゴッドイーターアァアアァアアアッッ!!!』


その瞬間、世界中の光と音を集束させたかの如き凄まじい閃光と爆音、振動が周囲一帯を駆け抜けた。

それはまるで地震と落雷が直撃したに等しい威力。

無理もない。

このゴッドイーター リザレクションは、やかましい

数多の歴代スロットの中でも最強クラスの光量と音量、振動を売りにしているとんでもない台なのだ。

その出力を最大まで発揮するということは、まさに死をも恐れぬ暴挙。

直視できぬほど神々しい光を放ちながら、画面いっぱいに牙狼フェイスのような獣の顔が映し出され、熊を威圧する。


「グオオオオン!」


至近距離でそんな神の一撃を食らった熊は、またたく間に意識を失ってその場に崩れ落ちたのだった。

直前に目と耳をぎゅっと塞いでいたにもかかわらず一瞬意識を失っていた俺は、倒れる熊を見るなり勝利の雄叫びを上げた。


「か、勝った…。俺は勝ったんだー!」


邪魔者は消えた。

これでようやく腰を据えて大当たりを楽しむことができる。


しかしその時、スロットに向き直った俺の肩を背後から掴む者がいた。


「おい君、ここは危ないから今すぐ避難しなさい!」


振り向くと、二人の警察官が青ざめた表情でこちらを見ているではないか。

危ない?

フッ、既に危険は去ったさ。俺のおかげでな。


「熊はもう気絶したんで大丈夫っすよ〜」


「そんなわけあるか!猟友会の方が到着するまでここは封鎖するから早く外に出て!」


「いや、だって見てくださいよ、やっと当たり引いたんですよ。今やめたら俺明日から生活できないんですから」


「つべこべ言わず一緒に来るんだ!」


警官二人はそう言うと俺の腕を左右から掴み、無理矢理イスから引きずり下ろした。


「ちょっ、離せって!俺は当たりが終わるまで打つんだ!」


俺は必死に警官達を説得しようと試みる。

しかし無情にも、これ以上の問答は無用とでもいうかのように警官達は俺を強引にずるずると引きずり始めた。

多勢に無勢。

俺の全力の抵抗などまるで意味をなさず、台との距離はみるみる離れていく。


「助けてゴッドイーター!」


そんな俺の呼びかけに、台は応えない。


「せめて…せめて何枚上乗せしたかだけでも確認させて!200枚ならやめるから!ちゃんとやめるから!!」


「何を言ってるんだ君は。あんなものより命の方が大事だろう!」


「むしろあれが俺の命だから!生き甲斐だから!!嫌だああああああぁあぁあああ!!!」


パチ屋の中に、この日一番の騒音が響き渡る。

こうして暴れまくった俺は無事に自宅までパトカーで運ばれ、警察官から小一時間厳重注意を受けた。

そうして手元に残った5000円で半額弁当を買いあさって飢え死にせずに済んだとさ。


次の給料日まであと1日、今度から食費は5000円だけにして、浮いた分はパチスロ代に回すとしよう。




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