横溝碧の倫理なき遊戯の壊し方(SS)
枢木 縁
ハッピーハロウィン!!!
10月31日、探偵事務所にて。
杏の部屋の扉を勢いよく開け放ちながら心音が言う。
「杏ちゃん! 今日はハッピーハロウィンですよ! という訳で、一緒に近所のスーパーに買い物へ行きましょう!」
机でパソコンに向かっていた杏は心底嫌そうな顔で振り向く。
「……ハァ? 意味わかんない。なんで」
「近所のスーパーでハロウィンのキャンペーンをやってまして! 小学生までの子どもには、な、な、な、なんと! お菓子がもらえるらしいんです! 杏ちゃんは小学生ですのでお菓子がもらえますッ! なので一緒に行きましょう!」
心音はそう目を輝かせて、一枚のチラシを掲げる。
そこにはハッピーハロウィン、小学生以下の方にお菓子を無料プレゼント! と見出しが踊っていた。
杏は溜息を吐く。
「……一人で行けばいいじゃん。心音、身長は私とあんまり変わらないんだから、小学生ですって嘘吐いてもいけるっしょ」
「ダメです! 嘘は良くないです! 私は高校生なんですよッ!」
「……デスゲームの司会なんてやってた癖に、どうして妙なところだけそんな律儀なの。だるいな」
そう独りごちると、杏は机の中からテレビのリモコンの様なものを取り出した。そしてボタンを押す。
すると物凄い勢いで、部屋の扉が自動で閉まった。
廊下に立っていた心音の姿が消える。
電子錠の掛かる音が響き、杏は満足げに頷く。
「……部屋の扉に自動開閉装置をつけておいて正解だった。本当にめんどくさいウサギだな……」
面倒な心音を閉め出す事に成功した杏。
杏は安堵の息を突きながら、再びパソコンの方を向いた。
―――と、その時だ。
轟く銃声。
破壊音が響き、部屋の扉のドアノブが破壊される。
乾いた音を立てて扉が開く。銃口から白煙のあがる拳銃を手にした心音が、再び顔を覗かせる。
「ちょっと、話の途中で閉め出さないで下さいよっ! 酷いじゃないですか!」
「いや。常識的に考えて、人の部屋の扉を拳銃で破壊する方が酷くない?」
「行けばお菓子が
「私には、拳銃を持ちだしてまでスーパーの無料のお菓子をもらいに行こうとする人間の方が考えられないんだけど……」
「とにかくお菓子が
「なんで無料のお菓子もらうのに、そんな必死なの」
「とにかく杏ちゃんは、外に出た方がいいです! 引き籠もりは良くないです!」
「……本当に面倒くさい。私の事は放っておいてよ……。お菓子は普通にお金出して買えばいいじゃん。大体さ、ハロウィンってどういう日なのか知ってる? 心音は浮かれていられる立場なの?」
「え、私はハロウィンって浮かれていちゃ何か不味いんでしょうか?」
杏は人差し指を立てる。
「……ハロウィンはヨーロッパの古代ケルト人の祭礼が起源で、悪霊とか死者の魂が現世に戻ってくる日なんだよ。心音はデスゲーム司会をやってたんでしょ。つまりハロウィンは、デスゲームで死んだ人が悪霊になって戻ってくる日なんだよ」
「なにそれ、怖いです」
元デスゲーム司会の心音には後ろめたい思いがあるらしく、表情が凍り付いた。
ここぞとばかりに、杏が畳みかける。
「当然、心音に恨みを持つ悪霊もいるだろうし、外を出歩いてたりしたら心音は悪霊に襲われるかもしれない……。下手に外を出歩かず、今日は家の中で引きこもっていたほうがいいよ」
「えっと……。でも私、夕飯の買い出しには行かないといけませんし……。悪霊って、鉛弾を撃ち込めば倒せるんでしょうか……?」
「悪霊に物理が効く訳ないでしょ。やってきた悪霊にはお菓子やケーキを出して帰ってもらう……というのがハロウィンなんだから、ケーキを用意するんだよ。つまり心音はお菓子をもらう側ではなくて、あげる側なんだよ。スーパーの無料のお菓子で浮かれている立場じゃない訳。わかった?」
「……はい……」
「わかったら、心音は早く悪霊に供えるためのケーキを買ってきて。あと悪霊は、コップスのチョコレートケーキが好きらしいよ」
「……解りました。後で買ってきます……。」
しゅんとした様子で部屋を去って行く心音。
……よし、これで今日の夕飯はチョコレートケーキだ。やったぜ。
心音を上手く丸め込み、杏が内心で喜んだのも束の間。
壊された自室の扉の向こうから、碧が顔を覗かせた。
そして今の会話を、どこかで聞いていたのだろう。
碧が頭を掻きながら言う。
「……杏さ。あんま心音をイジめるなよ。アイツ、凹むと一週間ぐらいずっと落ち込むからさ」
杏は何も答えない。
碧が去った後、暫くして杏は、
「……いや。なんか私が悪者になってるけど、あのウサギの方が悪くない? 解せぬ……」
と呻いた。
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