チノリちゃんのタマシイ観察日記。

黒澤カヌレ

第1話 チノリちゃんとヨーカイさんたち

 わたしの名前はチノリです。


 年は五さいです。ウチにはお父さんとお母さんがいて、おばあちゃんはチノリが四さいの時に死んでしまいました。


「今日もおニワであそぼう、っと」

 おヘヤでお絵かきをしていましたが、すぐにタイクツしてしまったので外に出ます。


「あ、今日もアリさんがいる」

 お気に入りの赤いクツをはいて歩いていると、アリさんがギョウレツするのが見えます。


「わーい」と声に出して、アリさんたちの上にジャンプしました。

 もちろん、クツでぐりぐりとアリさんたちをツブすのも忘れません。


 すぐに、『ちいさな光』がポワンと出てきました。


 死んじゃったアリさんの体から、ピンクやアオやミドリやキイロの、小さな光が出てきます。ゆっくりと空の方へと浮かんでいくと、それぞれにふわふわ飛んでいきます。


「キレイだなあ」と、わたしはニッコリ笑いました。


 アリさんの『タマシイ』は、とってもキレイでした。





「いい? チノリ。虫さんをあんまりいじめちゃダメよ」


 おばあちゃんが生きていたころ、そう言って『チュウイ』されたことがあります。


「『一寸の虫にも五分の魂』って言ってね。小さい虫だってちゃんと生きているの。だから、無闇に踏んで殺したら可哀想なのよ」

 おばあちゃんはそう言って、わたしの頭をナデナデとしました。


「はあい」と、わたしもスナオに答えます。


 その日になって、やっと『ショウタイ』がわかったんです。

 虫さんを殺した時、いつもキレイな光がポワンと出てきます。これは一体なんなのかなって、ずっとギモンに思ってきました。


 これは『タマシイ』と言うそうです。


 虫さんだけじゃなくて、おとーさんやおかーさん、おばあちゃんや人間みんな。それとワンちゃんやネコちゃん、ヨウチエンの先生にもタマシイが入っているそうです。


 イキモノが死ぬと体の中からタマシイが出てきて、ふわふわと空へ飛んでいきます。

 わたしはいつも、そんなタマシイを見るのが大好きです。


 でも、フシギです。おかーさんにそのことを話しても、「なんのこと?」と言われます。


「あれえ?」と、フシギに思いました。





 タマシイのことをもっと知りたい。毎日、そんなことを考えていました。


「えいっ」と、イモムシを見つけたので足でぎゅっとしました。

 すぐにポワンと光が出てきて、ふわふわと飛んでいきます。ゆっくりと追いかけていくと、土の中へと入っていきました。


「あ、カブトムシだ!」

 土をほってみると、白い幼虫が入っていました。


「イモムシさんは死んだあと、カブトムシになりました」


 この前、テレビでやっていたのです。

 この世界には『生まれ変わり』というものがあるそうです。

 死んだ生き物のタマシイがどこかへ飛んでいって、別の生き物として生まれ変わるとか。


「虫さんは死んだら、やっぱり虫さんになるのかな?」

 カブトムシが死んだ後、人間になることはないんでしょうか。ヨウチエンにいるおトモダチは、生まれてくる前はなんだったんでしょう。


「うん、実験!」


 こういう時は、実験です。ズカンを見ると、その言葉がよく出てきます。だからわたしは五さいだけど、『実験』と『観察』という言葉が漢字で書けます。おとーさんにも『すごいね』ってほめられました。


「えいっ」と、虫さんを見つけたらすぐにジャンプします。


 バッタさんが死んだあとは、テントウムシになりました。カブトムシの幼虫も「えいっ」っとやったら、次はトンボになりました。


「虫さんは、やっぱり虫さん?」


 おなかの大きい女の人が、たまに道を歩いています。ヨウチエンでいっしょのゲンタくんのお母さんも、今はおなかが大きいです。虫さんのタマシイがそういうおなかに入っていくのが見られたら、きっとワクワクすると思います。


「ダメかなあ」

 てくてくと歩いていって、コウエンに入ります。ここにはネコさんが住んでいます。


「ダメかなあ?」

 うーん、と首をかしげて、ネコさんをまじまじと見ます。


 やっぱり、怒られちゃうでしょうか。


 近くに木の枝が落ちていました。ひろってみると、先がトガっていました。


「ダメかなあ?」

 木の枝とネコさんを見くらべて、わたしは首をかしげます。


「うん。ダメだよね」


 木の枝を手に持ったまま、わたしはコウエンを出ていきました。


 虫さんは殺しても大丈夫ですが、ネコさんやワンちゃんはダメみたいです。『ホウリツ』というのでそうなっていると、おとーさんから言われています。


「ヘンなの」と口にして、町の中を歩きます。歌を歌いながら歩いているお兄さんや、ベンチの上でねむっているオジサンなんかが見つかります。「ダメかなあ?」とトガった木の枝を見て、ザンネンな気持ちになります。


 もっと、虫さん以外のタマシイが見たいです。

 どこかに、実験できそうな生き物はいないでしょうか。


 うーん、と声に出しながら、近くの森の中へと入りました。毛がモコモコした動物は殺してはいけないらしいです。


「何か、いないかなあ?」


 うろうろと歩いていると、川が見えてきました。

 そこでパシャパシャと遊んでいる音が聞こえます。


「あ!」とわたしは声を出しました。


 川のそばで遊んでいたのは、体がミドリ色の生き物でした。二本の足で立っていて、背中にはコウラがあります。


「カッパさんだ!」とうれしくなって、すぐに走っていきました。


 カッパさんはヨーカイです。動物とはちがいます。『ホウリツ』でも守られません。


「えいっ」と近づいて首に木の枝をさしました。

「くけえっ!」と声を出し、カッパさんが倒れます。


 ポワワン、と水色のタマシイが浮かんでいきます。

 ヨーカイさんのタマシイです。ヨーカイさんは死んだら何に生まれ変わるんでしょうか。


 カッパさんのタマシイは、高いところへ上っていきます。木の上の方に行ったので、「うんせ、うんせ」とよじ登っていきました。


「あ、フクロウさん!」

 カッパさんは死んだ後、フクロウさんに生まれ変わりました。





 ヨーカイさんは、近くにけっこう住んでいました。


 死んだおばあちゃんが買ってくれた『ヨーカイのズカン』は、何度も何度も読んでいます。世の中にはどんなヨーカイさんがいるか、わたしはカンペキにおぼえてます。


 次の日に森の中をタンケンすると、今度はテングさんを見つけました。

 鼻が高くて、顔がまっか。おじいさんみたいな白いおヒゲを生やしています。


「子供よ、何をしに来た」

 近くまで歩いていくと、テングさんが話しかけてきました。


「ここは人間の来ていい場所ではない。今すぐ立ち去れ」


「えいっ」


「ぐがっ!」とテングさんはたおれます。

 テングさんの顔はまっかですが、タマシイはまっしろでした。


 ポワワンと飛んでいくと、森の外へと出ていきます。追いかけていくと町の中をぐんぐん進み、白いビルの方へと入っていきました。


「あ、女の人のおなかの中!」

 そこは、サンフジンカというビルでした。そこから出てきた女の人のおなかの中に、テングさんのタマシイは入りました。


 ヨーカイさんも、人間に生まれ変われるみたいです。





 その後も、ヨーカイさんを見つけました。


「おじさん、どうしたの? おなか、いたいの?」

 うずくまっている人を見つけ、声をかけました。


「実は、顔をなくしてしまってねえ」

 おじさんは振り向いて、目も鼻も口もない顔を見せました。


「わあ!」と声が出ます。おじさんは、『のっぺらぼう』でした。


 じゃあ、ダイジョウブです。


「えいっ」と木の枝をさしました。

「ほべっ!」と、のっぺらぼうは死にました。


 タマシイがふわふわ飛んでいって、スズメさんの中に入っていきました。





 ダイダラボッチも見つけました。わたしのおウチより体が大きくて、歩くとドシンと大きな音がしました。


(いいか、覚えておけ。巨人の弱点はうなじにある!)


 前にテレビで見ていたので、体が大きくても大丈夫です。木の枝を足にブスっと刺すと、「があっ!」と巨人さんはヒザをつきました。


「えいっ」と体をのぼっていき、木の枝をさしました。

 体が大きなヨーカイさんですが、タマシイの大きさは野球のボールくらいでした。


「今度は、カエルさんになるんだね」

 巨人さんのタマシイを見おくって、わたしはニッコリ笑います。





「ヨーカイさん、もっと会えないかなあ」

 わたしはすっかり、ヨーカイさんが大好きになっていました。


 木の枝を大事にもって、おウチに帰りました。


「あれえ?」とその先で首をかしげました。


 みんなでお食事をする部屋に、知らないおじいさんがいます。わたしと目が合ってもコワい顔でにらんできて、何もしゃべろうとしません。


「チノリ、失礼のないようにしなさい」

 おかーさんは台所にいて、おじいさんのためにせっせとお仕事をしていました。


 ヘンだなあ、とおじいさんを見つめます。


 なんだか、すごくエラそうです。

 まるで、この家の『主人』みたいな顔をしています。


「あ!」とそこで気づきました。


 わたしは、この人のことを知っています。

 ぜんぜん知らない人のはずなのに、家の中でエラそうにしている。


 そう、これは『ぬらりひょん』です。


 なあんだ、と答えが出て、わたしはニッコリ笑いました。


「えいっ」

「ぐは!」


 ズプっと木の枝を刺し、ぬらりひょんをやっつけました。


「チノリ? あんた、何やってんの!」

 台所から出てきたおかーさんが、あわてた風に声を出します。「王平おうへいさん!」と、おじいさんのところへ駆け寄っていました。


 ヘンなの、とおかーさんを見守ります。ヨーカイさんなら、殺しても平気なのに。

 なのにどうして、おかーさんは心配した顔をするんでしょう。


 フシギに思って、わたしは首をかしげます。


「あれえ?」

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