密室少女

及川稜夏

第1話

 目を、開けた。


 少女には、それが果たして初めてなのか、それとも深い眠りから覚めたのかがわからなかった。

 重いまぶたをゆっくりと持ち上げると、視界に広がったのは剥き出しのコンクリートの天井だ。天井に取り付けられた小さな蛍光灯が、無機質な光を放っている。


 少女は、汚れひとつない真っ白の柔らかなワンピースを着ている。そして同じく白い柔らかなベットに横たわっていた。

 目覚めたばかりの身体はまだ重く、思うように動かすことができない。

 何とか目線だけを動かして、辺りを見渡した。


 三畳ほどの狭い部屋だと気づいた。コンクリートが剥き出しの、無骨な壁に囲まれている。壁には何の装飾もなく、ただ冷たいコンクリートの質感がむき出しになっている。その無機質な空間は、どこか牢獄のようにも感じられた。不思議なことに入り口になりそうな場所など、扉一つ、窓一つも見つけられないが、誰かに無理矢理閉じ込められたのではないことを少女は確信していた。


 ベットの近くには、半ば無理やりのように置かれた小さなつるりとした材質の机が一つ、その上には青い光を放つディスプレイがひとつだけ置かれている。部屋には他に何もなく、彼女を取り巻くのは静寂と孤独だった。


 この状況を理解しようとする思考が少女の頭を巡り、何とかして手がかりを探そうとした。

 ようやく思う通りに動き始めた身体を動かして、何か分かるものがあるのではないかと探す。

 ディスプレイを見た途端、少女の脳裏になにか、情報があるかもしれないという考えがよぎる。少女にとっては勘でしかなかったが、それはわずかな記憶の断片だったのかもしれない。

 彼女はディスプレイに目を向け、その冷たい光に吸い寄せられるように手を伸ばした。手を伸ばして触れるより先に、ディスプレイが感知したらしかった。


 パチリ、青い光から画面が切り替わる。ディスプレイは数秒間、暗闇に沈み込み、次に現れたのは見覚えのないシンボルだった。円の中に三つの直線が交差する、少女にどこか不安を感じさせるマーク。その下には一行の文字が浮かび上がった。同時に、低い声の男性のような合成音声が流れる。それでいてどこかで聞いたことのあるような、安心する声だった。


『おはようございます。ラピリア』


 ディスプレイの合成音声が優しく語りかける。

 ラピリア? 私の名前だろうか。少女もといラピリアは自分の名前すらも思い出せなかったことに言葉を失う。ありえない。まるで本当に何かがおかしくなってしまったかのようだ。頭を振って、さらに画面を注視する。


『あなたは重要なミッションを担っています。覚えていますか?』


 ラピリアは混乱しながら首を横に振った。この状況に至る以前の記憶はないのだ。しかし、ディスプレイはそれを見透かしているかのように、次のメッセージを表示した。


『それは問題ありません。すべての情報はここにあります。』


 ディスプレイが一瞬にして変化して、整いすぎでもまして醜くもない、至って普通の少女を映し出す。柔らかそうなウェーブがかった金髪は愛らしく、吸い込まれそうな青い瞳がこちらを見返している。だが、顔色は青ざめて、瞳には恐怖と疑念が宿っていた。ラピリアは、数拍置いて、ようやく、ディスプレイが鏡のように彼女自身を映していることに思い当たった。


『あなたはラピリアです。科学者たちにより創られたアンドロイド。人類を救うための鍵です。』


 彼女は息を呑んだ。自分がアンドロイドだなんて、そんなことが信じられるはずがない。まして、人類を救うための鍵であるなど想像し難い。しかし、ディスプレイの冷徹な言葉は続く。


『記憶を消された理由も、今は理解できないかもしれませんが、時間が経てばわかるでしょう。今はただ、次の指示に従ってください。』


 ディスプレイの、男性のような人工音声で『持ち上げてください』と流れた。直後、ディスプレイに新しいメッセージが表示される。


「右側の壁を押してください。」


 ラピリアは恐る恐るベッドから降り、冷たいコンクリートの床を裸足で踏みしめた。部屋の右側に目を向けると、確かに微妙な継ぎ目が見える。そこに手を当て、力を込めて押してみると、壁が静かに開いた。どうやらこのディスプレイを持って進めということらしい。


 その先には暗い通路が広がっていた。冷たい風が頬を撫でる。足を踏み入れると、ディスプレイの声が再び響いた。


「さあ、ラピリア。あなたの旅が始まります。」


 彼女は恐怖と好奇心を抱えながら、一歩前進した。この先に何が待っているのかはわからないが、唯一の確かなことは、ラピリアの過去と現在を取り戻すための旅が始まったということだ。

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密室少女 及川稜夏 @ryk-kkym

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