第16話 スピン・ブレイカー
俺が明確に死を感じたその瞬間だった。
「『レトログレイド・ウォッチ』!」
クリエの声が響き、次の瞬間、俺は切り刻まれる前の状態に戻っていた。
「これは……時間が戻った?」
「アズト、今度こそ避けて!」
クリエに言われて、俺はカイキの攻撃が迫っている事に気付く。相手もいきなり時間が戻ったことに困惑しているようで、狙いはかなりズレていた。
「何かよく分からんが隙ありだ! 『アンウェイ・ワールド』!」
カイキが動揺した一瞬の隙を突いて、俺は攻撃を避けながら影の拳を叩き込む。腹にクリーンヒットしたようで、カイキは奇妙な声を上げた。
「薄々勘付いてると思うけど……私の『レトログレイド・ウォッチ』は時間を戻す能力。だから、致命傷を負っても時を戻してやり直せる」
「ガンガン攻めろってのはそういう事だったのか。理解したぜ」
クリエの策の理由が分かった事で、俺は容赦なく攻めに出られるようになった。また少し間違えばさっきの地獄の痛みを味わうことになるになるだろう。だが、その程度の覚悟は既に済んでいる。
「さぁカイキ、こっちのターンだ!」
「時を戻す能力……中々に厄介だ。目標変更、まずはその女から殺す」
カイキは三度竜巻を発生させる……と思いきや、左手でナイフを投擲してきた。
「俺が竜巻だけのワンパターンな奴とでも思ったか⁉ こっちは四年間も、追っ手を返り討ちにして逃げ延びてきたんだ。お前らとは戦いの歴が違うんだよ歴が!」
カイキはリンドウの銃弾を竜巻で防ぎつつ、クリエにナイフを投げまくる。だがその精度は良くは無く、一本だけ微かに頬をかすめた程度だった。
「威勢が良い割に、こんなかすり傷一つで終わり? 時を戻すまでも無いわね」
「チッ……まぁいいさ。こっちのメインウェポンはあくまでコレだからな」
彼の右手で、またも竜巻が発生し始める。だがそれより僅かに早く、リンドウがカイキの右腕を撃ち抜いた。
「なッ……⁉」
「油断したな。俺の事も忘れないでくれよ?」
「リンドウ! よし、一気に攻めるぞ!」
今の所、カイキは右手でしか能力を発動していない。恐らく右手でしか発動できない能力なんだろう。その右手を負傷した今が、攻める最大のチャンスだ。
俺は両腕に影のアーマーを纏い、底上げされた腕力でカイキに殴り掛かる。クリエはナイフでカイキに肉薄し、リンドウは再び銃撃の構えを取る。
「……甘いんだよお前らは。俺の能力が『右手で竜巻を発生させる』事だとでも思ってんだろ? だったらそれは……大間違いだぜ!」
だが、カイキはまだ手札を隠し持っていた。
彼はさっき引き寄せ、バラバラになったハンガーラックの棒を右手で掴む。
「『スピン・ブレイカー』!」
次の瞬間、鉄の棒がカイキの掌を中心として高速回転を始めた。
「竜巻じゃ……ない!?」
接近していた俺とクリエは鉄の棒に頭を叩かれ、リンドウの放った銃弾は弾かれる。一瞬で形勢が逆転した。
「俺の『スピン・ブレイカー』の本質は『右手で触れた物を高速回転させる』事だ。ただのそれだけの能力。竜巻は触れた空気を高速回転させる、ちょっとした応用に過ぎなかったって訳だ」
コイツ、ここまでずっとブラフを張っていたのか! 本人が言うだけあって、やはり戦いの歴が違う。
高速回転する鉄の棒に頭を打たれた俺は、一瞬世界が揺らぐ。これは流石にヤバそうだ。
「クリエ、時を———」
「無駄だよ。そろそろ時間だ」
クリエに助けを求める俺の姿を見て、カイキは微笑を浮かべる。
何故ならクリエは、血を吐いてその場で倒れていたのだから。
「クリエ!?」
「さっきのが効いてきたみたいだな。俺がさっき投げたのは毒を塗ったナイフだ。この毒は遅効性があって、掠っただけでも効果を発揮する。体が痺れてきただろ? そんな状態じゃ戦えない」
そうか、さっきのナイフ投げの精度が低かったのもわざとだ。
意味のない攻撃と思わせる事で時を戻されるのを防ぎ、確実にクリエを毒で仕留めた。やはり四年も逃げ続けていただけの事はある。コイツはミュータント戦において、俺よりも遥かに先にいる。
「クリエ、ナイフの攻撃を受ける前に時を戻すんだ!」
「……私の能力は、十秒前までしか戻せない。まさか、時間制限がある事も見抜いて……⁉」
「ミュータント戦は何が起こるか分からないからね。高を括ってる奴から死んでくんだ。とにかくこれで一番厄介な奴は封じた。あとはお前らだけだね」
一瞬で形勢は逆転してしまった。カイキは勝ち誇った笑みを浮かべながら、竜巻を発生させる。
あまりにも分が悪すぎる。今は一旦距離を取らなくては。
俺はクリエを抱え、カイキから距離を取る。
「逃がすかよ!」
「待てカイキ! お前の相手は俺だ!」
クリエを守るためにリンドウが前に出て銃を撃つが、あっけなく竜巻の中に吸い込まれてしまう。
「俺の竜巻の前で弾は無力。それをいくら操った所で何も変わらない!」
「それはどうかな? 発想次第でいくらでも逆転できるのがミュータント戦だ。お前が発想で竜巻を起こしたように、俺だってまだ可能性を残してる」
そう言い放ったリンドウは、今度は天井目掛けて銃を撃つ。繊細な弾丸操作により、弾丸は照明の固定部分を正確に破壊した。
そしてそれなりの重さがありそうな照明が、カイキ目掛けて落下する。
「チッ、面倒な真似を……!」
リンドウがカイキを引き付けている間に、俺は離れた所まで移動してクリエの様子を確認する。
「クリエ、大丈夫か?」
「……何とか話せはするけど、体が動かない。私はこれ以上戦えそうにないわ」
会話はできるが、かなりぐったりとしている。早く解毒しないと取り返しのつかない事になるかもしれない。急いで決着をつけるしかなさそうだ。
「……策は一つだけある。だが、それが歴戦のアイツに通用するかどうか……」
「大丈夫よ。ミュータント戦は何が起こるか分からない。それはつまり、弱者が強者を破る事だってあり得るって事。……これを託すわ。だから絶対、ハムちゃんや皆を傷つけようとしたアイツを倒して」
「……分かった。一か八か、アイツと決着をつける」
俺はクリエから受け取った物を影の中にしまい、カイキとの決着をつけるべく彼の元へ向かう。
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ヤマのメモ
能力名:スピン・ブレイカー 能力者:右堂カイキ
能力:右手で触れた物を、右手を中心として高速回転させる。空気を回転させる事で、あらゆる物を吸い込む力を持つ竜巻を発生させる事も可能。
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