第22話 アーク=ディザスター焦る

 アークは焦っていた。追い詰めたと思ったバック=バグがどこにもいない。確実に尻尾を掴んだと思ったのに、ダミーばかり掴まされる。

 何か間違っていたのか? 思い込みをしてないかどうか考える。

 政府に手を打たれた、そう感じたアークは苦渋の選択をした。つまりやり直しだ。

 ただし、まだ殺しはさせない。徹底的に調査する。少しだけの血でも摂取できたら衛星にアクセスして追跡できるような機械を作ってもらっていたのだ。

 だからチクリと刺す、それだけでいい。ダミーだとしても動きでわかる。

 刺されたのも分からないほどの極細の針で上手く採取する。

 再びアークは殺し屋たちと共に動き出したのだった。



 旅館は旅のごとに変えている。ただ嫌な予感がするウェイ。報告からして殺し屋が襲ってくるのがピタリと止んだらしい。警戒するに越したことはない。

 今日の料理は近くの海で捕れた魚。明日は釣りだ。天気も良く絶好の釣り日和だ。

 ご飯を食べてゴロゴロするエラを見ながらバックはウェイに話しかけた。

「大丈夫?」

「? 何がですの?」

「食事中、怖い顔してたよ」

 まさか自分が顔に出してしまうとは思っていなかったウェイ。困った顔をして余計心配するバック。

「申し訳ありませんわ。心配をおかけしましたわね。今大きな問題が起きていて、それが気がかりなんですの。何事もないといいのですが……」

 それを聞いてバックはニコリと笑った。


「ウェイを信頼してるよ。きっと大丈夫だよ」

 そうですわね、と言うウェイを抱きしめて風呂に行くバック。

「あ、待ってよ! バック! 私も行く!」

 エラは何も知らずに追いかけていく。上を見ながら大きくため息をつくウェイ。

 これからどうしたものか、とにかく警戒網を突破されないようにするしかない。

 厳しくしすぎると余計居場所がバレるから問題だ。

 変装顔パックは使うと笑えないから旅行には持ってきていない。

 バックには旅行で楽しんで欲しいのだ。


 ちなみに大学へ上がるための書類は全て旅行前に提出済み。三人とも大学に上がれるようになっている。バックの誕生日は三月三十一日だ。次の日から大学生。

 大学に上がったらどうしよう等を話すエラに、エラなら大丈夫だよと笑うバック。

「バックも友達沢山作るんだよ?」

「私はいいよ友達は……二人がいるから」

 朝ごはんを食べながらバックは話す。

「ワタクシとバックは恋人ですわよ」

 そのウェイの言葉にご飯を吹き出すエラ。

「汚いよ、エラ」

「だってバック、ウェイがあんなこと言うんだもの」

「ワタクシ真剣ですのに」

 ウェイの真剣な眼差しにバックは怯んだ。そして悲しい笑顔でこう言った。

「ありがとう、ウェイ」

 お礼を言う意味を逡巡してウェイは微笑む。直後、バックが苦しんだ。

(久々だなぁ? 弱ったお前も憎たらしいぜ)

「デスムーンがきた……ごめん」

「謝らなくてよろしくてよ。ワタクシにも責はありますわ」

(さぁ、殺し回るぞ。救えるものなら救ってみろ)


 薬を鞄に入れて、死蝿を探すバック。

「ワタクシ実は資料がなくてよくわかっていませんの。説明してくださる?」

「ラックの月の欠蝿は遠くに出現する。ハーフの月の半蝿は病院に出現する。デスの月の死蝿は私の近くから飛んでいく。欠蝿はある程度離れていても『神様から貰った能力蝿を潰す能力』で潰せる。半蝿は少し近づかないと駄目。死蝿は結構近づかないと駄目なの」

「そもそもその蝿たちはどうやって人の命を削ったり殺したりするの?」

「体に付くと能力が発動するの。能力にかかった人は私の目で見ることができるからわかる。黄色いモヤがかかって見えるの。もう手遅れの人は赤いモヤがかかってる。赤いモヤの人には薬を飲ませても効果はないの。黄色いモヤのうちに助けないといけないんだけど、死蝿は文字通り死んじゃうから急がないと駄目なんだ」

 救急車に運ばれたりしたら面倒だ。とにかく時間がないのだ。

「能力蝿の位置は方向と距離だけわかる。急いで!」

 悲鳴が上がる、人が倒れている。

「シャルは薬を! エラはワタクシと共にバックについて行きますわよ!」

「わかった!」

 バックはようやく死蝿を見つけた。元々走り回ってきたから走力がある。人を殺そうとしていた死蝿を潰した。

 倒れた人に薬を飲ませてその場を離れる。

「ハァハァハァ……バック速すぎ……」

 エラは息があがっている。

「情けないですわよ、エラ」

「しょうがないじゃない。運動部じゃないのよ?」

 歩きながら息を整えるエラ。シャルが全員に薬を飲ませて、こちらにやってくる。

「十人ですね。いつもこんなに被害が少ないのですか?」

「そうだね、少なくなったんだよ。昔はもっと酷かったから」


 薬を飲ませるのと死蝿を潰すのを同時にやっていたバックは昔、それだけ被害を拡大させてしまっていた。

「協力者は少なかったの?」

 エラが聞くのに、首を横に振る。

「ううん」

「じゃあどうして……」

「その話はまた今度しましょう。またバックの感情を低下させてはいけませんわ」

 エラはそれ以上踏み込むことを許されない事に歯痒く思ったが、いつかバックが話してくれると信じて待つことを選んだ。

 予定の釣り場に着いて、釣りをする三人。シャルは見張りだ。

「シャルも楽しもうよ」

「そうだよ、シャルもしない?」

 バックとエラがそう言うのだが、そうもいかない。ウェイはある嘘をついた。

「シャルは海を見るのが苦手ですのよ。昔溺れたことがあるとか何とかで、ですわよね? シャル」

「……ええ。だから私の事は気にせず釣りを楽しんでください」

 そうなのかと納得したバックは釣りを楽しんだ。エラはウェイを睨みつける。エラは気付いていた、ウェイが嘘をついたことに。

 それでもそれだけ重要な事なのだと納得させるためについた嘘だとわかっていたから黙ってウェイを見た。

 ウェイも気付いたのでバックに気付かれないように人差し指を口に当てる。

 エラは頷いて、釣りに意識を向けた。

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