第20話 旅行編、ハイキング
バックは強く反対した、それは駄目だと。だがウェイは気晴らしになると、ある傾斜の穏やかなハイキングができるキャンプを勧めるのだ。
「人の喧騒程ストレスになるものはありませんわ。本物の自然に触れるのも大切ですわよ」
だがもうすぐデスの月になる頃だ、まだハーフの月とはいえ、油断はできない。
「でしたら尚のこと心の底からお楽しみくださいませ」
高所恐怖症などはないか確認するウェイ。エラも大丈夫なようだった。
とはいえもし半蝿が出てしまったら……途中で中断しても、すぐに駆けつけられない。
「これまでの傾向から半日は間に合うのがわかっていますのよね? 心配しすぎですわよ。ほら心を安定させて」
まずはこの話し合いで出た半蝿を処理する。
「明日アルカロディア山にいきましょう」
どうしてそこまでウェイがハイキングを推すのかわからなかった。だが、ウェイが強くお願いしてくるので、バックは渋々了承する。
半蝿を処理していき、ああなったらどうしよう、こうなったらどうしようと考え、半蝿が増え続ける。
(ほほほ、弱っていますのかな?)
ハーフの月が心に語りかけてくる。
「どうしよう、不安が止まらない……」
それにウェイが目を伏せた。
「ワタクシのせいですわね。申し訳ありませんわ」
半蝿を処理する病院をまわりながら、バックは尋ねる。
「どうしてハイキングに行きたいの?」
「実は明日ある光景が見られるという情報を掴みましたの。それを是非山の中で見て欲しいのですわ」
それにエラが聞く。
「ヘリでは行けないの?」
「自然に触れ合って欲しいのですわ、そうする事で得られる物もありますのよ」
バックはウェイが見せたいというものが気になった。だから心を安定させて頷いた。
「わかった、行こう!」
半蝿を全て処理し終えて車に乗る三人はシャルの運転で宿に向かう。
風呂で何かをバックとエラに塗りたくるウェイに、これは何なのかを聞いたバック。
「虫が嫌がる香料のオイルですわ。強力ですので明後日の夜まで有効でしてよ」
自然に行くのだから準備も万端にしないといけない。自然は美しいだけでなく危険も多い。
次の日シャルがハイキング用の服装を用意してくれた。その服装に着替えて車でキャンプ場まで行く。テントを設置して虫除けを張ったあと、ハイキングに行くのだ。
太陽の登る暑い時間、汗をかきながら登っていき、ある場所に着いた時、バックは自然の偉大さを痛感した。
それは滝だった。岩に叩きつけられる水が弾ける。その光景に、ただ見とれるバックとエラ。
「この滝の下にある岩は昔はもっと大きくて尖っていたそうですの」
ウェイはこの丸くなった岩を説明する。
「少しずつ環境の変化でここに水が流れるようになってから滝となりまして、この岩も丸くなっていったそうですわ」
「私が調べた情報ですけどね」
シャルの付け加えに肘を軽く打つウェイ。
「きっとワタクシ達人間もそうやって環境の変化で丸くなっていくと思いますの」
「ウェイも丸くなったの?」
エラの問いに、ウェイは笑って答える。
「当然ですわ。昔はもっと殺伐としていましたもの」
「今も殺伐としてそうだけど」
エラがツッコむと苦笑するウェイ。バックは大きく呼吸を吸って言った。
「空気が美味しい」
「ふふふ、さぁこれからが本番でしてよ」
キャンプ場に戻って、テントの中で汗を拭き、バーベキューをする。そう言えばと、バックが尋ねる。
「見せたかったのは、あの滝?」
「違いますの。夜になればわかりますわ」
バーベキューで肉を焼きながら、取り合いを楽しむ三人。シャルは調理に集中している。
「シャルも食べて、ほら」
バックが差し出す串焼きを頬張りながら、シャルは言う。
「野菜も食べなくてはいけませんよ、エラ」
「野菜なんて食べなくても死なないよ! こんな時くらい肉ばかり食べたっていいじゃない!」
すると呆れたウェイがこんな話をする。
「偏食の人はおっぱいが小さいそうですわよ」
エラは自分の胸を見て顔を真っ赤にして怒る。
「そんなデータあるの!?」
「満遍なく栄養のある食事を摂る方が胸は大きくなります」
シャルの言葉に焦ったエラは野菜も食べ始めた。
「ウェイは胸大きいよね」
身長百五十五センチと言う彼女の胸は豊満だ。それが人気が高い理由でもある。
「よく動き、よく食べる。あとは美容マッサージですわ。最後に、刺激のない人生に華は咲きませんわよ」
野菜を必死に頬張るエラを見て笑いながら、バックは自分の胸を見る。
「バックは健康的でしてよ。本来ならばモテるほど美しいですわ」
そんなことを言われて照れるバックだが人が離れた理由はちゃんとある。
「やっぱり愛想良くできないとね」
「誰かを愛することができなかったのですから、愛想良くしろと言う方が無理ですわ」
ずっと虚無でいたバック。虚しかったあの頃と違い、今はずっと楽しい。
「もうそろそろでしてよ」
日が落ち辺りが暗くなってくる。すると空に一本の線が走った。
「流れ星!」
エラが叫んだ瞬間、何本もの線が空に走る。
「流星群だ!」
バックは空に流れる光の線を見て感動した。何度も何度も光の線が描かれ、光っては消えていく。その美しい光景にバックは手を合わせ願った。
(この呪いがきっと消せますように)
流星群は流れ終わり、いつの間にか空には星が光る。月も昇っていた。
バックはその月を睨みつけて、テントの中に入っていく。
「どうでしたか?」
ウェイが不安そうに聞いてくる。バックはウェイに抱きついて礼を言う。
「最高だったよ」
「良かったですわ」
三人は寝巻きに着替えて寝袋に入って眠りにつき、次の日にはアルカロディア山から車で下山したのだった。
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