第18話 休学し旅行へ② 動物園編
半蝿の処理をし終えた後、動物園に向かう前に
宿で一泊する。どうせならと部屋に温泉がある宿を選ぶ。
三人で温泉に浸かりながら語り合う。不意にバックがウェイの背中の傷に触れた。
「痛くなかったの?」
するとウェイがニッコリ笑って言った。
「ワタクシ、痛みを耐える訓練もさせられましたので、ほとんどの傷はかすり傷と同等ですわ」
痛みを耐える訓練、それは想像してもわからない。バックが考えながら、どんな訓練だったのかを聞くと、ウェイは苦笑した。
「ひたすら激痛を受け続けるんですわ。そうすれば大抵の痛みには慣れますわ」
他にも毒への耐性をつける訓練や、射撃と剣戟の訓練など、普通では考えられない訓練が挙げられる。
「苦しいとは思わなかったの?」
「最初は苦痛で逃げ出しましたわ。でも師匠に連れ戻されては、それを繰り返しましたの。ですから師匠の顔は見たくありませんわ」
ウェイが師匠を嫌いな理由、それはその世界に連れ込んだ事にもある。
「ですが感謝もしてますの。こうしてバックを守れるのはその訓練があったからですわ」
エラは素直に感心した。ウェイは本当にバックのために命を懸けているのだと。自分にできることは何かないかと焦りもするエラ。
その様子を見てウェイは笑った。そしてエラの肩を叩いて頬にキスをした。
「ちょ、ちょっとウェイ!」
「エラ、あなたはあなたらしくいたらよろしいのですわ。ワタクシにできなくて、あなたにできることは必ずありますわ」
「そうかな? それならいいけど」
ウェイは本当に大胆な子だとエラは思う。そんなウェイの言葉を聞いて、自分らしさを貫けばバックの役に立てるのかもしれないという考えに辿り着けて、感謝するエラ。
外を見ると川のほとりがキラキラと光っていた。湯船から上がりベッドに寝転がると、明日の事が思い浮かぶ。
すうっと眠りにつくバックとエラを見て、ウェイは部屋を出て、電話をかけた。
「ウェイですわ。準備は万端でして?」
『問題ない。一般客に紛れて警備を配置してある』
アークの本気度から、旅行先でも気が抜けない。バックに気づかれないように警備体制を敷く。旅行先がバレないようにしながら、場所を移していく予定だ。
まずは動物園。ウェイも疲れを残さないために眠る。
次の日、動物園にて、はしゃぐバックとエラ。だがウェイの表情はどこか固い。エラはウェイに尋ねる。
「楽しくないの? ウェイ」
すると笑顔でウェイは楽しいことを伝えるが、バックとエラはそうは見えなかった。
「ワタクシとした事が、不安にさせてしまいましたわ。今から全力で楽しむことに切り替えますので、それで許してくださいませ」
それからは様々な動物を見て楽しんだ。勿論シャルも一緒だ。
「シャルさん、あのゴリラってフンを飛ばしてくるんですか?」
「呼び捨てでいいですよ。そうです、汚いので離れましょう」
シャルが離れるように言うと、エラは興味深そうに聞く。
「でも本当に投げてくるのかな? 投げてくる瞬間を安全圏から見たいな」
「でしたらワタクシが囮になりましょう」
「ウェイ、無理しなくても……」
「大丈夫でしてよ、バック。避ければいいのですから」
バックの心配も他所に、ウェイは近づいて良いギリギリまで近づき、ゴリラを見つめる。
中々投げてこない。ゴリラも便意がこないのかもしれない。別の場所にも行きたいところだ。
「もういいよ、ウェイ。次行こう」
バックが言う。エラも納得したのでウェイは離れようとした。その時だった。
ゴリラが振りかぶる、それを見逃さなかった。エラは見ていた、その投げる瞬間を。
「ウェイ!」
タンと飛んだウェイはフンの飛び散る金網から前転で回避して難を逃れた。
「見てくださいましたか?」
「うん、凄い前転だった」
バックの言葉にガクりと肩を落としたウェイは項垂れた。
「ゴリラを見ていてくださいませ……」
そんなウェイにエラは笑いながら言う。
「私は見てたよ。凄いね!」
ゴリラが何を思ってフンを投げるのかはわからなかったが、ウェイは呟く。
「ガラスの仕切りくらいつけていてくださいませ……」
次のコーナーは鳥コーナーだった。喋る鳥に話しかけてみようというコーナーで、バックが話しかけようとする。すると鳥が話しかけてきた。
「タノシイ? タノシイ?」
驚いたバックは、笑顔で取りに語りかける。
「うん、楽しいよ、ありがとう」
「アリガトウ、アリガトウ」
鳥の言葉は、覚えただけの言葉かもしれない。それでも嬉しくなってしまうバック。
ウェイがふと悲しげに呟いた。
「人は皆、籠の鳥ですわ」
意味深なウェイの呟きに、そうだね、とウェイの手を握る。
「でもいつか羽ばたくわよ!」
エラの叫び、それはバックとウェイの心を動かした。いつか羽ばたく、それはきっと約二ヶ月後に来る事。
大空を舞う鳥のように羽ばたく日がちゃんとやってくる。たとえどんな形だったとしても。
それを胸に秘めて、バックはウェイの手を強く握った。ウェイはそれに対してゆっくり優しく握り返した。
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